差し出す手
久美子が俺達に叫んだ日から二日くらい過ぎた放課後。
憂さ晴らし感覚で、隼人達はゲーセンへ行き
断ろうとしたが 半ば無理矢理連れて行かれた。
久美子の事を色々と話し合ってる隼人達。
その中の武田だけは、同じように思っていないようだった。
武田は気づき始めてる。
久美子こそが、今まで待ち望んだ教師である事を。
「武田、今おまえ悩んでるだろ。」
「俺が?」
「ああ、小田切の事を打ち明けるべきなのか・・を。」
ゲームには参加しないまま、帰路に着いた俺達。
隼人は日向や土屋と話していて、俺達の会話には気づいていない。
それを見計らって聞いてみたんだけどな。
一方 鋭く話題を振られた武田の顔に、焦りの色。
どうせ、何で分かったんだ?とか思ってるんだろう。
本当・・素直な奴だよ。
「ご名答、相変わらず鋭いな。」
誤魔化す事なく、アッサリ肯定した武田。
やはり彼は、本心で言うと隼人達に仲直りをして貰いたいらしい。
そりゃあずっと一緒だった幼馴染なら、仲がいい方がいいだろう。
しかし、二人共話し合う事とかを避けてる。
それに俺は昨日転校して来たばかり、あまり口を出す事も出来ない。
困ったなぁ・・不良とか関係なく、仲間を大事にするコイツの気持ち
俺としては大切にしたいし、元通りになって貰いたい。
「転校生の俺に、あまり出来る事はないけど絶対大丈夫だって。
あの教師なら本当に小田切を連れて来てくれそうじゃん?」
『絆』は大事にしたいよな・・折角強くなった絆だ。
俺はそれが出来なかったから、武田には悔いて欲しくない。
転校初日にしては、少しずつ話しかけてくれるようになった嘩柳院。
それでもまだ、コイツは何かを溜め込んで隠してる。
たった二日しか共に過ごしていない武田にも、それだけは分かった。
自分と同じ考えを持って、同じ気持ちで考えてくれる奴。
最初は態度デカイとか思ってたけど、今じゃそうは思わない。
武田はニッと笑うと、後ろから腕を回して嘩柳院へ抱きついた。
「おまえっていい奴じゃん!」
「わっ!?武田、いきなり吃驚させんなよ!」
俺の心境は、男に抱きつかれて吃驚はしたけど
イヤじゃない感覚に戸惑い、けど振り切れなくてそのままでいた。
素直なこの反応が、とても嬉しい物。
しばらく忘れていた感覚。
「お?何てめぇーらいきなり仲良くなってんだよ!」
「嘩柳院が女みてぇーだからって、くっつきすぎ!」
女みたいだってのは余計だろ(怒)。
ようやく俺達の騒がしい声に気づいた土屋と日向。
口々にヒヤカシと文句を同時に言うと、負けじとくっついて来た。
ひーーーっ!!流石にこんだけひっつかれると恥ずかしいってゆうか・・
「いい加減にしろーっ!」
楽しんでしまいそうで、必死に自制し三人にチョップをくれてやる。
チョップを喰らった三人は、いてぇーなぁ!と口々に言ってきた。
しつけーからだよ。と目で言った時、一人だけ加わらなかった隼人
その彼の笑い声が耳に届く。
「おまえらオカシ過ぎ」
「人事だと思って笑ってんな!」
隼人の笑顔が何処か嬉しくて、こそばゆくて照れてしまった。
「見ろよ、嘩柳院照れてるぜ〜?こりゃあ貴重だな」
ニッと笑った土屋が、扇子を広げて満足そうに笑う。
「なあ、おまえさ上の名前長すぎ・・下で呼ぶわ俺。」
「は?」
「おお!それいいね!俺も賛成♪」
「「俺も俺も!!」」
からかうような視線を向けられ、土屋に殴りかかろうとしたら
笑ったままの顔で、ふとそんな風に隼人に言われた。
親しみを込めて名前を呼び捨て。
正式な仲間になった儀式のような感じ、隼人の言葉にノリノリの土屋と日向。
武田も挙手しながら賛同してる。
無邪気だなぁオイ・・・益々不良に見えねぇ。
『仲間』と認めてくれたコイツ等だけど、俺の過去を知っても
同じように、今の笑顔を向けてくれるだろうか・・・・
『この子が死んだら、私達は君を許さない!』
血まみれのに付き添っていた俺に、の父親が言った言葉。
怨みの言葉を吐き捨てられ、俺の両親も言葉を失った。
許す許さないじゃなくて、どうして話を聞こうとしてくれないんだ?
幼いながらに、俺はただ自問自答を繰り返していた。
俺が失った物は大きすぎる・・・
「!おい?」
「あ・・ああ、何だ?」
「何だ?じゃねぇだろ、おまえ偶に抜けてるよな。」
「何だと?」
「まあまあ、二人共落ち着いて〜・・・?」
そんなに酷い顔をしてたんだろうか?
俺の肩を揺さぶる隼人の顔は、とても真剣な物で 驚いた。
その後土屋が変な事を言いやがったから、話はそれで終わったけど。
俺と土屋が互いに睨み合ったのを、武田が落ち着かせようとした時。
彼の語尾は、不自然に途切れた。
不思議に思って彼を見れば、大きな瞳で違う方を見てる。
誰か知り合いでもいるのか?と呟いて、俺もそっちを見て・・・
「山口・・?小田切か?」
「竜・・?」
見た事のある人物達に、俺と武田の視線は釘付け。
しかし、隼人と土屋達の顔は怪訝げに厳しくなる。
さっきまでの賑やかな雰囲気も、あっと言う間に静まり返った。
「あたしは生徒の言いなりになんかならない!絶対に諦めないからなー!」
私服姿で立ち去る後姿の竜へ、久美子は必死に叫んでいる。
あの日俺達に叫んだ久美子の目は、何処か泣きそうだった。
きっとあの後も、工事現場で見かけた後も
諦めずに・・竜の為に働いてたんだ。
伸ばせずにいる竜の手を、差し出した手で握り締める為に。
「山口ってさ・・なんか」
「行くぞ」
俺はとても胸が締め付けられる感じがした。
武田が何か言いかけたが、まだ擦れ違ったままの隼人の心は
その先を聞くのを拒み 短く呟いてから歩き出す。
追いかけるしかない土屋達に従い、仕方なく武田も歩き出した。
「山口・・」
竜の背を見送る久美子の姿、俺は何故しばらく見ていたかった。
決意を新たにした、強く見える久美子の背。
俺とは違って、ちゃんと信念を持っている。
「、行くぞ。」
山口が気づく前に立ち去ろうとする隼人に呼ばれ
やっとも踵を返し、彼等の方へと歩き この場を去った。
この日、武田と俺は決意した。
そして次の日。
教室へ向かわず、3D以外の生徒もいるような場所で
武田と二人 久美子が来るのを待っている。
全てを話すのは躊躇われるが、武田の竜を心配する気持ちだけでも
久美子に伝えさせたくて 俺は此処にいる。
武田も 彼なりの決意があるみたいだしな。
「まで来る事ないのに」
「いいだろ?暇だし、ちゃんと言えるか心配だからさ〜。」
「あのなぁ・・俺18だぜ〜?」
「歳は関係ねぇ、要は心意気。」
心意気って・・・何か表現が任侠人っぽ・・・
その先を考える前に、制服の袖をに引っ張られる。
「来たぜ、山口。ちゃんと自分の意思くらい言って来い。」
「いいよ〜そのうち気づくって」
積極的だと思ったら消極的だなぁ・・どっちかにしろよ。
俺が内心で突っ込みを入れたタイミングで、柱に寄りかかって立つ
武田と俺の前を通り過ぎかけた久美子が、俺達に気づくと足を止め
武田の思惑通り、自分から俺達へと近づいてきた。
「武田と・・嘩柳院じゃないか、どうした?」
決して邪険にしたりしない久美子の接し方。
逸る気持ちがこの声音で落ち着き、武田が口を開く。
「竜・・学校来るかな」
「おまえ、小田切の事が心配なのか?」
少し顔が綻んだ久美子、少なくもクラス全員が心を閉ざし
竜を拒んでいないと分かったのが彼女は嬉しいんだろう。
明らかに、今までの教師達とは異なった反応。
その久美子に自分と隼人と竜は幼馴染だと、武田が打ち明けている。
これでいい方向に向かってくれればいいんだが。
「あたしが必ず小田切を学校に連れて来てやるからな」
「・・ま、センコーなんて信用してないけどね。」
コイツ、無理しやがって。
は武田を見て、そう思った。俺に打ち明けた時の武田は
本当に自分の情けなさを悔い 二人の事を心配していたんだ
けど まだ久美子を信じきれず、そんな反応を見せてる。
俺と武田の心境は似てる、信じたいけど確信がない。
不完全で曖昧な心、出口の見えない闇の中。
俺は出口を見つけられるだろうか。
再び 光の下に出られる日が来るのか・・それはまだ分からない。