September act.1



?「――騒がしくなりそうね」


+++


先月対面した元凶男、シャトランジ。
あれからヤツがどうしてるかは知らない・・。

が、今日も変わらず私はタピオカ屋のバイトに励んでいた。
これといって大きく変わる事の無い日常。
バイトをする傍ら服飾学校を出た知識を活かした仕事を探している。

勿論シャトランジの事を調べるのも欠かさない。
と言ってもホスト時代の内情だけは部外者の私には難しい・・・
暗礁に乗り上げた調査に悩んでいた時、神様は私に1つの縁を作った。

まあ・・その縁がホストとの縁だとはね・・・。
でもその甲斐あって事態は進み続けている。
5年前から探していた憎きシャトランジを見つける事も出来た。

その分嫌悪して已まない彼らホストとの縁も出来てしまったが結果だけ見れば上々。
逃げずに続けたからこそホストの1人から母の話も聞く事が出来た。

けど、聞きながら感じたのは自分の無知さ。
後は思ったより私は母の事を知らずにいた事も思い知らされた。
家族の一員なのに私は母の事を知らなさ過ぎたと思う。

自分の事で精一杯の、要はただの子供でしかなかった。
あの頃は何も知らず何も知ろうとせず、ただただ母に捨てられたのだとばかり考え
自分勝手に母を悪く思ったりもしていた・・母の身に起きた事すら知ろうともしないで。

しかし、先月シャトランジと再会し やつの過去を知る深澤さん達と知り合い
母がホストに狂った訳ではなく、利用されただけかもしれない可能性を見つけれた。
今までは膠着状態でなんの進展も得られなかっただけに、これは大きな一歩になった。
私達家族をバラバラにした男を追い詰め、真相を暴く事が出来る。

でもそうするにはまだまだ障害もあり、調べなくちゃならない事も山積み。
そうなるといよいよ私1人では何にも出来ないのだと、無力さと限界を突き付けられるのだ。
感謝したくもないけども、彼らを嫌ってる場合じゃない。
それに、何となくだが・・この際彼らが何者でもいいやとすら思えて来た。

今の私は、嫌いだと一方的に遠ざけていた世界の人達に助けられ此処まで近づけている。
見つけ出した後どうしたらいいのか分からないまま進むしかなかった頃とは違う。

根本に微かに残るホストに対する嫌悪感は全て拭えないままだが
少なくとも私は・・・岩本さんや深澤さん、渡辺さんと知り合えてよかったと思ってる。
そして今は新たな問題も起こりつつあった。

💜『向こうから君に近づいてくるかも』

と先月の祭りの時深澤さんが話していた懸念。
これについてである。

シャトランジのクソ野郎が以前岩本さん達と同じ店に居た事も驚きだが
クソ野郎が姿を消す前、私の母を利用し金を貢がせていた。
その事実だけでも殴り飛ばしたくなるんだが
一番の驚きは姿を消した理由に母が関与している可能性の方。

売上金の持ち逃げ・・・これに母がどう関係したのかについても探らねば・・
それからもう1つ、先月以降大きく変わった変化と言えば・・

💙「やっほーちゃん」
🦁「今日も可愛いじゃん
🐇「・・・はあ」

シャトランジの動向を警戒した深澤さんの号令なのか知らんけど
度々こうして『SnowDream』のホストと
『Rough.TrackONE』のホストがタピオカ屋に来るようになった。

いやあさ、正直シャトランジに目を付けられて動きに気づかれるのはヤバいなとは思ったよ?
気にかけてくれてるんだろうなとは思うし協力も申し出たけども!
ただでさえ目立つ外見のホストにこう何度も店に来られるのは私まで目立つ!

これ逆に目立つから・・シャトランジに情報垂れ流してるようなもんじゃない?
でもまあ、クソ男は内勤以下の『犬』みたいだから仮に情報が流れたとしても耳には入らないだろう。

それよりも今日結莉と待ち合わせしてなくて良かった。
もししてたら賑やかになっただろうなあ・・大好物のイケメンとホストが揃い踏みだし。
彼女とは一応互いの時間を持ってるし、各々の付き合いもある為常に一緒ではない。

それもあって今日は会う予定もなかった。
これがまさかの事態に発展するなんてこの時少しも思わなかった。


+++


同時刻、の友人の結莉はというと
別荘代わりに週末だけ寝泊まりしている部屋で過ごしていた。
今夜は歌舞伎町に出かける為、今から念入りに準備している最中。

👩「今夜はも居ないし、時間まで念入りに磨くわよ~」

などとウキウキした表情と声音で風呂場へ向かう。
風呂場までの動線上には一面大きなガラス張りの窓があり
タワーマンションの最上階から眺める景色は絶景だ。

最上階だからとカーテンは閉めず、外が丸見え。
革張りのソファー下に置かれたクッションで眠るマルチーズの頭を撫で
着替えやお手入れ道具等を手に脱衣所に入る。

本来タワーマンションと言えどペット禁止な所が殆どだろう。
それが許されているのは、結莉の立場が影響している。

このタワーマンションのオーナーは結莉の祖父。
父親は外交員の仕事をしており、母親は女医。
まあ要するに裕福な家庭に育ったお嬢様という立場だったりする。

恵まれた家庭に育ちながらも金銭感覚は普通。
逆に人間関係では過去痛い目を見ており、それなりに苦しんで来た過去を持つ。

よくある金目当てで寄って来る友人らと付き合いがあった。
交流関係が乏しかった結莉は、金で繋がるだけの名ばかり友人らに対し
疑問を持ちながらも孤独を懼れた為せがまれるまま金を出していた。

ホストクラブ通いもホスト遊びも、その頃知った。
そんな関係は本当の友達なんかじゃない、と目を覚まさせたのが
今では交流関係を一新し、深い付き合いが出来る友人はのみ。

色々と一新したがホストクラブ通いだけは未だに続けている辺り
ある意味これは趣味の1つで、元々興味があったのかもしれない。
その趣味もからは程々にしておけと言われていた。
怖い目に遭ってしまってからでは遅いのだと。

👩「この趣味だけは止めらんないんだよな~・・・」

またに小言言われそうだ、と自嘲。
でも小言を言われるのは嫌ではない。
は本当に心配してるからこそ言ってると分かってるから。

今でこそ大変な道を歩んでいるだが
高校生辺りまでは本当に幸せそうで
結莉自身、羨んでもいた。

決して裕福とは言えない暮らしでも家族が皆仲が良く
働き者の母親と穏やかで優しい父親。
偶にケンカこそすれど、妹想いの頼もしい兄。
帰宅すれば必ず誰かが居て、お帰りなさいと言って貰える。

初めての家に遊びに行った日、それはもう驚いた。
赤の他人の自分を笑顔で迎え入れてくれたばかりか
と一緒に結莉にもお帰りなさいと言ってくれた人達。

部屋にお菓子と飲み物を運んで来てくれる母親。
帰る時はリビングから声を掛けてくれた父親。
偶ににちょっかい掛けながらも妹と仲良くしてくれて有難うと
そんな言葉を掛けてくれたお兄さん。

本当に、羨ましかった。
自分が一番欲しい幸せをは全部持っていたから。
それでも妬まずに居れたのは、の家族が自分にも良くしてくれたからだろう。
もう1人の娘、みたいに接してくれたから結莉はそのままで居られた。

しかしの家族は今から5年前、1人の男のせいで壊れた。
あの日以降は家を出てアパートに住み
血の滲む努力を重ね、奨学金制度を得て大学を卒業した。

それもこれも家族を壊した男を見つけ出す為。
毛嫌いしているホストとホストクラブに自ら関わりを持った。

普通なら音を上げてしまうだろう長期戦も
は諦める事なく前へ進み、毛嫌いしてる筈のホスト達の信を得た。
というか、彼らの方からに関わり協力している。

それもきっと自身が持つ実直さが招いた功績。
関わる者を惹きつける彼女の魅力だ。
かく言う結莉自身もその内の1人かもしれない。
自分自身には無い眩しい魅力を持つ・・・・

羨んでも自分はにはなれない。
だから私は私にしかない魅力で戦うしかない。
家族と言うものは何なのかを教えてくれた人達の為に
私が出来る事をしたいと思った。

優しいが私を巻き込まないよう遠ざけたがってるのも知ってる。
でもね、分かっちゃったんだな私。
の家族が敵とするヤツは誰なのか、が。

だから私なりに乗り込んでみようと思う。
折角あっちが私に興味を持ったのを活かさない手はないよね。
浴室で今までを振り返り、決意を新たにした結莉の手にはiPhone。
その画面は『送信済み』のメッセージが表示されていた。


+++


――ピロン。

そんな電子音が鳴ったのはマンションの一室。
家具も少な目なシンプルの名に相応しい室内の住人は
リビングのソファーに座る自分の膝から人物を押し退けた。

🖤「ちょっと下りろ」
🤍「あーんもう下ろされたあ」

大画面のテレビに集中してるところを邪魔された事に対する不満なのかは知れないが
膝からソファーに落とされた人物は、唇を尖らせて拗ねる。
そんな様子には目もくれず、テーブルに置いたままのiPhoneを取った青年。

iPhoneの画面に表示された通知に気付いた為
手が届くようにするべく、膝に座ってた人物を退かした。

🤍「阿部ちゃんから?」

膝からソファーに座り直した人物が名を上げたのは
『SnowDream』に勤めるホストの本名。
それを知ってるこの人物も『SnowDream』に関わる者なのは察せられる。

この人物の名は、村上真都ラウール。
歳の頃18歳・・・となってるが実はまだ16歳。
偶々歌舞伎町近くへ遊びに来ていた時

出店先に向かうスーツ姿の深澤と岩本を見かけ
カッコイイ人達!と興味を惹かれ店舗まで付いて行き今に至る。

ストレートすぎる熱意に折れ、店に迎えたものの
年齢を聞き吃驚した深澤達はラウールの両親へ連絡。

本人の意思が固かった為、深澤がきちんと預かる旨を両親に伝え
ホストとしてではなく会計係としてのみ夕方まで店に立たせる事にし
深澤が経営するマンションに住み込みで生活させる事を約束した。

18歳になるまでにホストになりたい意思が変わって無ければ
晴れてホストとして店に立てる事になっている。

🖤「新規の姫さんから」
🤍「へーー!若しかしてめめの事本指名に決めたんじゃない?」
🖤「だといいけどな、でもま、俺に興味あるっぽかったし」
🤍「本指名の可能性高そうだね!めめ凄い!」

無邪気に喜ぶラウールの源氏名は『ターキッシュ』
白い毛並が美しく手足が長い、高貴な猫の品種だ。

そんなラウールの頭を撫でながらiPhoneを見るボンベイ。
ボンベイこと目黒蓮もラウールと同じマンションで暮らしている。
年若くまだ保護が必要なラウールの為、深澤が目黒をここへ住まわせた。

彼ともう1人、深澤の経営するマンションに住むプレイヤーが居る。
2人の部屋はラウールを真ん中に挟む形で隣り合っていた。

それより今は目黒が受けた通知に話を戻そう。
受けたメッセージの内容は言ってしまえば同伴の誘い。
新人ホストにとっては是が非でも受けたい申し出だ。

が、それをこの場で返せずにいるのは店の決まりがあるから。
他の店舗には無いかもしれない『SnowDream』の決まり。
新人のうちは正式なプレイヤーではなく、あくまでも仮のプレイヤー。

仮が仮でなくならない限り新人に入る金は店舗扱いで
新人に入るのは卓に着いた数とヘルプ料のみ。
なので幾ら指名を貰おうと、同伴やアフターに持ち込めたとしても
自分の懐にそれらの金は入らず、店へ流れて行くのだ。

それに耐えられずに辞めて行く新人も数多く見て来た。
だが新人という立場で終わるつもりはない目黒。
取り敢えず来るもの拒まずな精神で同伴の申し出を受ける事とし
今の段階では店の客でもある為、店舗の方へ連絡を入れた。

今は夕方の17時過ぎ・・恐らく幹部らはもう出勤している。
取り敢えず店の事務所の番号を呼び出し、通話をタップ。

🖤「ちょっと電話するから康二んとこ行ってな」
🤍「めめは~?」
🖤「俺は電話したら出掛ける」
🤍「新規のお姫さまとデート??」
🖤「幹部に話してみてから決まるからまだ分かんないよ」
🤍「そっか、じゃあ僕康二くんとこ行ってるね」
🖤「おう」

iPhoneを耳に当てながらラウールにこれからを説明した。
バリニーズ(康二)のシフトがオフかどうかは分からんが
予定の入ってしまう可能性のある自分では一緒に居てやれない。

貴重品を手に部屋を出て行くラウールを見送りつつ
店に居る幹部のうち誰が電話に出るのかを待った。