流転の先



それは村に平和が訪れてから数日経過した頃の話。
いつもの見回りや散策を終え、神社へ帰る道すがら丘の上から見る村の全貌。

今のこの穏やかな日々は、1人の人間と1人のあやかしが齎した。
一度壊滅した紅葉村は13人のあやかし達の願いで、仮初の世界として復活していた頃もある。
しかしその仮想世界には限界が近かった。

創られた仮想世界を支え監視したのは、村に壊滅前から存在する一本の桜の木。
その木のあやかしが独りで仮想世界を保っていたのだ。
同じ期間を繰り返しながら存在し続ける事に限界が訪れた時、桜のあやかしが見つけた唯一の解決法。

それこそが功績者の1人、村の外から越してきた人間 の持つ石を用いる事だった。
過去世へと戻り、破壊された狛犬の眼にその石を嵌めこむ。
千年前の真夏から吟が貰った石、恐らく陰陽師だった真夏の霊力が宿っていたのだろう。
元々あった霊力にあやかしの吟が持つ事で更に妖力も加わった為力が高まり、狛犬の眼の代わりになれた。

過去世に戻れるのは仮想世界に左右されない者。
白羽の矢が立ったは村の流転に左右されない外から来た人間。
唯一村を壊滅の未来から救える存在だった。

そして浅葱の力、仮想世界に関わった13人のあやかし達の助力で過去世へ旅立った
見事狛犬の眼の代わりにその石を嵌め、村を隅々まで見れるようになった狛犬達は危機を見つけ壊滅の未来は阻止された。



とまあこんな事を経ての今じゃな。
貢献したは狛犬の1人、謡と恋仲になった。
もう1人の貢献者、桜のあやかし浅葱は・・・・

壊滅の未来が無かった事になった場合、仮想世界も生まれない。
仮想世界が生まれないと言う事は、その世界を監視する必要もない。
つまり、仮想世界を監視する為に生まれた存在の浅葱は初から存在しないあやかしとなる。
だから・・今、壊滅阻止されたこの村に 彼は存在しないのだ。

村の為だけに生まれ、村の為だけに儚く消えた浅葱を思うとワシの胸は痛む。
今や浅葱がいた事を知るのはこのワシくらいじゃろうからの。

歩く視線は自然と桜の木が在った丘を見た。
壊滅の未来が阻止された今、狂い咲き、桃色の花弁を風に揺らしていたあの桜は無い。
まるで力を使い果たしたかのように花は散り、枝は萎れ、力強かった幹も朽ちてしまった。

もう誰も浅葱がいた頃を覚えていない。
あやつは誰かの思い出の中ですら存在出来なくなってしまった。
何じゃろうな、その事を思うとワシの胸がチクリと痛むんじゃ・・
この村を守る神からすれば、この村に存在するあやかし達は我が子のようなもの。

全ての命は等しく同じ、尊くて、どの命も一度限りの生を謳歌する。
失われた命は決して戻らない、それは人間もあやかしも神ですら等しく平等だ。

しかし人間は限られた生を持つ代わりに自分達の子孫を残し、輪廻の輪に乗って再び生まれる事も出来る。
反面あやかしは命こそ永けれど輪廻を繰り返せる訳ではない。
消滅してしまえばそれで『終わり』なのだ。

神もあやかしのように輪廻という輪には乗れない。
死こそないが、魂の解放は訪れず、消滅をするのみとなる。
だからこそ神は不死であり、地上には干渉する事を禁じられているのだ。
人と関われば関わる分、人に近くなり神力も弱まってやがては神ではなくなる。

永遠の命など羨ましがられるが、永遠=虚無だという事を人は知らぬ。
死ぬ事も赦されず、消滅した処で輪廻の輪に乗って再び生まれる事すら出来ないのじゃからな。

・・・と、話が長くなってしまったのう。
これではまた謡の奴にからかわれてしまうわ。

「――じじいの話は長ぇんだよな」

そうそう絶対そう言うに決まっておる・・・・・・うん?
丁度いいタイミングで頭に思い描いた者の声が聞こえて来た。
しかしこれはワシが想像した声ではなく実際に聞こえて来た現実の物。

彼奴め・・このような往来の場で堂々とワシの悪口を言っておるのか・・・
聞こえて来たからには説教してやらんとな、と声のした方へ歩き始めた足が勝手に止まった。

謡1人、或いは詠も共にいる想定で出て行こうとしたのだが
目指す先にいたのは謡と詠ではなく、功績者の1人、人間の娘 だった。
若い恋人達が仲睦ましく話す様子は見ていて微笑ましくなる・・のじゃが・・・
恋人同士になってまでワシの悪口を言うかのう・・・・。

もっとこう若い恋人同士らしく、色気のある話くらい出来んのか??
・・・まあワシの社がある前でされても困るが、大いにからかう事も出来たじゃろうに。
つまらん奴等じゃが、彼奴等らしくて安心もする。

壊滅前、壊滅阻止すべく存在した仮想世界・・その頃から彼奴は少しも変わらない。
そしてまたも、仮想世界に来てからよく笑い よく話すようになった。
仮想世界が閉じられてからもその性格や直向さは変わらず在る、その事に安心したその時またも謡はワシへの愚痴を口にした。

「神様が口を酸っぱくして言うのはきっと謡や詠の事、それにこの村にいるあやかし達・・それに私や村の人達 村の事を思っての事だと思うよ?」
「そりゃあまあ・・じじいはあれでもこの村の神だから口煩く言うのは分かるぜ?」
「うん」
「しっかしそれでも同じ事を毎回毎回繰り返されるってのはちょっとなぁ・・・・・」

悪かったのう年寄りで!!

と怒鳴りながら出て行きたい気持ちを堪え、2人の会話を見守る。
一応ワシも謡の親みたいなモンじゃから、此処は若い2人の事を見守ってやりたい気持ちが勝った。

ただ1つ良かったと思う事がある。
あの浅葱との悲しい別れの記憶をこの子に残さずに済んだ事を。
もし覚えていたら間違いなくこの子は苦しんだだろう、後悔しただろう。
優しい記憶として残ったかもしれない、けれど、悲しい記憶だと言う事に変わりもない。

だから、良かったとワシは思う。
忘れてしまった事は寂しいし悲しいかもしれないが、この子がその記憶に苛まれ苦しむ事をワシも浅葱も望まん。
沢山泣いて沢山苦しんだ末に謡と恋仲になった、ワシも浅葱もが笑顔で居られるなら・・と思っておる。

全く謡の奴め・・が折角フォローしとると言うのに。
そろそろ雷でも落としてやろうかと思ったワシの耳に、それを止めるかのような言葉がの口より出た。

「ねえ謡」
「んー?」

どのくらいワシの悪口を言っていただろう頃、不意にが頬を赤らめて隣にいる謡を見る。
もじもじと恥らい、少し俯かせた顔。
謡も気のない返事を返して隣にいるへ視線を向けた。

「まだちょっと寒いね」

もじもじするの顔が、此方を向いた謡の視線を受け紅葉する。
其処まで聞いてワシも”そう言えば昼間とはいえそろそろ秋も深まる頃、人間には寒い時期じゃな”と感じ
の隣にいる謡もワシと同じ事を思ったのか、視線をから空に向けて呟き返した。

「そうか?でも人間のお前にはまだ寒いかもなじゃあそろそろ帰るか?」

当然そう答え、腰掛けていた社前の段差から立ち上がり
まだ座ったままのへ自分の片手を差し出す謡。

しかし差し出された謡の手を一瞥しただけで握り返そうとしない
その様子には謡も見守るワシも不思議になって首を傾げた。
いつまで経っても立とうとしないに痺れをきらせたのか、差し出した手を謡は伸ばしの手を掴もうとする。

だがその手はの手を掴むのではなく、逆にの手に掴まれて強く引き寄せられてしまう。
虚を突かれた謡、に倒れ込むまいと両足で踏ん張った。
どうにか倒れ込むのだけは防いだ謡、上体は前傾姿勢になるも下半身はの体の横へ移動させる事に成功。
でも傾いた上半身は、引き寄せた本人、の腕の中に包まれている。

細い細い腕がぎゅっと自分の首に回されているのを意識したら途端に頬に朱が走るのを感じた。
同時にとても愛おしく感じ、そのまま少し黙して
恥ずかしさを誤魔化すようにムスッとした声音を出し、の匂いでいっぱいの腕の中からぼやく。

「うあっ・・と!ちょ、危ねぇだろ」
「寒いけど違うの」
「はあ?違うって何がだよ」
「だからその・・・・」

うーん、実にじれったい(
何が悲しくて若い恋人同士の醸し出す甘ったるい雰囲気とやり取りを見せ付けられなきゃならん?
謡の奴も鈍いのう、おなごの方から男を抱き締めて求めるものと言えばアレじゃろうに。

今すぐ出て行って教えやりたいがそれはかなり野暮な事。
それ以前に今まで見てた事自体がバレる。
謡の鈍さは天性の物じゃな・・・・しかしじれったい。
その謡の鈍さを分かってか、これ以上赤くなどなれないくらいに頬や耳まで赤くしたがゴニョゴニョと口にした。

「謡と、〜〜・・・!したくなったの・・!もう女の子の口から言わせないでよバカ」
「んなっ!!!バカって言う奴がバカなんだぞ!お前こそこんな所でそんな事言い出すなよ!」
「だってだって、謡ともっと近づきたいなって思ったらしたくなっちゃったの!」

したく、なった?はて?何の事じゃ
茹で蛸宜しく赤い顔のがやけっぱちみたいな勢いでまくし立てる。

そのような顔で言う睦言と言えば?
・・・・よ、お前さんいつの間にそのような破廉恥な言葉を言うようになるとはのう・・(照
赤い顔で怒鳴り合う若い恋人達をしたり顔で眺める。

これはいよいよやや子の顔が見られるか・・・?
じゃがはまだ17だし謡も見かけは若いが中身は数百年を生きるあやかし。
果たして大丈夫かのう・・でも其処は吟という先輩もおる事じゃし、心配はないかのう。

「――ったくお前って奴は時々変に大胆っつか、恥ずかしい事言う奴だよな」
「ご、ごめんなさい」
「離れんな、聞け」
「〜〜〜・・はい」
「けど、思ってる事口にしてくれんのは・・嬉しい・・・から」

いじらしい会話を背に、近いうちに訪れるだろう幸せな未来を思い描きワシは歩き始めた。
謡との方とは逆、来た道を戻り、ぽんぽこりんへ。
あやかしと人間の恋・・決して幸せな最期が訪れる事のない恋だ。

必ずはどちらかが逝き、どちらかが残される。
それでも今この瞬間だけは幸せな時間であって欲しいと願わずにはいられなかった。
今度は終わる事の無い2人の時間を、どちらかが在る限り続くように。

黙った後紡がれた謡の言葉が怒ってるのだと感じたが、絡めた腕を謡の首から外そうとするのを
ビシッと引き止め、恥ずかしそうに顔を赤くしつつ謡は思った事を正直にへ伝える。
その言葉にが解を帰す前に謡は立ち上がり、自分の指をの指に絡ませてから引き寄せた。
何かを決意したように唇をキュッと引き結んで立ち上がらせたを見つめる。

急に真面目な顔つきになった謡に、も何かを感じ取ったのか居住まいを直す。
そうしてから1つ深呼吸し、でも視線を泳がせて謡が言う。

「帰ったら幾らだってしてやる、でも、多分キスだけじゃ物足りねぇから・・もっとお前に触ってもいいか?」

此処に神様がいたら、さぞかし興奮したであろう言葉が謡の口から出る。
それと神様自身の勘違いにも気付いただろう。
真っ直ぐ向けられた言葉と視線に自然との頬が紅葉した。

「・・うん、私もね・・・もっと謡に触りたい」
「――

したいと衝動的に思ったのは口づけ。
こんなにも貴方が傍に居て、時折触れる腕から伝わる体温を感じれる。
同じ場所で寄り添うように腰掛け、他愛ない話をして笑い合える時間。

少し前に感じていた理由の知れない悲しみと不安はもう感じない。
もうそんな風に不安に思わなくてもいいのだと本能が感じた。
確かに言い知れぬ恐怖を数日前まで感じていた・・桜を見て佇む私と謡がいて、ふと隣を見たら謡がいない。
そんな夢のような現実のようなデジャヴを何度か感じていたのが嘘のように今が幸せ。

ひょっとしたらこれも夢なのでは?と、急に不安になって謡を抱き締めてしまった。
此処に来る前の私だったら絶対に有り得ない行動。
ぎゅって抱き締めたら抱き締め返してくれる確かな謡の存在。
凄く些細な事だけど、ああ、ちゃんと謡は私の傍にいてくれるんだって感じれてもっと謡の存在を感じていたくて触れたくなった。

だからこそ口にしてしまった恥ずかしい私の本心。
でも謡はそんな私の言葉を笑うでもからかうでもなく、ちゃんと受け止めて寄り添ってくれた。
出逢った頃から変わらない・・私の事を慮ってくれる優しい謡、そんな謡だから私は惹かれたんだと思う。

「謡」
「・・・ん?」
「私の傍にいてくれて有り難う」
「何今更改まってんだよ・・それにお前の傍にいるのは、俺の意思だ・・・俺がお前の傍にいたいからな」

気持ちを言葉にして伝える事をずっと避け続けてきたけれど
こうして私が気持ちを言葉にする事で、こんなにも謡が喜んでくれる。
私の言葉を受けた謡が、色んな表情を見せてくれるから私はもっともっと想いを伝えたくなるんだよ?

「うん、謡、大好き」
「お、おう・・俺も お前以上に好きになる奴なんていない」

ずっとずっと傍にいる。
例え一緒に添い遂げられなくても・・・・
、お前が歳を取ってばーちゃんになってもずっと。

お前より大切なモンなんてないから。
ずっとずっと傍にいるから、だから・・長生き・・・しろよな。

言葉にしなくとも伝わる想い。
どちらかともなく手を繋いで、絡めた手を引き上げた俺はそっと その甲に口付けた。




金曜の朝思いついたのと違うラストになったなあ(ぇ)
ホントはもうちょっとギャグ色の強い感じになるはずだったのにwww
最初から最後まで神様目線にするはずが、途中からヒロインが暴走しまして(ぇ
この話は全員コンプした人が読むのがいいかもしれませんねえ。
ネタバレ気にしないって人は未コンプでも読んでやって下さいw