September act.10
💛「入院した」
💜「は?誰が、もしかして例の子?」
💛「そ、つい数十分前に緊急搬送されたっぽい」
💜「マジ?病気持ってる子だったの?」
💛「まあな・・詳しい事情はまた後で話すから取り敢えず行って来る」
💜「おお、気を付けて行けよ?」
💛「ん」
ボソッと耳打ちし、声を落としてのやり取りだが
座椅子に座る私の耳に少しだけ入って来た。
岩本さんの知ってる人が入院する事になったとかどうとか・・
一瞬見た岩本さんの表情は硬く、
その様子からただの知り合いではないと察せた。
どういう関係の人なんだろう・・・。
妙に気になって岩本さんを見ていると
深澤さんと話を終えた岩本さんがこっちへ歩いて来た。
💛「ちゃんごめんね、俺用事が出来たから先帰るけど」
🦢「あ、はい・・・」
💛「帰りは深澤が送って行くから安心して」
🦢「分かりました、その、き・・気を付けて下さいね」
目線を合わせるようにわざわざ屈んでくれた岩本。
直ぐにでも行かなきゃならないだろうに
こんな風にしてくれる姿に心がざわつく。
また縁があれば会う機会もあるかもしれないのに
何なんだろう、心細く感じるのは。
自分はホストもホストクラブも憎んでる。
嫌悪しかないのにどうしちゃったんだ。
だが今この変化に戸惑ってる場合ではない、岩本さんはもう行ってしまう。
この心の動揺を気付かれちゃダメよ。
何とか一呼吸置いて普通に送り出す言葉が言えた。
のに、また心を乱すような事を岩本さんに言われる。
💛「またその顔してる」
🦢「え?」
💛「お持ち帰りしたくなる顔」
🦢「し、してませんっ」
俺以外の前でその顔しないでね、と楽しそうに笑う岩本さん。
またからかわれてしまったらしい・・ホント悔しいなあ。
それから大我や樹に挨拶し、病院へ向かう為
岩本はもう一度を見て微笑むと、足早に『Rough.TrackONE』を出て行った。
そして漂う数秒の沈黙。
何故沈黙になるのかは、この場で岩本の契約関係を知るのは深澤のみだから。
大我と樹には話す必要はないが、には何れ話すべきだろう。
今一番岩本が気に掛け、大事にしている人物。
ただの固定客以上に近しい位置だし、分かりやすく妬いてるしなー。
でも今は取り敢えず話すべき事じゃないから話は戻そう。
今彼らと話し合うのはシャトランジの事と、今後の体制についてだ。
シャトランジは暫く出勤禁止扱いにはしてある。
要は監視は続行されるという流れ。
で、ヤツが居ない間にすべき事は5年前の調査だろう。
幸いシャトランジはの事を勘づいてはいない。
今の所先月祭りで遭遇した女の子の1人という認識の筈。
ただ謹慎中にあの男が独断で調べ始める可能性もゼロじゃない。
万が一を考え、を自宅に帰すのは良くない気もしている。
💜「取り敢えず大我と樹は、シャトランジが居ない間営業に専念してくれ」
🦁「え、師匠良いんすか?」
💜「十分助かってたし、暫くはヤツの事より店の事優先しな?」
🦇「けどふっか、あの男・・大人しくしてるとは思えないんだよね・・・」
💜「確かに俺も気にはしてる、けど今は店の事考えなさい」
🦁「師匠流石顔だけじゃなく懐もデカいっすね~」
💜「俺の顔がデカいって言いたいだけだろそれは!」
見事なボケとツッコミが繰り広げられ、
真面目な話をしてる筈なのに聞いてるこっちも笑ってしまった。
気になる事も心配な事もあるが、彼らを見てると不思議と頼もしさを感じれる。
自分の身の上を聞き、我が事のように怒り、案じてくれた深澤さん達。
8月の暑いあの日に彼らと話し合えて良かった。
今日の所は話し合いも程々に収め、解散となった。
『Rough.TrackONE』は信用回復に専念し、
その間『SnowDream』も全面的に『Rough.TrackONE』を宣伝
必要とあらば自分達の名も出していいと深澤は約束した。
ただそのやり取りを聞いてるだけのも
その発言には驚かされた、幾ら懇意で同業者だとしても其処迄出来るものなのかと。
もとはと言えば私が蒔いた種だというのに。
彼らは私に関わってしまったばかりに店で騒ぎを起こされ
本来なら放っといても良い相手の護衛めいた事までさせられてるのだ。
責を負うべきは私だというのに、私には責を払う手段がない。
とてつもない申し訳なさと情けなさに襲われた。
大学を出ても何一つ役に立てない未熟な我が身が憎い。
長椅子に俯いて座る私へ誰かの気配が近づいた。
🦁「ちゃん、元気になったら懲りずにまたおいでな」
🦇「今度は絶対怖い思いなんてさせないから」
顔を上げた先に微笑む大我さんとレーヴェさん。
こんな騒ぎを起こした相手に寛大すぎる・・
本当なら店に顔を出せる立場じゃないが、責の代わりになるならば
🦢「はい、結莉とまた・・来させて貰います」
そう言いながら自然と頭を下げていた。
この数分後と深澤は裏口から店舗を退店。
予め呼んでいたタクシーに2人で乗り込む。
タクシーの運転手に、聞き慣れない地区を告げた深澤。
🦢「あ、あの・・?」
💜「ごめんねちゃん、念の為に君には俺の経営してるマンションに住んで貰うから」
🦢「えっ??それはまた・・何でですか?」
私の目線で何が言いたいのかを察した深澤さんは
住処を変えさせた事の理由と懸念を説明してくれた。
仮にシャトランジに身バレしてなくても
今回の件で謹慎したあのクソ男が自ら調べないとは言い切れない事。
もし調べられ身元が知れた場合、間違いなく自宅に押し入られる。
または待ち伏せされ、最悪の場合拉致され兼ねない。
ならそうなる前に先手を打ち、確実に守れる場所に置いておこうと考え
オーナーの深澤さん自らが経営するマンションに住んで貰う事にしたと。
確かに筋は通ってるしクソ男ならやり兼ねない・・・。
ヤツを追い詰め全ての事実を吐かせるまで私は動ける状態で居たいのだ。
なので深澤さんの申し出には感謝して快諾。
🦢「そういう事なら有り難くお受けします」
💜「おー!良かった良かった、断られたらどうしようかと思ったわ」
私の返事を聞いた深澤さんはホッとしたのか胸を撫で下ろす。
寧ろホッとする側は私だと思うが・・本当に優しい人だ。
それからマンション前に到着するまでは間も生まれたが
時折ケガの方は大丈夫?と気を遣ってくれたり
結莉の具合の事も気にして下さった深澤さんのお陰で話も弾み
店からマンションまで約30分くらいで到着した。
料金は私も出すと言ったのだが、
君にそんな事させたら岩本に怒られるからと止められた。
何故岩本さんの名前が出て来るのだろう?
と不思議にも感じたが、今回は奢られておいた。
それから深澤の案内でエントランスを潜り、
3つ並んだエレベーターホールに向かって歩く。
兎に角一歩中に入るとモノクロのデザインでお洒落極まりなかった。
暗い印象になりがちだがガラス張りの壁面から月の明かりが入り込み
昼間は太陽の光を取り入れられる造りになっているからそれは回避出来ている。
一応このマンションは、店で働くプレイヤー用との事。
家が遠い人や、その他理由のある者が借りているんだとか。
💜「けど今ここに住んでるのはちゃん入れて4人」
🦢「そうなんですね」
💜「同じ階じゃないけど、上の階に3人居るから多分会う機会はあるよ」
🦢「じゃあ挨拶にも行けそうですね」
💜「はは、多分全員ちゃんもう会った事あるぞ」
マジですか?と深澤の言葉に驚く。
と面識があるのは、
深澤・岩本・渡辺・ボンベイ・阿部
ラウール・Rook・Pawn・バリニーズ。
ちょっと待って?もしかして私さ
『SnowDream』の全員と面識有りって事になってません?
プレイヤー全てと面識もあって『Rough.TrackONE』の人達とも顔見知り・・
ちょっと前、4月の時点じゃ思いもしない未来に進んでたようね(脱力
まあ・・結果私は今回軽いケガで済んだ。
結莉が回復したらまた言って来そうだなあ(笑)
今となってはあの賑やかな結莉が恋しい。
病院に行けたし・・きっと大丈夫だよね?
病院と言えば、もう1人・・・岩本さんの知り合いの人が搬送されたとか
それこそ部外者の私が聞くべきじゃないかぁ・・。
でも気になるなあと悩むへ、案内しながら歩く深澤が口を開いた。
💜「はい、ここがちゃんの住む部屋だよ」
と言われ前を見ると、717の数字。
どうやら私の仮住まいは7階の717号室だというのは分かった。
因みに3人のプレイヤーさんはこの上の8階に住んでいるとの事。
最上階にする事も考えたらしいが、
階が高くても上から泥棒に侵入される例をテレビで見たらしく
敢えて7階の部屋に決めたそうだ。
そこまで考えた上での結論なら何も文句はない。
🦢「わざわざありがとうございました深澤さん」
💜「良いって良いって、このくらいはさせてよ」
🦢「これ以上迷惑掛けないよう気をつけます」
💜「俺が好きでやってるんだし気にしないで」
入用なものとかあれば遠慮なく言って良いから。
そう深澤は低姿勢のへ言った。
その瞬間、口にするのを躊躇っていた筈の事を言葉にしていた。
🦢「あの・・岩本さんの知り合いの方、大丈夫だと良いですね」
聞くつもりはなかったが耳に入ってしまった事を吐露。
この言葉で私に聞こえていたのだと察した深澤さんは僅かに苦笑した。
💜「聞こえてたか〜、実はその子ね・・照が面倒見てる子なんだ」
🦢「面倒を・・?身内の方とかですか?」
💜「いや、他人かな・・・でも誤解して欲しくないから言うけど、
照は約束を守ろうとしてるだけなんだわ」
ある程度聞いたらやめようと思っていたのに問い返してしまった。
その私に知ってる事を話してくれた深澤さん曰く
面倒見てる子・・つまり若い女の子?が居るとの事。
そしてその人と交わした約束なるものを守る為に
岩本さんはその人の面倒を見てるらしい。
約束があるとはいえ赤の他人なのに面倒見てるって、
どういう関係なんだろうか。
それってホストの仕事と関係があったり?
等と色んな推測が脳裏に浮かんでは消える。
🦢「そう、なんですか・・良くなると良いですね」
結局は岩本さんもホストクラブの代表なのかと
驚くほど冷たい声が自分の口から出た。
裏切られたとは違うのに何とも言えない気持ちになる。
少なくとも岩本さんは、その人を気に掛け病院へと飛び出した。
あれ程私の事をからかっておきながら・・
面倒見てる子が緊急搬送されたんだもの、当然と言えば当然。
分かってはいるが、何故か胸がムカムカした。