――いつかまた・・・


――下界の桜の下で会おう・・・・



東封の町を出てから二日。
三蔵達はずっとジープに乗ったまま、西を目指していた。

その間にも町らしい町には着かず、何も食べていない。
そのくせ襲撃には遭うしで、すこぶる三蔵の機嫌は思わしくなかった。

東封の町から加わった新たなメンバー。
これについて三仏神からは何の呼び出しもない。
しかもただの人間のくせに、経典を持っている始末。

その事で、自身が妖怪から狙われている事は承知しているようだ。
名を『 』と言うこの女。
色々と謎が多い・・・人間離れした容姿に、伝説上の三大武器の一つ『九節鞭』の所持

『魔天経文』より格段に上の経典を持っている事の謎。
今一番の疑念は、天候さえ左右する程の経典をただの人間のが使えると言う事。

真言も唱えずに天候に変化を及ぼしたようだしな・・・・
それに・・この女、時折纏う気が全くの別人になるのは何故だ?

何か隠しているのは間違いないだろう。
ジープに揺られながら、三蔵は一人思案した。
後ろに乗るへ意識を傾けながら。


三蔵の意識が自分に向けられているとも知らず
は一人、ある痛みに耐えていた。
決して厠に行きたい種類の腹痛でもなく・・・・

アレの痛みでもなく・・・・・
そう・・・空腹の痛みです。

二日飲まず食わず、寝るのはジープの上か野宿。
今まで吠登城に生き、食べ物にも寝る所にも困らずに生きて来た自分。

食事を抜いたとしても朝の一食くらいで、二日も飲まず食わずなんて体験した事もない。
お腹の虫が鳴るのだけはなかったとしても、空腹から来るキリキリした痛みは耐えがたい。
でももし此処で音を上げたら、絶対この金髪の生臭坊主様にジープから蹴り落とされる。

迷惑は・・・かけないって約束したんだ・・・・・・
絶対・・迷惑だけは・・・・足手まといにだけは・・・・・・・

「腹減ったぁ・・・」
「ドキ;;」
「八戒〜次の町ってまだつかねぇの?」
「そうですねぇ、さっき見た地図ですと後一日の距離ですよ」
「一日!?じゃあまた野宿かぁ〜・・・・腹へった・・」

ぼうっとした視界に映る茶色の髪。
の気持ちを代弁するかのような問いかけを、悟空が八戒へしていた。
一瞬自分の気持ちが声になっていたのかと焦ったが

そう言ったのが悟空だと分かり、ホッと一息。
聞こえるやり取りに耳を向ければ、ゲンナリするような八戒の返答が聞こえる。

悟空と同じような心境で、も密かに溜息をついた。
痛む胃とお腹、霞む視界。

初めての野宿と襲撃への緊張感。
常に気を張り詰めていなければならない。
そして・・・生きている者の命を絶ったあの日から、全く眠れない精神。

あちらにいた時とは訳が違う。
これは現実であり、妖怪たちは自我を失い暴走している。
それでも妖怪はちゃんと生きていて、斬られれば血も出る。そして死ぬ。

人間と変わらない。
皆斬られれば血は出るし、死ぬんだ。

――怖い

目を閉じれば思い浮かぶあの光景。
チラつく大量の妖怪の死体。
自分が切り裂いた妖怪の絶叫、大きく見開かれた眼。

【教典モオ前モ、玉面公主ヘノ捧ゲ物ダ】

―経典さえあれば、経文なんていらないかもしれないわね―

―お目覚めですか?お姫様―

ぐるぐると脳裏を駆け巡る沢山の声。
耳を塞いでも入ってくる。

利用しようとする声ばかり。
自身の意思など関係なしに、世界は動いて行く。


「何かまた曇って来たなー」
「あぁ?・・・確かに、雨でも降りそうだぜ」
「それは困りますねぇ・・・近くに町もありませんし」
「めんどくせぇ・・・・」
「仕方無いですね・・洞窟でも捜しますか」

黙して何も言わないの周りで進む彼等の会話。
ギュッと腹部を擦る手に力が籠る。

―生きてまた・・・―

―いつかまた此処で―

「う・・・」
?大丈夫か?」
「お?・・何か顔色悪いぜ?ダイジョブかよ」
「へい、きです・・・気にしないで」
「けどよぉ」
さん?申し訳ありません、雨が降りそうなので少し急ぎますからもう少し我慢してて下さい」

聞こえてくる沢山の声の中、自分の事を心配する三人の声に懸命に笑って答える。
足手まといは、必要ない。
三蔵さんはそう私に言った。だから・・・それに応えなきゃ・・・・

酷くなる痛みと重くなる瞼。
聞き覚えのない声・・でも知っている様な声。

ひらひらと舞う桜色。
今此処にはないはずの花。

幻覚まで見えて来たのかな自分・・・・
でもずっと・・・見たかったような気がするのは何で?

―忙しいの?また会える?―

―目印にお前に預ける―

小さな指と大きな指が、小指を絡ませ合う。
優しく笑う白衣の人と黒い軍服の人。
陽炎のような記憶が巡る・・・・・

さんの様子がおかしいですね・・三蔵」
「チッ・・・・バカ女が」

ルームミラーで後部座席のを確認して、八戒は隣の最高僧にそう漏らす。
明らかに顔色も悪く、何かに耐えている様子の
それでも何も言わない、その姿に三蔵は低く毒づいた。

見てて胸くそわりぃんだよ――

走る事数十分、漸く雨を凌げそうな洞窟(洞穴)を見つけた。
陽も傾いていた為、迷わずその洞穴へと向かった。

横付けしたジープから、悟空が飛び降り悟浄も立ち上がる。
も重い体に重い瞼を何とか振り払い、目立たぬよう腹部に手を添えて立ち上がった。

チクチクと針で刺されるような痛み。
気付かれちゃいけない、我慢我慢・・・・
ぎこちなく、ゆっくりとジープから降りたを紫暗の瞳が捉えていた。

「取り敢えず雨風は防げそうですね」
「ったくこれで酒でもありゃあな」
「腹減った・・・・」
「てめぇはそれしか言えねぇのか」
「悟空、明日になれば町に着きますから辛抱して下さいね」
「それまでもたねぇよぉ〜・・・・」
「だらしねぇなぁ猿は、少しはちゃんを見習え。」

痛みに耐えながら洞穴に入って来たところをいきなり名指しされた。
悟空に自分を見習えと指差す悟浄と目が合う。

女の子なのに文句も言わずに我慢してんだぞ?と
それを聞いた八戒も、確かに素晴らしいですねと同意。

と比較されても空腹には耐えられないと意見を曲げない悟空。
賑やかな会話を聞いても、今のに笑顔は作れなかった。
痛い・・・胃とお腹が猛烈に・・・・・

でもそんな事、私が言える立場じゃないし。
何とか明日までもたせないと・・・
皆我慢してるんだから・・私が弱音なんて・・・・――

笑顔のない
一向によくならない顔色。

足元の覚束ない様子。
探るように見ている三蔵の前で、ついにその体が揺らいだ。

「―――っ!」

視界の端に捉えた瞬間、無意識に体は動き
崩れ落ちる前に、の体を抱き留めた。

腕の中の青ざめたの顔を見下ろす。
三蔵の行動と、倒れたに他の面々も驚いて気づいた。
駆け寄る面々と突き刺さるような紫暗の瞳。

これは三蔵様に呆れられたなぁとは内心落ち込んだ。
無理して同行を赦してもらったのに、足手まといにはならないって言ったのに。

「ごめ・・なさい・・・・平気、ですから・・・」
「そんなツラで倒れるまで我慢しといて何ぬかしてやがる」
「そうですよさん、どうして黙っていたんですか」
「約束・・・足手まといには・・なりたくなかったから・・・・・」
「フン、分かっているなら次からは気をつけろ」
「・・・・・ごめんなさい・・」

自分を支えているのが誰なのかが分かる。
それでも体は言う事を利かなくて、退く事も出来ない。
支えたままキッパリと答える三蔵を見て、やはり迷惑をかけてるんだと思わされた。

あまりにストレートに言う三蔵に、八戒達がフォローするように言葉をくれる。
彼等にそうさせている現実も、は自分が負担になってるんだと思わされる物だった。

体に染み入る低い声。
太陽のような金の髪・・曖昧な記憶の中の影と似ている色。

懐かしくて切ない、そんな気持ちの入り混じった記憶。
それでも不思議と穏やかな気持ちになって、胸が苦しくなる。

「・・・・・お前はすぐに泣くんだな」
「・・・あ」
「兎に角寝ろ、朝になったら町に向かえばいい」
「・・・・・はい」

やいのやいの賑やかな悟空らの傍から、三蔵は支えたまま抱えあげ
火を焚いた傍の布の上にを下した。

そして気づく、自分を見てが泣いている事に。
どうしてか、この女は俺を見て泣きやがる。
東封の宿でも俺の事を見て、困惑したようなツラをしていたな・・・

足手まといにならんようするのは別に構わんが・・・
此処まで頑固だとはな。
涙を指摘され、慌てて拭うを見つめながら三蔵は思い

火の傍を離れると、煙草を取りにジープへと歩いて行った。