流転 十六章Ψ女田楽Ψ



翌朝、未明。

夏の初めの野宿、一番先に起きたのは
最後に火の番だったのは、信乃だったらしく焚き火の傍で寝入っているのを見つけた。

風邪を引かないようにと思い、は自分の掛けてた毛布を
寝入っている信乃の上へ掛けた。

少しピクッと動いたが、それだけだったようで
しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえ始める。
歳は自分より下のような気もした。

『何処かで会ってないか?』

真っ直ぐ見つめて来た信乃の目。
夢で会った時と同じ、逸らされる事なく見つめて来た。

本当の事を、いつ話そうか。
俺は嘘を3人に、いや・・皆についてる。

此処での過去の記憶はないが、俺は里見の二の姫だしただ男装してるだけ。


此処に連れて来られたのは正しいけど、名前だって本当は
玉梓の呪いの影響を受けて、姫としての記憶を忘れ
向こうの世界へ飛ばされた。

この事だって隠してる、それと・・大輔も騙してる。

はぁ・・・罪悪感が・・・・・
俺はいつまでこの嘘を突き通せばいいんだろう。

悩んで見た先には『村正』と『正国』。
コレが俺を守ってくれると、姉上は言ってた。
この力は、八犬士を探す為に授けてくれたのかな。

どうして痣をくれたんだ?
仮初の話に真実味を帯びさせてはくれたけど、本当の意味で俺は彼等と深い繋がりは何もない。

この仮初の痣だけが、今の俺と現八達を繋いでる。

「はぁ・・・」
「なんじゃ、朝から重苦しい溜息などつきおって。」

夜の暗い闇が、朝日で消えて行く。
そして朝が訪れて、一人顔でも洗おうかって時に
いきなり不意打ちで背後から声を掛けられた。

相変わらずの低い声、何か無駄に色気が・・
しかも何か俺、動揺してるしさっ。

「げ、現八!?いつ起きたんだよっ」

飛び退きたいのを耐え、平然を装い視線を水面へ向ける。
現八は特に気にも留めず、の後ろから移動。
気配だけで顔を洗いに行くのだと分かった。

寝ても髪型はあのままなのか?
水辺に歩いて行く後ろ姿を見ながら、しげしげと思う
背が高いなぁ・・180はありそう。

青色の着物が、違和感なく似合ってる。
現八を観察しつつ、布を持って隣へしゃがむと顔を洗った。

「しかし、お主の傷を里見の姫がな・・信頼されてるんじゃな。」
「そ、そうだな・・はは」

顔を洗い終えた現八は、小文吾の宿屋で話した事を口にした。
それを信じて疑わない現八、感心げに言ってる。
心がチクッと痛んだ。

信頼じゃなくて、俺が姉上の妹だから。
役目の為にとかじゃないと、説明しにくいし分からなくなってきた。

気持ちの整理と、感情と表情が追いつかなくて
何とも微妙な顔で現八の問いに答えてた。

「2人とも起きてたのか?」

の微妙な反応に、引っかかりを感じた現八が
不思議に思って何か言いかけた時、焚き火の方から信乃の声。
体に掛けられてた毛布を不思議がりながら、体を起こす。

信乃が起きたので、掛けようとしてた言葉を飲み込んだ現八。
一方は、それ以上突っ込まれなくて済んだ事に内心ホッ。
現八から離れ、起きた信乃の方へと歩いて行った。

その後、小文吾を起こして朝餉を食べ
大塚目指し、再び歩き始めた。

しばらく現八は、の微妙な反応が気になって上の空だった。
こんなにも、他人の言動や態度を気にした事などない
同性同士で仲間だから気になるんだろう、と思う事にした。


野宿をした所から、ひたすら東を目指し
少し賑やかな通りへ4人は出た。

人々が活気よく行きかい、子供達が回りを駆け回っている。
古河とはまた違った雰囲気のある所。
神社の境内を降りると、更に賑わってる場所を見つけた。

何だろう、と思いながら歩いてたら
人の歌声が聞こえ来た。

「何かやってるのか?」

呟いた声を、偶々隣にいた小文吾が聞きつけ
が見ている方を見た。
背の高い小文吾は、人垣の向こうに華やかに舞う者達を見つける。

何やら誘われるように、フラフラと歩き出した。
信乃と現八は、達の前を歩いていたので気づかない。
急いでる旅だし、寄り道はマズイと思ったは止めようとしたが

追いかけて飛び出した為、通行人と激しくぶつかった。

「うわっ」

ぶつかった相手は、急いでたらしく駆けながら謝ると
そのまま走り去ってしまった。

弾かれたは、土の道に尻餅を付いた。
それにも関わらず、小文吾は全く気づいていない。
つめてぇ・・薄情者め

「大丈夫か?」
「何してるんじゃ、お主は。」

うわ、何か顔が熱くなった。
コケたのを見られたって思ったら、こうなった。
こうゆうのを何て言うのか、後で聞こう。

駆けつけた信乃が、の腕を引きヒョイッと立たせる。
結構な力で引き起こされ、ちょっと吃驚。
現八はその役目を信乃に譲り、逸れた小文吾を追いかけた。

1人離れた小文吾は、綺麗に着飾った女達の踊りに魅入っていた。
後ろに来た現八も、その光景を間近で見る。


小文吾の視線を辿ると、1人赤布を持って舞う女にデレッとしてるようだ。
まあ・・確かに他の女達より、見られるが俺は興味ないな。
信乃との様子を確認してから、小文吾の耳を掴む。

「小文吾、行くぞ。」
「え?イテッ、現八・・っ引っ張るなって!」

人だかりから抜ける現八と小文吾を見送り
それと逆に、信乃とが人だかりの奥を覗き込む。

何やら美しく着飾った女達が、長い布を持って舞っている。
この辺を旅しているのだろうか?

「あれは?」

しばらく見ていたが、信乃に促されたので
歩きながらその問いをしてみた。

2人が立ち去った後、信乃の探し人でもあり
とも関わりの深い人物、浜路が前へ出て来て舞っていたのを
通り過ぎてしまった誰しもが気づく事はなかった。

「女田楽と言って、舞を披露しながら各地を旅する者達だ。」
「へぇ・・何か凄いな、女性だけで旅をしてるなんて。」

進む方向を見ながら答えた信乃。
1つ疑問が心に残っていた、さっき引き起こした時
男だと頭に置いてたから、力を込めて引っ張った。

けれど、いざ引っ張ってみると
意外に簡単に引き起こせた事に、驚いてた。
見かけも頼りないが、あれ程軽く起こせるとは・・・・

信乃の目が、隣を歩くへ静かに向けられた。


4人の向かう大塚村、其処では今まさに
惨劇というか、1つの事件が起こっていた。

というか、起きてしまった後だったと言うべきか。

其処にいる4人目の犬士、彼との再会を胸に
信乃達は大塚村を目指して歩いた。
目指す村までは、後数分で着けるだろう。

『義』の玉を持つ人は、どんな人だろう。
も犬士との出会いを楽しみにして歩いた。

――其処で待つ、事件を知らぬまま。