輪廻



貴方には、手が届かないと思ってた。
ブラウン管越しにしか目も合わなくて
この手で触れられる日も、来るとは思ってなかった。

それでも、あたし達は出逢えたね。

偶然来ていた七里ヶ浜、其処で彼に逢った。
不思議と目が行ってしまう空気を持った人。

でもね、偶然なんかじゃなかったんだ。

あそこに行く日の朝、あたしは不思議な夢を見た。
夢の中のあたしは、何とお姫様っぽくて
しかも時代劇みたいな世界に生きてた。

一瞬、映画村かと思ったけど すぐにそうじゃないって気づいた。
作り話では表れない、真剣に生きてる瞳。

何処までも途切れる事のない景色。
夢にしては、リアル過ぎる。
夢の中でのあたしは、巴と呼ばれてた。

しかも結婚までしてて、その相手は木曾義仲。
それだけならまだしも・・・義仲は、仁君そっくりで
てっきり、自分の妄想がそうしたんだと思ってた。
そんで、何で此処に来たかと言うと

夢の中であたし達は、この七里ヶ浜に来た。
何で来たかは分からない、けど義仲っつたら
妻より先に死んでしまった人。

これが最後だって、分かってたからなのかもしれないね。
朝起きて、お母さんに話してみた。
そしたらなんか知らないけど、吃驚してて
遺影を見ながら、話してくれた。

自分達の家系には、辿って遡ると巴御前がいるって。
巴御前の姓は、中原 巴。
自分の氏も、中原・・・オイオイ マジで?

お母さんは嫁いで来たから血は受け継いでないけど
中原の血を持ったお父さんとお母さんから生まれたあたしは
バリバリにその血を受け継いでるんだよね?
じゃあ、あの夢は先祖達が生きた時代。

その夢を見たからかな、義仲と巴が最後に来たこの七里ヶ浜。
其処に立ってみたいって思った。

そうしたら、あたしは逢ってしまった・・この人に。

それから不思議と(隠れてだけど)よく逢うようになった。
そんな出逢いから、一年が経った今日。
あたしは町に買い物へ出かけた。

だって今日は、大好きな仁君の誕生日。
とっておきのプレゼントを買わなくちゃ!

これも偶然なのか、仁君と出逢った日も7月4日だった。

あの夢を見た日が仁君の誕生日で、出逢ったのもその日。
これは偶然とは思えない、もしかしたら必然だったのかもね。
あの夢を見て、あたしは幸せだった巴の気持ちを知れた。

「おっと、流石にこれはプレゼント向きじゃないよ。」

夢の事を考え過ぎてたらしく、気づくと本屋にいて
歴史書の棚を眺めてた。

手に取りかけたのは、源平記。
あの時代を生きた人達の生き様が書かれた本。
巴御前の絵とかないのかなぁ、だって生き写しみたいだし。

義仲に生き写しな仁君、木曾の流れは組んでないだろうに
なんであそこまで似るのか・・・
何処かで繋がってたのかな、おじいちゃんが関わってたとか
おばあちゃんが関わってたとか?

「今は考えるのは止めよう、プレゼントが先!」

夢の事は一旦考えるのを止め、あたしは目的の店へ急いだ。
本来は本屋じゃなくて、装飾店を目指してたんだもん。
仁君が付けてる事に気づいて、あたしも空けたピアス。

誰しもやってそうだけど、お揃いで買いたい。
傍から見ても、仁君を真似て付けてるくらいにしか思わないし。

仁君はあんま揺れるピアスって、付けてないから
少し揺れる程度のがいいよね。
派手じゃなく、シンプルな感じ!

装飾店に着いて、迷いに迷って二組のピアスを買った。
何を買ったかは後のお楽しみ♪
待ち合わせは、あたし達が出逢った七里ヶ浜。
あそこは、何度行っても不思議と懐かしい気持ちになる。

夢が気になって行った時も、初めてなのに懐かしかった。
やっぱり・・・生まれ変わりなんだろうか?
仁君と出逢ったのも、必然であって運命って思っていいんだろうか。

そんな事を考えて歩いていると、目の前に潮の香りが。
どうやら、七里ヶ浜に着いたようだ。
日が傾き始めた夕焼けの海。
浜に降り立ったタイミングで、クラクションが響く。

振り向くと、サングラスをかけた仁君の姿。
浜まで乗り込んだのか・・・

!」
「仁!」

スカイラインから降りて、仁君があたしを呼ぶ。
半袖のシャツの下にタンクトップを着て
膝下までのズボンを佩いたラフな格好。

anego仕立てな髪が、潮風にフワリと舞う。
その合間に見える、2連ピアス。
熱々に焼けた砂浜を、長身の彼が歩いてあたしの方に来る。
こんな瞬間を、どれだけのファンが望んでいるか。

今までは、あたしもそのうちの一人だった。
今は違う・・彼は、あたしだけを目指して来る。

サンダルで歩くには、熱いみたいで気をつけてるけど
少し早足で歩く姿に愛しさを覚えた。

あと少しで近づくって時に、突然抱きしめられた。
フワッとかじゃなくて、ぶつかるみたいな強烈な抱擁。
後ろに転ばないように片足で踏みとどまり、口を開く。

「仁〜突進しないでよ!こけちゃうじゃん!」
「ごめんごめん!だって早くに会いたかったからさ。」

肌が触れ合う瞬間、仁君が付けてる香りが鼻腔を擽る。
甘くて、とても魅惑的な香り。
照れくさくて、でも嬉しくて取り敢えず最もな事を言うと
仁君は抱きしめる腕を解き、その手であたしの頬に触れて言った。

ストレートに告げられる言葉。
そんな風に言われたら、怒るに怒れなくなる。
きっと本気で怒れないと思うけど。

頬を膨らませて自分を見るあたしに、仁君もフッと笑って
視線をあたしから、目の前の海に移して小声で言った。

「・・・やっぱ懐かしいな、此処。」
「懐かしい?初めて逢った場所だから?」
「それもあんだけど、何かもっと違う感じの懐かしさ。」
「もしかして・・・」

キラキラと輝く水面、それを眩しそうに見つめる横顔。
仁君の言う、その懐かしさはあたしも感じてた事で
ハッと仁君を見上げた。

正面から隣に来てた仁君。
その彼を見上げた途端、デジャヴが重なる。
ラフな服装の仁君が、鎧に身を包んだ姿に重なった。
・・・えっ!?

「義仲・・」

自然と口がそう呟いてて、今度は仁君がハッとした顔で
隣に立ってるあたしを見つめた。
ジッと見たのは一瞬で、いきなり首を振って目を逸らす。

その動作で乱れた髪を直し、吃驚して見てるあたしを見て
悩みつつも話し始めた。

「やっべぇ〜今が、どっかのお姫様に見えちった。」
「お姫様・・・?」
「うん、そう。俺相当来てんのかな」
「ううん、実はさあたしもさっき仁が鎧姿に見えたよ。」

仁君の腕を隣から握って言う・・!?
ほらまた、二度目のデジャヴ。

ひょっとして、前世のあたしはこうやって義仲と?
この七里ヶ浜に来てたなら・・・
だから懐かしいの?前に来た事があったから?

「あたしさ、夢を見たの・・一年前の今日。」

もう確かめたくて、あたしはずっと気になってた夢の事を話した。
此処まで2人で同じような感覚や、デジャヴを感じたりするのは
どっかで逢ってるか、同じような体験をしてるかしかない。

2人で海を見て、こうやって抱きしめあった。
懐かしいと感じるこの七里ヶ浜で。

「夢の中のあたしは、巴って呼ばれたお姫様みたいな人で
夢に出てくる仁は、木曾義仲って呼ばれてたの。」

「なあ・・それって、今やってる『義経』に・・・」
「うん、出てきてる・・・けど夢じゃないの。」
「マジ?」
「マジ、実際に確かめてみたらあたしの家系は先祖に巴御前がいる。」

真剣に話すあたしの顔を見て、仁君も黙り込んだ。
信じられる訳ないもの、あたしだって信じられなかった。
でも今は、信じたい。

仁君との出逢いは、前世からの必然だったって。
幸せになれなかった義仲と巴御前。
2人の記憶と姿を受け継いだ、あたしと仁君。
この平和な時代で、幸せになって貰いたい。

其処まで考えてないかもしれない。
けど、あたしとしてはそうなりたい。

黙り込んで、海を見ている仁君へあたしはプレゼントを差し出す。
無言で袋を取り出したあたし。
ちょっとだけ待たせて、自分が先にそのピアスを付ける。

「もしかしてオソロ?」
「そうだよ、ヤだった?」
「んな訳ねぇだろ、チョー嬉しいって。」
「良かった」

合図で振り向いた仁君、眩しそうにあたしを見て
方耳に付いてるピアスを見つけると、笑顔になって聞いてきた。
少し意地悪して聞いてみれば、すぐに言い直して袋を受け取る。

ワクワクした目で、袋を開ける姿が子供っぽくて可愛い。
ちょっとだけ、ピアスを見た時の反応が楽しみ。
あたしが付けてるのは、笹竜胆のピアス。
色は青色。

やっと袋から出した仁君が、しげしげとピアスを見て
へぇ〜と感心したのか感嘆したのか、声を漏らした。

「これって、笹竜胆紋?カッコイイ〜つーか良くねぇ?」

そう、あの夢を見て何だか手にしたくなった笹竜胆。
これは源氏の象徴として、取り上げられてた植物。
過去のあたし達は、源氏の者として生きてたから
少しでも、どんな形でも手元に残しておきたかった。

早速そのピアスを嬉しそうに付けた仁君。
海を見つめながら、あたしへ言った。
その顔は、遥か昔を見ているかのような感じだった。

「俺達さ、もしかしたら出逢うべくして出逢ったんかな。」
「あたしはそう思いたいな、それに素敵だよね。」
「ん?」
「前世でも、現世でも・・あたし達は出逢えたんだよ?」
「だな・・運命だったのかも。」

自然に寄り添うように立って、頭を仁君の肩に乗せる。
それに応えるように、仁君の腕があたしの肩を引き寄せた。
義仲と巴御前は、この景色が最期だったかもしれない。
あたしと仁君は最期になんてしない。

ふと、視線が絡み・・くちづけを交わす。
義仲と巴御前の恋物語、それは悲恋で終わったけれど
今 800年越しに、その魂は新たな形となって出逢い

その恋物語は、再び幕を開けた。