洛陽動乱 後編
風間さんの意味深な言葉。
それを問う間はなくこれが答えだとばかりに、階下が騒がしくなった。
「貴様は俺の傍にいろ、命を落としたくなくばな」
胸がざわめく。
彼の言うとおり、少しでも動き回れば自分は混乱に巻き込まれ殺されるだろう。
何よりも風間さんの目が真剣で、動く気にもならなかったと言うのが正しい。
階下で響く声と喧騒は次第に近づいてくる。
既に何人かの藩士が息絶えているんだろう・・・
勝手に足が震えてくるのを感じた。
前にもこんな事がなかっただろうか?
迫り来る恐怖、噎せ返るような血の臭い。
でも何処で?
いつ?私はこんな恐怖を感じた?
「ぎゃあああっ!!!」
「―――っ!」
「・・・何だ君もいたの?鬼は人間の争いにまで関与するんだね」
瞬間目の前に血の花が咲いた瞬間。
ドクンと心臓が跳ねた。
パッと咲いた真っ赤な花・・これは前にも見た事がある・・・
だがの思考は此処で途切れた。
忘れまいと何度も何度も頭に刻み込んだ声が聞こえてしまったから・・・・
沖田さんの忘れ物だと思い届けた荷物。
それを持って沖田さんを訪れてから数時間。
僅か数時間しか間が空いてないと言うのに・・
再びまみえた沖田さんを見るだけで、勝手に私の胸は鼓動を刻むのだ。
どんなに突き放されても、逢いたいと願い、彼の声を聞きたいと望んでしまう。
そしてまた逢えた、こんな血に塗れた現状で。
「どうして彼女がいるのさ」
「ご、ごめんなさい」
「何を謝る、貴様は俺が座敷に呼び寄せた。何を隠す必要がある。」
「・・・隠してなんか・・」
「へぇ〜・・・・僕はこんなにも苦労して君を遠ざけたのに、よりにもよって風間と会ってるなんてね・・面白くないんだけど」
何だろう、沖田さん怒ってる?
「・・・・え?」
「睦言は其処までにしてもらおうか」
どうして怒っているのかを問う前に、今度は風間の声が割り込みの思考を遮る。
言いながら風間は腰の刀を抜いた。
まさか?でも斬り合いになるのは必至なのかもしれない。
沖田さんは幕府に仕え、会津藩の傘下。
一方で風間さんは、その幕府と敵対する長州藩の剣客。
だとしても二人が死合うのを見たくない。
私にとって二人は大事でかけがえのない人だ。
どうしよう、どうしたら止められる??
しかしが迷っている間に、二人の死合いは始まってしまった。
互いに一歩も譲らない刃の応酬。
素人のには、その太刀筋すら判別がつかない程の捌き。
足運びにも無駄や隙はなく、死角すら感じさせない。
刀を合わせる度に鉄の火花が散り、闇を照らした。
同じ頃、遅れて到着した井上と原田と千鶴が到着。
裏口を見張っていた新田と安藤、奥沢の元へ駆けつけたが
裏口から脱走を図った望月らとの斬り合いで惨死していた。
「ふ、中々骨のある男だな」
「それって褒めてる・・のっ!」
怪我をしないかどうかひやひやしながら見守るの前で二人は言葉を交わしている。
何であんなに愉しそうなのかしら・・・
あの鋭い太刀筋が、もし沖田さんを傷つけたら?命を奪ってしまったら??
いてもたってもいられない。
笑みは浮かべてるけど、二人は本気で命のやり取りをしてる。
私に立ち入る隙はない・・・・
拒絶されたのにも関わらず、沖田さんと逢えて・・また逢えて嬉しい。
風間さんと会ったのは本当だし・・呼ばれたのも本当。
どうして沖田さんは怒ったのだろう。
知りたい・・・私が動いて知ろうとしなきゃ駄目よね?
その為にも此処で沖田さんを失う事は阻止しなくてはならない。
数刻にも及ぶ程、長い死合いだったように思えた時
流石の沖田さんも呼吸が荒くなってきていた。
「風間さんお願いです、此処は引いて頂けませんか?」
「この俺に壬生狼を見逃せと?」
「そうではありません、貴方は相当の腕がある・・それは分かります。だからこそ此処は引いて下さい。」
「、ちゃん?何を言って・・・」
「貴方はこんな所で命をかけるような事はしない、私が足掻く様が見たいんですよね?そう言うのであれば引いて下さい。」
本能が知らせたのかもしれない。
このまま戦っていても決着は付かないばかりか、沖田さんの身が危ないと。
だから無意識に引いてくれと口から出ていた。
プライドもあるだろう風間に、引いてくれなどと言うのは自尊心を傷つけるかもしれない。
それも承知では風間に言葉を重ねて頼んだ。
無駄に命を捨てるな、そう遠回しにに言った風間なら
きっと引いてくれるんじゃないか・・と。
そしたら風間は突然笑い出した。
キョトンとするや否、腕を引き寄せられ
ドンと沖田の方へと突き飛ばされた。
「ふ、はははははは!」
「きゃっ」
「わっ、と」
「面白い女だ、いいだろう・・貴様に免じて今宵は引いてやる・・・だが次はないと思う事だな。」
慌てて突き飛ばされたを受け止めた沖田。
それを確認してから風間はキッパリと言い捨てた。
それだけを告げると、刀を鞘に納めこの修羅場から颯爽と姿を消した。
風間さんの姿が見えなくなるや、ホッとして全身の力が抜けた。
こ、怖かった〜・・・物凄く怖かった。
刀を通してまるで語り合うみたいに鍔迫り合いを繰り広げていた二人。
その間に入るのはとても勇気が入る物だったけど・・どうしても沖田さんを失いたくなかった。
へたり込むを支えたまま同じく風間を見送っていた沖田だが。
ハッとして事態を飲み込むと、の肩を掴んで振り向かせ怒鳴りつけていた。
「何であんな危ない事をしたんだ!?風間が引いたからいいものを、引かなかったら殺されてたかもしれないんだよ!?」
「ごめんなさいっ!でも、私・・此処で沖田さんを失いたくなかったんです!!」
「僕が風間に負けるとか思ったの?そんなの杞憂だよ、それより風間の言った事は本当なのかい?」
「うう・・・はい、私知りたい事があって・・風間さんが今宵此処へ来れば教えて下さると・・―――」
「知りたい事・・・・?」
僕に怒鳴られ身を縮めるちゃん。
それに構わず僕は彼女を問いただしていた。
だってさ、あの風間だよ?あの風間が何の用もないのに花魁の彼女を呼んだりする?
千鶴ちゃんの事もしつこくストーキングしてる奴、それが手のひら返したようにちゃんに・・・
いやちょっと待って・・僕はちゃんを遠ざけたんだよね?
それがまたこんな所で逢っちゃうなんてな・・・・
僕は一体どうしたいんだろうね・・・こんな僕が綺麗で真っ白な心を持った彼女と関わったらいけない。
きっと汚してしまうから、そう自分で分かった上でどんなに傷つけても逢わないようにしたのにさ。
やっぱ僕さ・・・気になっちゃってるのかもしれないな〜・・・・・
どうして?とか考えるまでもなく答えが見つかっちゃってる気がするんだよね。
だからこそ心配で、風間と会うのに僕とは・・・とか思っちゃったから腹立たしさを覚えたし怒鳴りつけてしまった。
にしても・・・彼女が知りたい事を風間は本当に知ってるのか?
そうまでして彼女が知りたい事って?
「――!!沖田さん危ない!!!」
「―――なっ」
気になっている自分の心に気づき、またも沖田は苦悩する羽目に。
だが思考は中断した、僕とした事が此処が何処だか忘れてたなんて・・!!
気づいた時にはもう遅かった。
すっかり話に夢中で構えを解いていた僕の背後に、刀を振り上げる藩士の姿があり
振り向いた視界の端に振り下ろされる刀と、そしてその僕と刀の前に飛び出す小さな姿が見えた。
ああ僕はまた、何も出来ないのかな――