September act.2



新規の客からの同伴話を報告すべく
ラウールを退室させてから掛けた電話。
耳に当てたiPhoneから聴こえる呼び出し音は不意に切れた。

💚『――はい』

少しの雑音と共に聴こえた声は低い。
目黒自身の低音と良い勝負の低さの声を持つ人物。

🖤「あ、もしもし俺ですボンベイ」
💚『ああ目黒?今日はオフだったよね?どうした、シフトの確認?』
🖤「いえそうじゃなくてちょっと話しておきたい事があって」

源氏名で名乗れば電話口の声が和らぐ。
姿は見えないが優しく笑ってる姿が容易に想像出来た。

その人さ、声は低いのに可愛い人なんだよね。
優しくて接し易いから電話に出たのが彼で良かった。

💚『話したい事?何か困った事でも出来たの??』

コテンと首を傾げてそうな彼、阿部ちゃんが問い返して来る。
まあ、阿部ちゃんは出勤管理もしてるから
絶対この時間帯なら事務所に居るだろうって予想はしてたんだよね。

それが見事的中し、物は相談とやらを口にし易くなった。
良い意味で緊張せず話せる人が阿部亮平という人物。

多分阿部ちゃんは自分より上の立場の人に相談するとは思う。
幹部とはいえ、新人の事を管轄しているのは彼ではない。
それ故に直接管轄はしてないが、優しい彼は相談の窓口的存在だ。

🖤「実は少し前に新規の姫さんから同伴の申し出を受けたんです」
💚『ホントに?凄いね目黒、この調子で行くと正式なプレイヤーになるのも直ぐだね』
🖤「うす、有難うございます」
💚『えーとそのお姫さまと目黒は面識があるかな?』
🖤「ありますね、阿部ちゃんも面識ある子だと思う。」

俺からの相談を受けた阿部ちゃんが電話口で紙を捲る音をさせた。
多分お客の来店記録辺りを確認してるんだと思う。

年下で新人の俺が渾名呼びをした事すら怒る事なく
んーと、何月くらいに来た子かまでは分からないよね?と真剣だ。

そういう一生懸命なとこも可愛いよね阿部ちゃんって。
とか思いつつ、記憶を手繰り寄せて答えを返した。
俺バカだけど記憶力は結構自信あるんだわ。

🖤「6月に来た子達で、俺とRookさんが送り指名受けてます」

と返したら、よく覚えてるね!って褒められた。
俺より頭も性格も良い阿部ちゃんに言われると凄い嬉しくなる。

💚『確認したよ、目黒の記憶通り6月に新規のお姫さまが2人来てるね』
🖤「ですよね、合ってて良かったっす」
💚『目黒に同伴申し出たのは――』
🖤「俺を送り指名に選んでくれた子の方です」

因みに来店記録に客の個人名は明記されていない。
担当を決めるまでの間は平等にする為記録名が新規の姫で統一される。
なので記録で確認出来るのは年月のみ。

新人やプレイヤーが虚偽を働く事を防ぐ為
同伴等の連絡を受けた店側は、やり取りの記録を客側に確認する決まりもある。

これを行うのはまた別の幹部であり、阿部ではない。
正式に新人を統括しているのは教育係を任された幹部だ。
『SnowDream』には教育係が2人存在し、目黒の担当は――

💚『分かった、ちょっと翔太に連絡して確認して貰うね』
🖤「了解っす」

教育係の1人目、Queenこと渡辺翔太が任されていた。
これから阿部が翔太に連絡し、目黒に同伴の申し出が入った事を伝える。
それを受けた翔太へ目黒から客の連絡先を伝え

上司である翔太が客側に連絡。
本当に目黒へ同伴の申し出をしたのかの事実確認を行う。
確認は口頭のみならずやり取りの画面を写真に撮らせ
客自らが上司の翔太へその画像を送り返すのだ。

改めて客側の送った画像と目黒側にも同じ画像を提出させ
きちんと正しくやり取りが交わされていたと認められて初めて
新人の目黒は客の同伴の申し出を受ける事が出来る。

なんともめんどくさいが、虚偽と不正を防ぐ為にやる決まりだ。
それでも決まりは決まりだ、阿部は目黒に待つよう伝えてすぐ翔太へ連絡を試みた。


💙「ちゃん今夜は来ないの?店。」
🦁「俺らの店に顔出してくれんのはいつ?」
🌕「あ~もう!私こう見えて就活中なんですよ?このバイトで生計立ててるんですっ」
💙「それでも息抜きは必要じゃん?」
🌕「あのですね、例え息抜きになると言っても違う所でやりますよ」
🦁「相変わらずブレないねぇちゃんは・・てしょっぴーケータイ鳴ってる」

客が途切れる度に彼らは私に話しかけていた。
彼是30分以上・・・今までなら無視出来たが今は違う。
私はもう彼らと深く関わりを持ってしまっている。

そればかりか呉越同舟状態に関係が変化していた。
しかも深澤さんの号令で彼らも私の様子を見に来てくれているし
これまでのように冷たくあしらう事が難しくなっていた。

因みに今の時刻は18時10分前。
時間的にそろそろ第二部の夜営業の為、店が開店する頃である。

こんな風に店の構成やら開店時間まで覚えてしまうとは・・
彼らに感化され影響されてるようで悔しい。
渡辺さんも田中さんもタピオカ店の営業に
差し支えない程度に話しかけて来るから怒るに怒れない・・・くそぅ。

息抜きがてらホストクラブにおいでよ、などと言っていたが
そんな軽い気持ちで行ける場所ではない。
あの時はどちらもお試し価格だったから行けたようなもんだ。

正式に通い始めれば片手くらいの金額が一晩で飛んで行くだろう。
そんな事を続けてたら私のような暮らしの人間はあっという間に破産する。
仮にノリとジョークで言ってるのなら大したブラックジョークだな?
と冷めた眼差しで2人を見ていると呼び出し音が聞こえた。

💙「ん?あ、ホントだ」
🦁「店からじゃん、出た方が良いぞ」

呼び出し音を響かせていたのは渡辺のiPhone。
先に気づいた樹に促され、通話ボタンをタップし
iPhoneを耳にあててもしもしと応じると

💚『もしもし翔太?俺、阿部だけど今大丈夫?』

うん、と答える渡辺の声と電話の相手の声は少しにも聞こえて来る。
直接会ったのは6月のみだが、電話越しの声を聞くのは今で2回目。

なのでタピオカの材料を補充したりしながらも
渡辺の電話相手が阿部だとにも分かった。
声音通りに優しい雰囲気のホストで、仕草も可愛らしかった記憶。

阿部より問題がありそうだったのは指名客の方だろう。
ホストの客は同業でもあるキャバ嬢が多いと結莉から聞いていたが
その言葉通り店内は派手な装いやメイクの女性もチラホラ窺えた。

深澤の店より若いキャバ嬢が多く居たのは田中とクソ男が在籍する店だった。
SnowDreamはシックで落ち着いた雰囲気で、ホストクラブと言うよりBarに近く
反対にRough.TrackONEは年齢層が若者向けなのもあり、活気もあった。
どちらの店も客で溢れてた印象しか記憶には残ってない。

そんな大人向けな印象が強いSnowDreamだからこそ
阿部の指名客、爛という女性の印象は強烈に記憶していた。
やっぱ本人とは真逆の性格の人が寄って行きやすいのかな?

💙「おう大丈夫だけど、なんか用?」
💚『用が無かったら連絡してないよ(笑)』

淡々と業務をこなす傍ら、カウンターから離れて話す渡辺をチラ見。
電話口の阿部以外の2人は先月祭り会場でクソ男を通じて協力関係に至り
ほぼ同じ目的の為、手を結んだ間柄だ。

けど阿部も深澤や渡辺と同じ店のプレイヤーである以上、
既にの事とシャトランジの話は耳に入っている筈。
つまり、SnowDreamのプレイヤー全てと関わり合いなったも同然・・。

クソ男の行方を捜し始めた頃はこんな未来になるなんて思いもしなかったよ。
が店内で嘆息しつつ作業と接客をする姿を渡辺と田中は見つつベンチに座った。

阿部からの連絡は先ず驚きが来て、一瞬の納得と感嘆。
その後には大きめの驚きを体験する内容だった。

💙「まぁじぃ?もう目黒に同伴の申し出が来たの?目黒やべぇな」
🦁「しょっぴー追い付かれそうじゃん(笑)」
💙「うっさいな、そう簡単に追いつかせやしねぇよ」
🦁「Fooooしょっぴーも言うねぇ」
💚『今の声、もしかして樹も居るの?』
🦁「やっほーあべべ」

渡辺と一緒に他店のホストが居る事は驚いた阿部だが
元々この2人は仲が良く、自分達全員とも交流があるので
今更2人が一緒に行動してようと驚く事も無かった。

取り敢えず第二部の営業開始までに済ましておこう。
そう考えた阿部は電話をした理由と、虚偽が無いかを確認するよう伝えた。

💙「んー分かった、確認したら目黒に折り返せばいいんだな?」
💚『うん、その通りだよ宜しくね翔太』
💙「はいはい、またね阿部ちゃん」
🦁「あべべバイバ~イ」
💚『樹もまたね』

一通りやる事を渡辺へ説明した阿部は通話を切った。
すぐさま渡辺はLINE画面を起動。
リストから目黒を呼び出してメッセージを送信する。

その間、樹に頼みタピオカを買いに行かせた。
今夜のシフトは渡辺は22時出勤で樹はオフだと聞いている。
元来小食な渡辺は夕飯をタピオカドリンクで済まそうと考えた。

あまり鼻にかけるつもりはないが自分を指名する客が多く居る為
出勤して指名されればそこで腹は膨らませられるのだ。

の事は樹に送らせれば自分は出勤時間に間に合う。
せこいかもしれないがこれが一番合理的でもある。
取り敢えず阿部に言われた通り、同伴話の裏を取るべく目黒の返信を待つ。

数分後通知音と共に目黒の返信が届いた。
そこに記された客のLINEアカウント名をコピー。
先ずはメッセージを送ってアポを取り付け、通話を開始。
同伴の申し出の有無を確認するのと、やり取りの画像を客自身に撮らせる。

後は証拠となる画像が送られてくるのを待つだけ。
同時に目黒にもやり取りを撮らせた画像を送るよう言っておいた。

🦁「しょっぴー人使い荒れぇ(笑)」
💙「だってお前オフじゃん?俺は出勤前にこれやってんだからな」
🦁「へいへい、ほれしょっぴーの分。確認は済んだん?」

タピオカドリンクを無事購入して戻って来た樹を迎え
軽口を叩き合いながら一口飲む。

渡辺が頼んだのは黒糖タピオカミルクティー。
前阿部が照に連れられ目黒やラウールらと此処に来た時注文したものだ。
やたら味が美味いと言ってたのを思い出し、今回頼んだという感じ。

樹はシンプルにタピオカミルクティーを買ったらしい。
前々から食に関しても生活に関しても興味が薄い樹らしい注文だな。
服は着回しだったり下手すりゃ何日か同じ服を着ていたりする。
その辺は渡辺からしたら有り得ない事だ。

良く言えば飾らない性格。
悪く言えば無頓着。

それでも互いに仲は良い。
今もこんな風に2人して女の子の護衛?なんかしてる。

💙「客の方からはやり取りの記録貰って、目黒からの記録待ち」

自他に興味の薄い樹を唯一動かしたちゃんマジ凄いよな~。
ああそうだ、そん時吃驚した事話しとくか。
ふと少し前に気づいて驚いた事を樹にも話しておこうと思い至った渡辺。

💙「俺吃驚したんだけどさ、結莉ちゃんだったんだわ目黒に同伴申し出たの」
🦁「――うぇっ?マジ」
💙「うん、マジだった声も結莉ちゃんだったよ」
🦁「まああの子遊び慣れてる感じしたしな」
💙「ていうより知的好奇心が強い子って印象だな~俺は」
🦁「しょっぴーのくせに難しい言葉知ってんじゃん!あべべの受け売り?」
💙「別に良いだろ」

いいからタピオカミルクティー飲めよっ
みたいな事を言いつつ乗り出してニヤニヤしてる樹を押し戻した。

そうする傍ら、未だ忙しく接客中のを眺め
友人が1人『SnowDream』のホストと同伴する話を教えるべきかを悩んだ。

あの様子からしては結莉に聞いていないようにも見える。
若しくは、敢えて結莉がに話さず動いてる可能性も?
だとしたら何の為に1人で?単なる遊びで来店する可能性もあるが

先月の話を踏まえると気楽に構えるのは危険だと本能が訴えている。
結莉本人は人払い後に行われた話し合いに参加していない。
だから気のせいだったり渡辺自身の考えすぎだとも言える・・。

けど何となくきな臭さを感じざるを得なかった。


――ピロン

虚偽じゃないかどうかの確認やるからお前の方の画像寄越して。
という淡々とした内容のメッセージが教育係、渡辺翔太から届いた目黒。
同伴自体も初めてだがいざされてみると面倒なんだなあと辟易。

慣れた手つきでLINE画面を呼び出し、つい数十分前のやり取りを画面保存する。
他のホストも同伴依頼来たら一々画像保存したヤツ提出してんのかな・・
だったらホストって意外とめんどくさい?

・・・けど前居た店じゃ、こういうのは無かったな。
てなると確認するとか言われるのは『SnowDream』だけのルールか。

そんな事を考えつつ待っていると通知音が鳴った。
支度を済まし、シャワーでも浴びるかなと用意し終えた足でiPhoneに近づく。

🖤「おし」

通知画面だけで本文が読めてしまい顔認証でロックを解除。
許可してくれた教育係の渡辺へ感謝を送信すると
そのままiPhoneを手にバスルームへと向かった。

待ち合わせは夜の21時。
夜が更け始める時間帯に待ち合わせるって事は
何処かの帰りに自分と落ち合う事になる。
まあ、客の事情に興味は無い・・俺らホストは女性を持て成す為の存在。

取り敢えず呼ばれたからには、ね。
特に何を思うでもなく待ち合わせの時間迄をやれる事に充てた。