女心と空模様
今日も比売女神殿は、ご機嫌が麗しくなった。
理由など、とっくの昔に忘れてしまったな・・・・
『アシュヴィンの分からず屋っ』
始まりはこの言葉だったな。
俺が会談についての話をしいた時だ。
大人しく聞いていた里緒、現世からの客人。
難しい政の話など聞き流していたと思っていた。
こんな話はつまらないだろう、と切り上げて里緒の話を聞こうとしたんだ。
それなのにだ、女という生き物は分からん。
二の姫もそうだったな・・・馬鹿、と怒鳴られたのは二の姫が初めてだが
分からず屋、と怒鳴られたのは今回が初めてだ。
揃いも揃って仮にもこの国の皇に向かって投げつける言葉か?
俺が寛大な性格でなかったら二人とも生きてはおらんぞ。
・・・・・女を斬る趣味はないがな。
まあそれはさておき、探しに行くとするか。
根宮は広い、しかも時間が時間だ。
日は暮れて闇が空を支配してきている。
いくら城の中とはいえ、常世をよく知らない里緒が独り歩きするのは危険。
『相変わらず殿下は疎いんですねぇ』
『兄様は僕より女の人の事理解してないなー』
『煩い、探しに行ってくる』
出る前に後ろでヒソヒソ話をしていたシャニとリブ。
俺には分からなくて、あいつ等には分かると言うのか。
何だか凄く面白くない。
女にとって、政の話など聞かされても面白くないだろうに
何故里緒は怒ったんだ?
いつも笑って明るくて、元気で俺にパワーをくれる奴が・・・・・
その時少し里緒の顔が頭に浮かんだ。
怒った顔・・だが、少し違う・・・・
そういえば・・・怒った顔が・・―――
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根宮を一通り探し、それでも里緒は見つからない。
まさか外へ出たのか?
嫌な不安が過る。
だがあいつなら有り得そうで怖いな。
嫌な不安を浮かばせながら、回廊から庭へ出る。
自然が戻り、様々な花を咲かせ
緑に囲まれた豊かな庭、碧の斎庭。
此処は根宮を少し北に進み、回廊を歩いた先にある。
常世で最も美しい場所。
此処にならいるかと思って来てみたが、それらしい姿はない。
まさか本当に外へ出てしまったのかと踵を返そうとした時
「アシュヴィンのバーカ・・・鈍感、女の敵・・・・」
何処からともなく、里緒の小さな声が降りてきた。
降りてきた?・・・・
不思議に思い上を見上げると、どうやって登ったのか木の上に里緒を見つけた。
おいおい、今時の女とは木にも登れるのか。
お前はどれだけ俺を驚かせれば気が済む。
呆れつつも笑みが零れ、木から距離を取り声をかける。
機嫌を損ねてしまった比売女神殿に。
「前半は何となく分かったが、女の敵とはどんな意味だ」
「――アシュヴィン・・!」
「落ちたら困るからな、そのまま理由を話してくれんか?俺は鈍感らしいからな」
「い、言っても分からないでしょ・・・・・」
「話してくれんのはもっと分からん」
押し問答。
何やら木の上でうあーーと里緒が悶絶(?)している。
見ているだけでも面白い・・・
だがそう言ったらまた怒らせてしまうんだろうな。
木の上の里緒は、少し黙って空を見上げた。
自然の天気のように変わる女心。
それをすぐに理解して察するのは今の俺には無理だろう。
今までそんな必要がなかったからな。
「どうして話止めちゃったのよ」
少ししてから降りてきた言葉。
話・・・・もしかして先程の事か。
それは説明するべくもなく、お前には退屈だと思ったからだと言っただろうに・・・
「女のお前には関係がないし、聞いていても面白くないだろう?」
「やっぱり分からず屋だ」
「だからその理由を教えろ」
「上から目線の人には話さないもん」
またしても押し問答が再開されそうだ。
どうして分からず屋になるんだ?
誰でもいいから教えて欲しいものだ。
比売女神の機嫌を直す方法をな。
このままこうしていても埒があかない。
夜が更けたら春先とはいえ冷える。
風邪を引かれては尚悪い。
ここはもう、折れるしかないな。
「里緒、俺がお前を怒らせた理由を教えてくれないか?」
「分からないんだから分かってくれないよ」
「話さねば分からんだろう?」
「・・・・・本当は話して欲しかったの、難しい政の話でもいいから」
「何故だ?」
幹に背中を預け、膝を抱えた姿勢で話し始めた里緒。
変わらず不思議そうに問う俺に、ムッとした顔をして更にまくしたてる。
「そうすれば、もっと此処の事とか・・・・・アシュヴィンが何を大事にしてるのかとか分かると思ったから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・里緒」
「何よその間ぁぁああ!!!!!」
何だこやつは、らしくない事など言いよって。
不意打ちを突かされた気分だ。
と言うか、そう考えていたんだな。
心が少し温かくなる。
「知りたいならば素直に言えばいいものを・・・・」
「うるさいなぁー!もう忘れて忘れて、今のっ」
「忘れだと?それは出来ない相談だな」
「何でよー!」
「そのような可愛い事を言われて、忘れろと言うのは冷たいんじゃないか?」
押し黙った里緒。
「俺はお前が国の事や、俺の事を知りたいと思っていてくれた事が嬉しいんだぜ?」
「・・・っ」
「だからもっと近くで言ってくれ、そんな木の上じゃお前の顔が見えない」
里緒が赤くなったのが手に取るように分かった。
反応を近くで見たくて言葉を重ねてしまう。
戸惑っている姿に、両腕を翳す。
「―――飛び降りろ、必ず受け止める」
一瞬不安そうな顔になった里緒に、大丈夫だからと念を押す。
落としたりなんかせん、受け止めてやるさ。
どんな時も、これから先も。
生憎だが手放したくない者の一つなのでな。
これからも傍にいろ、様々な表情を見せてくれ。
俺を困らせられるのは、お前ただ一人なのだから。
fin