流転 十七章Ψ惨劇と刑場Ψ
小文吾が見惚れていた女田楽の一行と別れ
目指す大塚村は、信乃が言うにはもう少しの距離で着くらしい。
村が近づくにつれ、緑が茂り自然が色濃く目立ってくる。
武蔵国なのに・・俺がいたあの世界が未来。
何か・・・想像がつかない過程だな。
とか思いながら、は景色を眺めて歩いた。
元々この世界に生まれたが、呪いの残りを受けたせいで
未来の世界に生れ落ちた自分。
この室町時代が、どうなるかとか
いつから鎌倉時代に突入するか・・学んだから知ってる。
真面目に聞いてたけど、うろ覚え。
「この辺は自然が豊だな」
「そうだろう?ここは国の外れだからな。」
キョロキョロしてるが目に入ったのか
先頭を歩いていた信乃が気にかける。
視線に気づくまでもなく、漏らしたが言葉を漏らせば
すぐに信乃が相槌を入れる。
ほんの数日前に、大切な許婚の浜路と歩いた花畑。
其処に差し掛かった時に、信乃が問いに答えた。
未だ手の入っていない自然、未来にはこうはなっていない。
「ああ、とっても綺麗だ。」
信乃が此処を大切に思ってるような気がした。
少なくとも、未来を知るのは自分だけ。
打ち明けるのは、まだ先にするつもり。
手の入っていない自然ってのは、大切にしたいものだが
日本の未来の自然は、少数しか残っていない。
自分は未来に還るつもりはない、もう・・・居場所はないから。
此処が、俺が永久に生きる場所になる。
清々しい空気を胸いっぱいに吸い込み、は信乃に微笑んだ。
パッと華やぐ笑顔に、見ていた現八や小文吾も
心が温かくなる感じがした。
勿論、直接顔を見て話していた信乃も同じ気持ちになった。
男のはずなのに、さっきの笑顔には華があり
とても綺麗で、正直困惑した。
の目も、本人曰く感情に乏しいはずなのに
時々、何処か遠くを見る目を見せる。
深い年輪、というか・・・知識の高さが伺えるのだ。
を見つめて思案する信乃。
同じように、小文吾もを見ていた。
皆がを見つめ、それぞれに考えを巡らせる中
信乃の少し後ろを歩いていた現八の目に、突然現れた扉。
聞くまでもなく、その扉は村への入り口。
しかし実際は、村長の屋敷への扉だった。
村の入り口に気づいた信乃が、早足になって扉へ近寄る。
少し緊張した顔つきだった信乃だが、との会話でそれが薄らいでいる。
「っ・・・あれ?おかしいな・・・・」
「俺がやろう」
近寄った信乃は、村長の屋敷へ続く扉を数回叩く。
それから反応がなかった為、少々荒々しくなる。
不審に思いながら、押したりしてみるが何故か開かない。
それを見ていた小文吾が、笠を隣に立つ現八に持たせると
ズイッと前へ出てビクともしなかった扉に手をあてる。
思い切り力を込めて、皆が見守る中
小文吾は扉を、持ち前の怪力で見事押し開けた。
扉に掛けられていた閂ごと開けてしまう怪力に、も吃驚。
しかし、中に入った一行は更に驚く事となった。
開けた視界の前には、何かあったとしか思えない荒らされ様で
人の気配は1つもせず、静まり返っている。
その静寂が、不気味さを醸し出していた。
も、ある意味異様な光景に小さく身震い。
この村に住んでいた信乃は、驚愕の表情で荒らされた村長の屋敷を見つめ 呆然。
少しずつ進み、屋敷の庭まで進む。
もう兎に角凄い荒らされようだった。
歩く先々に破れた布や、篝火の薪が散らかっている。
「・・・これは・・」
皆が辺りを見渡す中、驚きを隠せない信乃の声が漏れる。
だが辺りは静まり返り、迎えに来た犬士の姿もない。
何が何だか分からない状況。
そんな時、近くからか細い声が聞こえた。
「・・・信乃さまか?・・・・信乃さまだ!!」
声のする方へ視線を向けた先、1人の村民らしき男の姿が見える。
男は隠れていた納屋のような所から駆け出すと
真っ直ぐ信乃をめがけて駆けて来た。
興奮したような様子の男は、信乃の着物を掴んで揺さぶる。
その様子を少し離れて見ていた現八達も、2人の傍へ行く。
立ち止まって辺りを見ていたを、現八が呼び寄せが追いついてから再び歩いた。
「信乃さま何してただ〜!額造が殺されるだよ!!」
「何だって!?」
男の言葉に、ハッとして問い返すと
聞かれた男は、身振り手振りで何かを教えようとするが
興奮している為 此方も理解し難い。
痺れを切らした信乃が、男の両肩を掴んで落ち着かせ
事の事情を問い詰める。
信乃の迫力に押された男は、徐々に事情を話し始めた。
男によると、村長の娘の浜路がこの辺りでお偉いさんの目に留まり
今日がその式だったらしい。
村民達を招き、宴会となるはずだった。
だが、幾ら待っても浜路が現れず
何とか間をもたせようとした村長夫妻を殺害。
短気にも程がある。
これでこの有様か・・・
「理由はどうあれ、殺人は殺人だな・・ブツが刀なだけで包丁や刃物とかわらねぇ。拳銃よりはマシか。」
殺害現場となったこの屋敷、現場の様子を見ながらは1人呟く。
言葉1つ1つは、現代の表し方。
勿論聞いていた現八と小文吾は、何の事を言ってるのか分からずを凝視。
ブツ?拳銃??
ワシらには分からん言葉で言っておるからのぉ・・・
首を傾げながら現八は、隣りで呟いてるを見つめた。
此処とは違う世界から来たと言っておったし、其処での言葉か?
「3人共、急ぐぞ!!」
保平の話を聞いていた信乃、全て聞き終えると
後ろを振り向いて達に叫んだ。
呼びかけに現八と小文吾はハッとし、同意すると駆け出した信乃に続いた。
も考えを止め、走り出したが
何故か振り向いた現八に止められる。
「お主は此処を出て待っておれ」
「何故だ?」
「刀も使った事がないのじゃろう?死なれては困る。」
「あ・・・そうだな・・」
現八には分かってしまってた。
この時代より安泰していた時代から来た自分。
勿論剣術だって武術だって、何一つ知らない。
このままついて行けば、仲間を助ける彼等の足手まといになる。
そんな事はしたくない。
ならば、俺がする事は1つ・・・
「安心しろ、ワシ等には玉もあるしの」
――ああ、そうだな。
優しく微笑む現八に、も笑顔で答えた。
これ以上困らせたくないし、仲間の救出が優先。
そう思って現八を行かせると、村正と正国の柄を握り
屋敷の出口へと歩いた。
此処を出て少し下ると、刑場になっている塚が見える。
其処で待て、現八はそう言いたかったんだろう。
だが、黙って待つほどは女らしくない。
黙って守られる女じゃ嫌だ、だからは行動を起こす。
裏の丘に登り、刑場が見渡せる所まで登る。
すると・・声が聞こえてきた。
それは、刑の執行を告げる物だった――