流転 四十八章Ψ終わる戦いΨ



が姉と玉梓と会話をしてる頃、現の方は大変な事になっていた。
大変と言うと大袈裟かもしれないが、それに等しい騒ぎだった。

意識を失ったを、間一髪近くにいた親兵衛が受け止め
受け止めきれずに一緒にしゃがみ込んだ。

!」

呪縛から解かれたかのように、ハッとして現八は2人に駆け寄る。
その時不思議な光景を見た。
連合軍の兵達が光の波に触れる度、バタバタと倒れていくという様。

里見以外の者は全て地に倒れた。
それに合わせ、八犬士達は倒れたへ駆けて来る。

さん!」
「早く城に運んだ方がいいんじゃないか?」
「そうしましょう、体温が少し低いのも気になります」
「・・・・そうじゃな」

名を呼んで駆けて来た荘助に続き、毛野も傍に膝を折って言う。
医学を学ぶ大角もそれに賛同、脈を取りながら現八に言った。
仲間達の意見に現八も頷き、さっと抱えて馬まで運ぶ。

「私と道節で、定正を追捕する」
「ワシと荘助が成氏を追う、犬飼と親兵衛達は城へ戻っておれ」

と共に馬に跨った現八と、親兵衛・大角に小文吾がそう指示。
そうするのが妥当だろう、義実殿に戻ったを帰してやらねば。
・・・・帰す、何故じゃろう・・それを口にしたくない。

悶々とした気持ちと戦いながら、小文吾達に頷き彼等を見送った。
大角がもう一頭馬を連れて来ると、親兵衛が手綱を握り現八に続く。
3人は信乃と浜路、義実が待つ滝田城へ馬を駆った。


ΨΨΨΨΨΨ


玉梓を退け、天に送った信乃達。
何とも言えぬ思いを胸に、天守閣から里見の地を見下ろした。

望んでもいない戦いで、双方に無益な血が流された。
そして、家族も友人も恋人もある若者が幾人か命を落としてしまった。

「俺達の願いはごく簡単な物なんだ、愛する者と愛する土地で生きて死ぬ・・・それだけ、それだけのなのに。
そんな簡単な事でさえ・・犠牲なしでは手に入らない。
生きる為に人を殺し、愛する者を守る為に人を陥れる。
正義はいつも裏を返せば傲慢で、何かの犠牲なしに平和は成り立たない。
生きる為に殺す事に・・・・終わりはない。終わりは・・本当にないのだろうか・・・」

思いに任せるまま、信乃は胸の内を言葉にした。
本当に、玉梓の言う通り いつの世にも戦は続き
争いの輪廻は、永久に続いて行くのだろうか。

そうゆう歴史以外、人は歩んで行けないのか。
信乃の疑問に、答える声が1つだけ響く。

「終わりはある」

思わず振り向いた先には、義実の姿。
答えを求める信乃へ、彼は先ず出来る当たり前の事を口にした。

「戦いを終わらせよう、分かっておる。ワシが今このように言っても、必ず後の世に殺し合いは始まる。
だが、今・・今だけでも平和はこの世にあると信じたいのじゃ・・・なあ、伏姫よ」

今戦いの全て、先に続く連鎖を止められなくても
この瞬間、この時だけでもと義実は天に召された娘へ語りかけた。

澄み渡る青空を眺め、議論を交わしていた信乃と義実。
その2人の姿を見て穏やかに微笑んでいた浜路。
その視界に戦場から此方へ駆けて来る二頭の馬が入る。

更に乗っている者達を見定めた途端、慌てて信乃を呼んだ。

「大変、信乃さま!義実さま!」
「あれは犬飼達?それに・・・?」
「何か様子がおかしいようじゃ」

浜路の声に、少身構えた信乃だったが
馬に乗っている者達が、同じ犬士だと分かり構えを解く。

義実の目にも彼等が映り、1人意識のない者がいる事に気づいた。
様子がおかしいようじゃとの言葉に、信乃がもう一度見ると
確かに現八に抱えられてるの意識がない事に気づく。

浜路と義実に、目で下りましょうと合図。
行儀はよくないが、努めて早く階段を下まで駆け下りた。


一方、滝田城の入り口で馬を下りた面々。
出迎えた兵士に案内され、空いている部屋へを運ぶ。
敷かれた布団に、を寝かせた時に信乃達が駆けつけた。

「犬飼、それに親兵衛・大角も。は怪我でもしたのか?」

静かな部屋で、一瞬声を掛け難かったが思い切って現八へ問いかける。
眠るの顔色はとても悪く、青白い色をしていた。
やがて沈黙を破り、背を向けていた現八が重々しく口を開く。

「戦いの中、は『村正』を抜いたのじゃ」
「何?『村正』を?それで、彼は・・・大丈夫なのか?」

一瞬何かを躊躇ってから、義実は現八へ問いかける。
予想通り、抜いてしまっていた事にショックを義実は覚えた。
ならば、命を吸い取られてしまって弱っているのでは?と。

それにもうの本来の姿を、義実は玉梓から聞かされている。
彼は彼ではなく、彼女であって行方の分からなくなっていた二の姫。
伏姫の妹であり浜路姫の姉、姫なのだ。

「完全に命を奪われてはいません、それに姫君は呪縛を克服し『村正』を己の支配下にされました。」

現八の言葉を聞きながら大角や新兵衛は寝かされたを眺める。
亡くなった´大法師から彼の素性を聞いていたとはいえ
改めて彼は彼ではなく、彼女であって・・この国の姫なのだと実感させられていた。

今回の戦いの引き金となった日から、姿を消していた二の姫。
あの頃より、一回り若く美しくなって戻って来た。
勿論姿を消す前も、美しかったが。

「その後気を失った為、連れて来たのです。怪我もありません、じきに気がつかれるかと」
「そうじゃったか、そなたには世話を掛けた。今まで姫を守ってくれて有り難う。」
「・・・身に余るお言葉です。」

などと淡々に会話する現八、頭を下げたままを残しその場を去った。
それを追うように、信乃が後を続いて出て行く。

追いかけると、廊下を右に曲がった辺りで追いついた。
柵に手を乗せて、その場に佇んでいる。

「犬飼まさかオマエ・・、殿に何も言わないつもりなのか?」
「今更何を言えと言うんじゃ?」
「もしオマエが何も言わなくても、殿の言葉も聞かないつもりか?」
「聞いてしまったら、もう戻れぬ・・・また義実殿から奪う事になってしまう」
「だったらそれでいいじゃないか、愛しているんだろう?殿を」

背中に掛けられる信乃の言葉。
それは余りにも真っ直ぐで、考えさせられる言葉で心を揺り動かされる。
勝手に口が動いて、押し込んでいた本音が出てしまう。

「分からぬ、だが・・・離れて行って欲しくない」
「なら殿に言って来い、姫だからと言って躊躇っていては愛する者を失ってしまうぞ?」

肘を柵に付け、頭を抱え込むように言った言葉。
それを拾って厳しくもハッキリと、己が意見を返す信乃。
ちゃんと行動で示した信乃に言われては、返す言葉がない。

第一今まで自分は、誰かを愛した事も想った事もなく
死ぬまでそんな相手、いらないと思っていた男だ。
だが今は、たった一人の女に翻弄させられてる。

いや・・ワシ自ら、溺れたような物じゃな。

「お主の忠告、有り難く受け取っておく。」
「フン・・・早く行って来たらどうだ?」

照れたのか、わざと素っ気無く信乃がのいる部屋を示す。
ちょっと笑ってから、現八は信乃に礼を言って部屋へ戻った。
その時他の犬士達は逃げようとしていた総大将、足利成氏と扇谷定正を捕らえて城へ向かっていた。

現八と信乃が席を外している頃、眠る姉の傍に付いていた浜路は
の手がピクッと動いたのを見つけ、パッと顔を姉へ向ける。

さん!・・あ、えっと・・・姫さま」
「浜路さん・・・聞いたみたいだね、無理にそんな風に呼ぶ事ない」
「でも・・」
「今更姫なんて呼ばれると、恥ずかしいよ。今まで通りで構わない」
「私は嬉しいです、ずっと拾われた子だと思ってたから。さんがお姉さんで。」

何て言って、彼女は柔らかく微笑む。
こんな可愛い妹がいるなんてな、俺もずっと向こうじゃ1人だった。
もう帰る事はないけど、向こうで培った事を忘れずに感謝して生きて行こう。

現八も、その時には傍にいてくれるだろうか。
姫だった自分の傍になんか、いてくれるんだろうか。
自然に考えも暗い方向へ傾く。其処へ、人の気配が現れた。



聞こえたのは現八の声、此処に来てから一度足りとも考えなかった事のない人の声。
少しビクッとして振り向いた、何を言われるのかが怖かったからこその反応。

それを見た現八、小さく笑い部屋に入る。
後ろには信乃も続いて来ていた。

「少し話でもせんか?」
「話?」
「ああ」

躊躇いが生まれる、現八から姫として城に入る事とか
立場が違うからとか何か言われたら、きっともう立ち直れない。

姫なんかになりたいとは思わない、けど実の父と妹を裏切れない。
姉の代わりに、里見を支えて行かねばならないんだ。
その隣りに・・・いる事が出来ないって、そうゆう話なの?

「犬飼、足利成氏公が来るまでには戻れ」
「分かっておる」

信乃はそれだけ言うと、浜路を連れて部屋を出て行ってしまった。
部屋にはと現八だけが残される。
微妙に緊張したに構わず、現八の話とやらは始まるのだった。