起きたさんは、とても安心したような顔をされて微笑み
僕の手を取って指でこう書いた。

有り難う――と。

言葉もそうですが、僕は・・微笑んだ彼女に見惚れてしまった。
まるで目の前に花が咲き乱れたかのような微笑み。

とても、安心する。
優しく包み込むような微笑み。
何処か・・・花喃に似ている気がしました。


室内に流れた穏やかな空気。
悟空達がいないだけで、こんなにも静かになるんだなぁと

水差しを置いて、窓から景色を見てふと気づく。
私は確か・・・・皆さんを部屋に案内しろって言われてて、案内して・・・

三蔵さんに残れって言われて・・・・・
色々聞かれてるうちに気が遠くなって来て・・・・・
そう言えば此処の部屋ってまさか・・・!?

「(八戒さん!もしかして私!皆さんの部屋でしかもベッドで寝かせてもらってたんですね!!??)」
さん?」
「(どうしよう!案内した客室で気絶するなんて!しかもお客の三蔵さん達を・・!)」
「くすくすくす、落ち着いて下さい。今更気にしなくてもいいんですよ?それにそのベッドに寝かせたのは三蔵ですから」

笑顔で私にそう言った八戒さん。
今何と?
ぶっ倒れた私を此処に寝かせたのは・・・あの三蔵さん!?

なっ・・!!!!なんて恐れ多い!!!

落ち着けと言われてもこれはえらいこっちゃ!?
あの綺麗だけどちょっと怖そうな金髪の人に!!?後が怖い!!私ったら何て言う失態!!!

「あの、さん?・・・ぷっ」
「(八戒さんにまで笑われた・・・・)」
「すみません、いや、本当に悟浄の言う通りだなぁって」

きっと慌てた状態の私は凄い顔をしていたんだろう。
暫く呆然と眺めていた八戒さんの笑い声が、静かだった室内に響く。

しかも目尻に涙まで浮かべている。
キョトンとしたに、八戒は納得したような様子で言った。
慌てたりすると、普通に喋るように口だけが動いて可愛いなと悟浄はに言っている。

しかも八戒までもが同意し、その通りだとに言う。
そう評価される事に慣れておらず、嬉しいと思っても認めてしまったら自信過剰と思われるのが嫌で
はそういった言葉を受け入れられずにいた。

だからどうにも微妙な顔になってしまった
そんな顔に気づいて、笑うのを止めた八戒だったが・・・・唐突に妖気を感知。

サッと視線を鋭くして辺りを伺う。
気配には全く鈍感なは、鋭くなった八戒の視線と雰囲気によくない予感がした。

この部屋には自分しかいない。
彼女も戦えるかもしれないが、何しろあのような顔をさせて戦わせたくはない気がした。
最悪な事に近づく気配は結構な数だ。

自分1人で守りきれるかどうか・・・・・
ベッドの上で不安そうな顔をしていると目が合う。
恐らくあの町で妖怪を殺した事は、彼女の本意でもなくやむを得ない事情だったからだろう。

不本意な戦いだった。
――経典とお前も――

そして再び脳裏に浮かぶ三蔵が妖怪の遺した言葉だと僕等に話した言葉が浮かぶ。
――!?この襲撃はさんの持つ経典を狙っての物だとしたら?

さん!起き上がれますか?」
「(驚きながらも頷く)」
「貴女がどんな事情で、妖怪の求める何かを持つ事になったのかは分かりません。」
「――!?」
「ですが、今はそんな事は後回しです。僕の傍から、離れないで下さいね?」

不穏な雰囲気に心臓は早鐘を打った。
そんな私に掛けられた冷静な言葉。
それは八戒さんで、立ちあがった私に辺りを警戒したまま言い 気功を放てる構えを取る。

彼の言葉で八戒さんも、私が経典を持っているんじゃないかと気づいたと悟った。
でも彼はそれよりも私を守ろうとしている、そうにも思えた。

何から?
沸き起こった疑問には、窓硝子が破られる音が答えとなった。
それが妖怪で、刺客であると気づいた時には視界は白一色に包まれた後だった。



□□□



その数分前、半ば強制的に買い出しを任されていた三蔵達。
結局新しい煙草や、この町で買える範囲の食糧などを買い
八戒とのいる宿屋へと戻っていた。

目の前に突然現れた、余りにも大きな事態。
経文ではなく、それよりも遥かに上の経典を持った人間の女。

しかもそれを妖怪が狙っていて、天竺が元凶になるこの世界の異変を起こす首謀者らしき奴がそれを欲していて
中国三大武器と呼ばれている物の一つ、九節鞭も持つ女とくれば・・・
明らかに自分達絡みな事態であると予想がつく。

だが未だに三仏神達からは、何の参上も言伝ていない。
一体何が起きていると言うんだ?

「大変だ!!菊令ちゃんの処に妖怪が現れたらしい!!」
「でも変なんだよ、突然二階へ突っ込んでったらしいんだ」
「それはまたおかしいねぇ・・・」
「「「―!?―」」」

不意に飛び込んできた町人達の会話。
これには三蔵も悟空も悟浄も顔色を変えた。
妖怪の襲撃、その目的で挙げられるのは自分の持つ『魔天経文』の奪取。

だがこの通り自分は襲われていない。
そう・・・今此処には、この経文を凌ぐ物が在る。

首謀者が喉から手が出るほどに求める物を持つ女。
 
奴等の狙いははなからソイツか!

「チッ―!!悟空!悟浄!戻るぞ!!」
「おう!」
「あいよ!!」

苦々しく舌打ちをし、三人は二人のいる宿屋へと急いだ。



狭い客室の中、を守りながら攻防を繰り広げる八戒。
室内は激しく破壊され、流石の八戒も戦い難そうだった。

私なんかを庇ってるせいだ。それは分かり切っている。
でも、今の私には役に立てる事がない。
役立たずの足手まといでしかない。

八戒はに近づこうとする妖怪からを守るべく
腕を引きよせ背に庇ってから気功を放ったり
防御壁のようにして攻撃を防いだりして奮戦。

は役に立たない自分を思い、何度も何度もごめんなさいと謝った。
戦おうと思えば戦えるのに、八戒さんはそれをさせてくれなかった。

さんには一歩も近づけさせませんよ・・!」
【ギャアアッ!!】

気功を放ちながら八戒が叫ぶ。
1人だと言うのに、その攻防には隙がない。
何て強いんだろうと、そう思った。

でも1人で戦うには限界だってある。
いてもたってもいられなくなってきた。

不意に階下が騒がしくなった。
新手の妖怪かと構える八戒だが、現れた気配は別の物だった。

「八戒!無事か!?」
「悟空・・!」
「へぇ、美味しい処は持って行かれちまったみたいだな」
「悟浄!」

仲間達の登場に、笑顔で応えた八戒だが
その一瞬、意識が逸れた処を一匹の妖怪が狙い飛びかかった。

素早いその動きに誰しもが気づくが、反応が遅れる。
これは危ない、そうが思った。
そして次の瞬間には、八戒を狙った妖怪へ取り出した九節鞭を振り下ろしていた。