ひらひらと舞い落ちる花吹雪
視界がピンク色に染め上げられる 春の空。
鼻腔を擽る花の花弁。
しかし、これが苦痛に感じる者もいる。
春にしかない悩み。
それでも貴方は、私に桜を見せたいって言ったね。
桜
それになってない人にとって、桜を見に行こうというのは
とても楽しみな行事だろう。
皆でワイワイ騒ぎながら、お花見をする。
当たり前の光景も、私にとっては最悪な物でしかない。
「うーーー目が痒いっ!」
家を一歩出た途端 言いようの無い痒みに襲われる。
私、は花粉症を持っていて 春は大嫌い。
発症したのは、小学校低学年の時だったと思う。
それからこの歳まで、ずっと付き合ってきた。
愛用の目薬を手に、通っている学校へ向かう。
の通ってるのは、黒銀学園。
男子校に通う理由は 詳しくは言わない。
通っていても不自然じゃない男として。
男装して通う事にしたのだ。
今日は、そんな風にして通うようになった黒銀の
3Dだけで花見をしようって事になって、今向かってるトコ。
普通なら授業なんだろうけど、卒業出来るのが決まった為
奮発して担任の久美子達と騒ぐ事が決まった。
楽しみだけど、目に花粉症が来てるあたしとしては
なるべくは行きたくないんだけど
皆があまりにも楽しそうで、隼人達も誘ってくれてるし
高校生活最後の思い出に、とあたしもそれを決めた。
出来るだけお菓子とか、ジュースとか用意した。
皆と騒げるのも今日が最後・・いや、実際もう少しあるけど
此処を卒業してしまえば、中々会えなくなるのは必至。
隼人達ともあんまり遊べなくなるんだろうなぁ。
は目を守る為掛けているサングラスを弄る。
度は入ってないお洒落用のアイテム。
一応男子高校生として、この辺を通っているからには
例え日中でも男として出歩かなくてはならない。
それも卒業するまでの辛抱だ。
もうクリーニング屋に行く度に、変な顔をされずに済む。
そう思えば、心に浮かんだ寂しさも紛れた。
場所は近場の公園。
其処は桜の木が沢山あるから、花見に丁度いい。
近づくにつれて、あの賑やかな声が届く。
もう皆来ているようだ。
「おっ、やっと来たな!」
「おせぇーぞ〜ちゃんと買って来たんだろ?」
「早く早く!場所とっといたから!」
公園の入り口に現れたを見つけ
立ち上がって手を振る久美子。
それに続いて隼人と、タケがあたしを呼ぶ。
皆の姿にあたしの顔も自然と笑って、茣蓙の上にいる彼等を目指す。
「おまえ、目・・あけぇぜ?平気なんか?来て。」
近くに来たに、正面にいた竜がそう言う。
さっき擦っちゃったからウサギ目バレバレ。
目薬あるから平気だよ、と笑えば竜は気遣わしい笑顔を見せ
へ手を差し出す。
ん?という顔をすれば、手ぇ出せと真っ直ぐあたしを見て
竜は言った。
どうやら、その場所へ行く為に人一人を
跨がなくてはならないを考慮した為。
「サンキュ」
照れたように笑い、伸ばされた手に自分の手を乗せ
互いにギュッと握り合って あたしは自分の場所へと行けた。
竜の手を借りて、開いた場所へ座れた。
そのに、隼人が話しかけてくる。
「竜の言う通りだな〜ウサギみてぇな目。」
「当然だろ〜花粉症なんだから。」
当然の事を聞かれ、顔も自然にムッとしたものになる。
その後、何とか花見は出来た。
けどねぇ・・目が痛くて痛くて、心底は楽しめなかった。
昼じゃなくて夜なら・・まあ何とか?
花粉のお陰で、隼人と接近出来たから まあよしとしとく。
あたしは、男装して黒銀に通い その中の日々で
何時も一緒に行動してた隼人に、あたしは惹かれた。
向こうがどう思ってるかなんて分からない。
ただの友だとしか見られてないかもしれないしね。
何せ 隼人は女付き合いが激しい。
まあ、カッコイイしモテて当然なんだけど。
何時も一緒にいる側としては、辛い。
「はぁ」
花粉に耐えながらの花見は、目の痛みで涙が浮かび
皆に泣くのは卒業式にしろよ。と冷やかされた。
そうしたくても、今日の天気はカラッカラの快晴。
温度も高く、花粉も飛び放題だったし。
は真っ赤になった目に目薬を差し、擦った為
赤く火照った目の周りを冷やす。
皆とても楽しそうだった。
これからあんまりバカ騒ぎ出来なくなるかもしれないからね。
目元を冷やしながらテレビを見ていると・・・
カン!
妙に高い音が、背後の窓から聞こえた。
最初は聞き流していたが、その音が止む事がない事に
仕方なく立ち上がって 外へ繋がる窓を開けた。
「おーい、!」
「は・・隼人?何してんの?」
窓の下に立っていた者の姿に、あたしは目を見張った。
だって、其処にいたのはさっきまでずっと考えてた隼人本人。
何か無邪気にあたしを呼んでる。
なんか・・私服姿だ〜初めて見たかも。
跳ねたくせっ毛、白いシャツの下に黒いランニング。
何時も学ランの下に来てる感じだが、デザインが違う。
ズボンは灰色と黒のモノトーン柄。
元がいいとこんなに似合うもんかね。
「早く来いよ、出かけるぜ!」
ホケーッと隼人を見下ろしてたら、楽しそうな声で言われる。
てゆうか、今何時だと思ってんの?
時計を見てみれば、午後9時を回ってる。
春とは言え、夜はまだ寒い。
それに暗いし・・物騒じゃない?
てゆうか、何処行くつもり?
眼下の隼人にそう聞くと、内緒!と言われる。
仲間同士でやり合ってるあの独特なピースをしてくれた。
てゆうか・・・これってデートじゃね?
何て考えが横切り、頬が高揚・・。
隼人の手招きに負け、あたしはコソコソと部屋を出て
玄関の鍵を持って外へ出る。
「隼人!」
チャリに乗ってた事が此処で分かり、その彼へ駆け寄る。
温かい格好をして来なかったを見て、つい隼人は言う。
「おまえ、そのまんま来たの?」
「あっ・・だって、急かすからだろ」
「わりぃ、じゃあコレでも着てな。」
そう言って隼人は綺麗な動きで、シャツを脱ぎ
部屋着だけのあたしの肩に掛けてくれる。
さっきまで隼人の肌が触れていたシャツ。
凄く温かくて、同時に恥ずかしくなった。
あたしにシャツを渡すと、チャリの後ろに乗れと指示。
ニケツ!?でも今って禁止されてんじゃん!
「平気だって、しっかり掴まってろよ。」
「う、うん」
躊躇うあたしの手を、隼人は強く掴んで引き寄せ
自分の後ろに座らせると 自分の腰へ絡めさせた。
ボッと顔に朱が走るが、動き始めた為それも叶わない。
ってゆうか、寄り添う熱を逃がさないように
あたしはしっかりと隼人にしがみ付いた。
体を過ぎてく風が、冷たいはずなのに寒くない。
力強くて 広い背中が目の前にある。
この背中を、あたしはずっと見てきた。
一番傍に在ったくせに、触れるのを躊躇い続けていたあたし。
指先でも触れさえすれば、友達としての関係が壊れそうで・・・
その隼人に、今あたしの腕は触れている。
吸い込まれるように、あたしは頬を寄せた。
温かい・・・寒さなんて忘れるくらい。
時が・・止まればいいと、切に願った。
「、着いたぜ。」
「うん・・・って、此処昼間の公園じゃん。」
でも、その願い虚しく 隼人が到着を告げる。
何処だろうと思って顔を上げれば、昼間皆と騒いだ公園。
何でこんな時間に、隼人は此処に来させたかったんだ?
不思議に思いながら、夜の公園を見渡す。
「もう大丈夫だぜ?それとも、俺とくっついてたいとか?」
離れていく熱の余韻に、腕を放さずにいれば
くるっとあたしを向き直った隼人が甘く囁く。
思ったより近い距離、合わせる様にあたしの腰に絡みつく隼人の大きい手。
「ムードで誤魔化すな、今男の姿してんだよ?」
「あ、忘れてた。」
こっちが照れてるのに、隼人は何時も通りの反応を見せた。
ちょっと悔しい・・でも男として来たのに
隼人はそれを忘れてくれてたんだよね?
あたしはそれとなく、見上げた夜桜を前に口を開く。
「何で夜に?」
そう問うと、隼人はムッとした顔をした。
あれ?っと思って見上げれば、手をあたしに差し出す。
これって、昼間あたしに竜がした行為。
ボケッとしてると、顔を背けて急かす。
「早くしろって、恥ずかしいだろ。」
「・・隼人も恥ずかしいって思うんだ」
あまりに意外な反応で、何か嬉しくて笑ってしまう。
こうゆう事、慣れてると思ってたから。
ゆっくりと隼人の手に 自分の手を重ねた。
すると、竜とは違った感覚に包まれる。
優しくて 力強い手。
それはあたしの手を握り、スイッと手前に引いた。
拒むつもりのないあたしの体は、流れに従い
隼人の腕の中に招き入れられる。
「桜・・見せたかったんだ」
あたしの背に手を回して、隼人が低く言う。
耳朶に響く声に、の胸は鼓動を打ち始める。
「おまえ花粉、辛そうだったじゃん?だから夜ならどうかなって思ってさ。」
「連れてきたのって・・その為!?」
「そうだよっ!鈍いぞおまえ!」
だってさ、昼間全然そんなそぶり見せなかったじゃん。
街灯に照らされた桜が、とても艶やかに映し出される。
確かに、今はあまり酷くない。
隼人・・有り難う。
こっちの方が、思い切り桜が楽しめそうだ。
男として此処にいるから、嬉しさを表すには・・・
「サンキュ!隼人っ!」
腕の中から離れ、満面の笑顔で言う。
意図的に自分から離れたを見て、隼人はもう一度
強引にを引き寄せる。
驚いて恥らう姿が、とても愛しい。
「恥ずかしいって!てゆうか、今俺男だから・・」
「んなの関係ねぇよ、俺はそうしたいからしてんの。」
「卒業式までなんだぜ?この格好。」
「・・だな、あっという間だったな。」
俺としては・・正直、卒業したくねぇ。
もう一年くらいあれば良かったのにって思ってる。
そんな心境が信じられないな。
てゆうか・・・卒業して、女の格好をすんのみてぇけど
コイツ自覚ないくらい可愛いかんなぁ〜それが心配。
「隼人?」
「何でもねぇよ、それに誰もいねぇーしいいじゃん。」
不安そうな声に視線を向け、笑ってを抱きしめる。
先の事なんて、今は誰にも分からない。
だから今、この瞬間だけは俺だけの物。
あたしも 笑って隼人の胸に顔を埋めた。
今は この腕は、あたしだけの物。
卒業しても・・一緒にいれるよね?
隼人。