流転 三十二章Ψ再来Ψ



大角を喰おうと襲い来た化け猫、姿は一角だったが動きは妖怪その物。
それを目の当たりにした現八達だが、それよりも早く一角のしゃれこうべから青い光が飛び出し

化け猫の額にヒット!
その途端、化け猫の様子が変化。
もがき苦しむように玄関へと転がり落ち、苦痛の声を発し始めた。

急変した様子を、固唾を飲んで見つめる一行。
その中、自分と信乃の間に立っていたへ現八が囁く。

「戦いになるじゃろう、その時は木枠窓の方へ寄っていろ。」
「・・・分かった、気をつけろよ。」

自分の事を案じてくれてる現八を他所に、密かに刀の力で援護する気ではいた。

【コノガキ・・!】

憎悪に満ちた目が、変化した。
眼球の黒目が細くなり、皮膚を黒い毛が覆い始める。
白い眼球は、黄色を帯びた。

人の姿から本来の姿へ戻る様を見た面々の顔に、驚きの色が浮かぶ。
物陰にいた義母、船虫は人から化け猫へと戻ったのを見届けると
妖しく微笑み、物陰に隠れる。

その一方で、化け猫と対峙した現八達は
刀を抜き、大角も一振りの刀を構えた。

「・・妖怪め・・・赦せぬ」

皆化け猫と一定の距離を保つ、の方へ行かぬよう
木枠窓の前には、現八が立った。
で、いつでも手を貸せるよう正国を構える。

この刀は水気を孕んだ物、役には立てる筈。

3人に刀を向けられた化け猫は、先ず最初の攻撃に大角を選び
じりじりと間合いを詰めてから飛び掛った。
その合図とも取れる、大角が刀を振り上げた瞬間を狙って。

しかし大角の刀は、化け猫を斬り捨てるのではなく
届く前に化け猫の力で、後方へ吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた体は、書物の山へ突っ込む。

「大角・・!」

心配して名を呼ぶ、次に現八と信乃が化け猫へ刀を振り下ろすが
妖怪の素早い動きには掠りもしなかった。

二階へ移動した化け猫は、上から片目を輝かせて威嚇し
梁と柱の間を縫うように走り、再び現八の前へ下りた。
其処を素早く薙ぐが、ヒラリとかわされしまう。

そして次に化け猫と対峙したのは信乃。
進む眼前に刀の切っ先を向け、攻撃の構えを見せる。
後ろから現八が迫り、挟み撃ちを狙ったがまた二階へ逃げられてしまった。

はどうしてもジッとしてられなくて、倒れた大角を助け起こしていた。
脇腹を打ったのか、少し押さえてから此方を向く大角。

「かたじけない、殿は下がっていて下さい。」
「大丈夫なのか?」

心配するへ、ああと頷いた大角。
其処へ、化け猫が現れた。
それに気づいた大角が、パッと背中へを押しやる。

ギラギラと輝く眼がそれを見つめ、間を置く事なく
大角達へと襲い来た。
瞬間、は後ろへ飛び去り 大角は前転しながら落ちた刀を取り

素早く立ち上がって化け猫と睨み合った。
父を奪われた怒りと、憎しみに満ちた目で化け猫を見て言う。

「よくも父上を」

遅れて現八がこの場へ駆けつけた。
その目の前で、今まさに大角は父の仇を討とうとしていた。
は、大角を援護するように正国を床に突き立てる。

正国の力が発揮されると同時に、しゃれこうべから飛び出した大角の玉も呼応するかの如く、光輝いた。
発せられた光と、正国の水の網が化け猫を包み僅かに動きを遅らせる。

化け猫より早く踏み切った大角、遅く踏み切った化け猫。
勝敗はアッサリ着き、化け猫の体は真っ二つに切り裂かれ霧となって消えた。

見事なまでの太刀筋を、現八と信乃・達は見届け
物陰に隠れていた義母・船虫も、慌てて庵から姿を消した。

化け猫が完全に消えると、大角はふら付くように歩き
玄関先に転がっていた父親のしゃれこうべを、ゆっくり持ち
込み上がる涙を堪えきれず 嗚咽に震えた声で、言った。

「父上・・っ・・・どんなに無念だった事か」

泣き崩れた大角を、皆何も言えずに見守った。
こんな時ばかりは何と声を掛けたらいいのか・・・・

大角から視線を外した信乃は、ある物を見つけて手に取った。
それは、一角のしゃれこうべから飛び出した物。
玉の中には、1つの文字。

しばらく泣き崩れていた大角だったが、ゆっくり顔を上げると
後ろに立っていた現八達へ頭を下げ、深く謝罪した。

「疑ったりして申し訳ない、赦して頂きたい!」
「・・・頭を上げろ・・」
「しかし!」

突然の謝罪に驚きながらも、現八と信乃は刀を鞘に納め
も床から正国を抜いて鞘に収める。

それから歩み寄った信乃が大角の前へ膝を折り、穏やかに言った。

「大角殿には、俺達兄弟がいる・・・そしても。」
「――兄弟?」

初めて聞く言葉に、顔を上げた大角の瞳から新たな涙が流れる。
問いかけた言葉に頷くと、信乃は拾った玉を大角へ返した。
見せられた玉を、ゆっくり手に取る大角。

不思議そうに、驚いた目で玉を見つめる大角の前に
膝を折った現八と信乃が、懐から同じ形の玉を取り出して見せた。

「きっと、赤岩殿が・・俺達を此処に導いてくれたんだ。」

信乃の手に在る玉の字は『孝』。
現八の手に在る玉の字は『信』。
そして、大角の手に在る玉の字は『礼』。

「・・・父上が?」

そう呟いて玉を見つめる大角を、2人も見つめた。
新たな兄弟が揃った事を、も嬉しく思った。

嬉しさと共に、隠れていた不安も甦る。
女と知れてしまった事への不安だ。
男として会ったから、共にいられた。

女とバレてしまった以上、同行を赦されるか分からない。
そう思うと、表情も浮かない物になる。

戦いで役には立たないけど、この力でなら皆を援護出来るし
そうゆうのを考慮して、同行させてくれないかな。
でも現八が考えを簡単に変えるとは思えない。

考えてもいい案は浮かばない、そのせいか頭がガンガンしてきた。
心なしか、視界も歪んで来てるような・・・

「その兄弟について、教えて貰えませんか」
「ああ、勿論だ。」
「そうなるなら、出発は明日でも大丈夫じゃろ。」
「そう・・だな・・・」

父を失っても、他に兄弟が七人もいると知ると
大角は少しずつ笑顔を取り戻しつつ、信乃へ頼み込んでいる。
勿論信乃も快諾し、それならばと現八は今夜の宿は此処だと言いを振り返る。

この意見に頷こうとした俺だけど、もう頭が重くて顔が火照って朦朧とした意識で頷いてた。
何この体・・・脆過ぎ・・・・

!?・・ぶり返したのか?」
「へい・・きだって・・・すぐ治すから」
「無理しなくていい、ゆっくり治せ」

闇へ落ちる視界に、自分を支えた現八の顔が見える。
その奥では、布団の用意を始めた信乃と 薬の用意をし始めた大角が見えた。

優しい現八の言葉、今のはこの言葉に安心は出来なかった。
それこそ、置いて行かれてしまう・・だから必死に伝えた。

「いや・・俺を・・・置いて行かないで・・・・平気、だから・・」
「置いて行ったりなどしない、だから今日は休め。」

本当に?
その言葉を、俺は信じていい?
旅が終わるまで、傍にいてもいいのか?

本当はそれだけじゃ物足りないんだ。
心が、俺の心が求めてる。


ナニヲ?


頭の中で形に成りかけてるソレ。
物足りないんだ、分かって来てる。
本当は・・・


ホントウハ?


旅の間だけなんて、嫌なんだ。


ドウシテ?
イッタイナニヲモトメテルノ?


分からない分からない・・!!


ドウシテワカラナイノ?



俺は感情が欠けてるから――


餓えてる・・・・全ての感情に。
誰か教えて、たった一人を求める感情を。


現八の腕に抱かれて、は意識を手放した。