宣戦布告



次の日の朝、学校に登校した
教室に行くと ごく普通に騒いでいるクラスメイト達。

「おはよう 竜」
「おう」

まず目に入った竜に、声を掛ければ
表情は変わらないけど ちゃんと返事が返って来る。
視線は、一瞬だけ合わさった。

見る度に思うけど、竜ってカッコイイなぁ・・。
切れ長な鋭い目・だけど涼しい目元。
ひねくれ具合が偶に・・可愛いよな・・・

「何?まだ用でもあんの?」

あんまり見てたら、下から見上げてそう聞かれる。
「いや、おまえカッコイイなぁって思ってさ。」
ついつい見ちゃったんだよ・と答えてみたら
ちょっと呆れた顔をして、バカな事言ってんじゃねぇよ
と口が動く。

 おはよー」
「おう、タケ オハヨ。」
「よっ」
「おまえ何時もこんくらいにくんの?」

竜と話してると、後ろの方から元気な声がかかる。
後ろへ視線を移せば、机に座ってる浩介とつっちー。
ちゃんと椅子に座るタケ。

何時も通り中央の椅子にもたれた、隼人達を見つけた。
竜の傍から離れ、俺も隼人達の方へと向かう。
本当はもっと話したいんだけど、隼人の目が怖いし
何より、会話が続かなさそう・・・

後ろへ歩くの姿を、少しだけ目で追った竜。
しかし、隼人達と目が合う前に 再び前を向き直った。

 あんな奴になんか構うな。」

近くに来た途端、冷たい目をした隼人に釘を刺される。
そんなに敵視されると、竜も辛いだろうな・・・
そんな思いが頭によぎったが、敢えて口には出さず。
曖昧な笑顔で『ああ・・』とだけ答えた。

俺まで竜の事を否定などしたくなかったんだ。

が席に着いたタイミングで、ガラッと扉が開き
「皆 おはよー」
と元気よく久美子が入って来た。

皆挨拶するまでもなく、それぞれ遊びに興じている。
相変わらずめげない久美子、騒がしい教室で話し出した。

「あのさ、皆 昨日荒校の生徒と喧嘩したでしょ どっちが勝ったの?」

久美子がそう言った途端、俺はパッと隼人を見た。
昨日やり合ったって言ってたのは、この事だったのか・と。
隼人はどうして、わざわざ来てくれたんだろう。
例え弱くても、俺は男(姿は)だし・・放っといてもいいだろうに。

まあ・・そこが隼人のいい所だよな。

「俺達に決まってんだろ!」
「聞くまでもねぇだろ!こっちには、隼人がいるんだからよ」

自信満々に扇子を広げて答えたのはつっちー。
ちょっと偉そうな感じで、浩介も答える。

コイツ等って結構素直なんだな・・
教壇の久美子もそう思ったらしく、顔を横に向け小声で言ってる。
「おまえ等、案外素直なんだな・・」と。
俺も同感・・。

「つーか、そんな事聞いてどうすんの?」

俺の隣の隼人が、久美子に向かって聞く。
態度がデカイのは、この際気にしてはいけない。
俺も隼人の視線を辿り、教壇の久美子を見やる。

「喧嘩の原因は?」
少し呆れたような声音で、久美子が聞き返す。
どうせまた、職員室で何か言われたんだろう。

「A組の島田が絡まれたから、助けてやったんだよ。」

広げてた扇子を閉じながら、その閉じた扇子でビシッと
久美子を指して つっちーが答える。
俺的に その話を素直に鵜呑みには出来ないなぁ。
しかし久美子はそれを聞き、パッと顔を輝かせ

「いいトコあるじゃないか」
「荒校如きにデカイ顔されてもな」

久美子が褒めた後、隼人の言葉で竜以外の全員が失笑。
あぁ〜タケと俺も 笑う気にはならなくて黙ってた。
俺はタケに全てを聞かされたから・・・

「まあ・・昨夜の喧嘩は、理由があるみたいだし大目に見るけど
無茶はするな 退学になるかもしれないんだぞ?」

失笑で一気に騒がしくなったクラス。
廊下には密かに様子を見に来た教頭の姿。
それには気づかず、しばらく間を取ってから久美子は言った。
生徒を心配する心からの言葉。

だが 教師など信頼してない彼等は、素直に言葉を受け取れない。
「退学が怖くて喧嘩ができっかよ」
はっと鼻で笑った隼人が、久美子へ上目遣いの視線を送る。
俺はその様子をただ見ていた。

俺もまだ、久美子の事を伺ってる状態だし。
簡単に信じて、また裏切られるのはもうたくさんだ。

「まあ・・どっかの腰抜けとは違うけど」

このセリフ・・煽ってるとしか思えない。
何も知らないくせに、どうしてそこまで邪見に出来るのか。
本当の事を言えないのがとてももどかしい。

隼人の言葉に、前に座っていた竜が少しだけ此方を向いた。
その顔から読み取れる色は、窺い知れない。
複雑すぎる・・でもこの壁を越えなければ彼等は元に戻れない。
二人の視線が、複雑に絡み合う。

「男ってのは、強くなくちゃ意味ねんだよ」

それはどうでもいいけど、人をはさんで睨み合うのは止めろ。
注がれる竜からの視線、なるべく俺は見ないようにしてた。
横からは、妙に託けた隼人のセリフ。
そのセリフに、つっちー達がざわつく。

「強いって事は喧嘩をするって事じゃないでしょ?
喧嘩なら幼稚園児でも出来るしね。」
彼等に合わせるように久美子も笑い、サラリとこう言った。
その言葉で、隼人のプライドを逆撫でしたとは知らずに。

当然の意見と言えばそうだが、隼人は結構プライド高い。
今の言葉で黙ってられる訳はない。
案の定、隣に座る隼人の顔つきが 変わった。

「授業始めます、教科書出して」

笑顔で皆のざわつきを制止、教壇に立ち教科書を開く久美子。
その久美子を正面から睨んだ隼人は、机の中へ荒々しく手を突っ込み 教科書を取り出した。
「隼人?何する気だ」
「・・ふざけんなよ」

隼人の動きに気づいた俺が、問いかけたのも遅く
苛立った口調でそう漏らすと 久美子目掛けて教科書を投げた。
しかも久美子の視線は教科書を見ていて、まだ気づいてない。
このままじゃ直撃だよ!

俺が注意を促そうとした時、キラッと久美子の眼鏡が輝き
瞬時に飛んでくる物を見据えた。
投げられた教科書は、久美子の顔の真横をすり抜け
背後の黒板に叩きつけられる。
その後教科書は、教壇に落ちゆったりとした動作で久美子は 教科書を拾い上げる。

その前に交わされた二人の視線は、どちらも鋭い。
「物を粗末に扱うな」
隼人の前に来た久美子は、それだけ言うと再び教壇へ行く。
俺は喧嘩っぱやい隼人が また胸倉でも掴むかと冷や冷やしてたが
それもなく、ホッと一息吐いた時だ。
座っていた隼人が立ち上がると、とんでもない事を口にした。

「今日の午後四時、川原に来いよ。」
「え?・・デートの誘いにしちゃ、随分だな。」
「誘ってねぇよ」
「じゃあ・・何の為に?」

久美子の冗談も軽く流し、あの表情になってる。
喧嘩を始める前の、上目遣いで相手を挑発するような目だ。

「俺とタイマン張れ」
「タイマン!?」

それを聞いた時の俺と久美子の反応は同じ。
隼人が強いのは知ってる。
久美子も只者じゃないのも知ってる。
けど 隼人はそれを知らない。

「もし おまえが勝ったら、俺が何でも言う事聞いてやるよ。」
語尾が掠れ、何とも妖しげな響きを醸し出す。
ジッと見守るクラスメイト達の前で、更に隼人は続けた。

「俺が勝ったら・・もう俺らに指図すんな。」

隼人からの宣戦布告。
それは俺達が見守る中で、高らかと宣言された。