何処かで会ったような・・
そんな風に思わせる女だった。
年上だけど、変な感じ。

でもこれは・・勘違いなんかじゃなかった。

確かに知ってたんだ、俺達は――



面影



「・・・龍神と、関係がありそうだな・・兄上」

そう言って現れたのは、銀糸の髪に紫紺の瞳をしたヤバ気な男。
将臣を『兄上』と呼ぶって事は・・・兄弟?

イヤ・・似てなさ過ぎる。

顔からして似てねぇ・・・じゃあ何で『兄上』なんだ?
疑問符を浮かべ、隼人は襖の横に立つ銀髪の男を伺い見た。
男が連れて現れた女人の姿が、後ろに控えている。

顔は残念ながら衣を被っていて見えない。
でも・・・誰かに似てる気がする。

何処かで会ったような、見た事のあるような?
喉まで出掛かってんだけど、中々出て来ねぇ。

「所で兄上、そいつ等は何なんだ?」

そいつ等・・?(怒)
隼人の視線に気づいた男が、ニヤッと笑い
視線を外さぬまま、将臣へ問いかけた。

何ともいやらしい・・っつーか、ムカツク。
睨み返すと、小さく笑われた。

「止めろ知盛、こいつ等は俺と同じトコの奴等だ。」
「・・・なるほど?兄上も酔狂な事だ、変わった拾い物をしてくる」
「つーか、その呼び方止めろ。それに、酔狂なのはオマエも同じだろ」
「クッ・・それもそうか・・・して、どうするつもりだ?」

知盛と隼人の間に立ったまま何がだ?と将臣が問えば
くつくつと笑って知盛はこう言った。


「そこの子供、そっくりじゃないか・・木曾義仲に。」
「―!?―」

気づいてない訳じゃないだろう?
そう続けてほくそ笑む知盛。
紫紺の瞳が、纏わりつくような視線を隼人へ向ける。

その瞬間、情けねぇけど背筋に冷たい物が伝った。
氷のように冷めていて、それでいて人を射抜くような目。

現世では、向けられた事のないような色。
――コイツ・・・やべぇかも。
木曾義仲って・・誰?俺、そんなに似てんの?

「父上もよく滞在を赦したな・・そうでなければ、面白くないか。」
「そっくりだが、本人じゃねぇだろ。」

隼人達の分からない所で交わされる会話。


「なぁ隼人、義仲って誰なんだよ」
「俺に聞いて答えが出ると思ってんのか?」
「てゆうか、俺達で分かるのっていねぇじゃん。」

浩介・・オマエ、そうゆう事爽やかに言うなって。

隼人は、全く以ってその通りな浩介の言葉を 認めざるを得なかった。
今までの授業なんて、これっぽっちも聞いてなかったんだ。
『木曾義仲』って言われて、分かる訳がない。

脱力して、将臣の方を見た隼人は
知盛と呼ばれていたヤバ気な男が連れてきた女人と目が合う。

ってゆうか、向こうが自分達を見ていたから。


「椿姫・・?」
「!?」

顔を隠していた衣から、口許と僅かに見えた目元。
気づいたら、勝手に口がそう動いていた。
隼人がそう呟いた途端、パッと視線を外してしまった女人。

目を逸らしながら、手前にいた知盛の後ろへ隠れてしまう。

それに気づいた知盛が、女人に視線をやり
それから少し鋭い目を隼人達へ向ける。

「『椿姫』?コイツは椿じゃない、葵御前だぜ・・・?」

クッと笑う知盛、言いながら後ろに隠れた女を見やる。
自分の後ろに隠れた女は、少し動揺してるようにも見えた。
知り合いか・・・?まさか・・な。

そうは思うが、将臣に言われたように
自分とこの女人が出逢った経緯も、こんな感じだった。
さっきの考えも、強ち外れてはいない気がする。

これはまた・・面白い事になりそうじゃないか・・・。


「あ、なんつーか・・・似てんだよ。俺等の世界で見かけた奴にさ。」
「あーそう言えば、俺も見た気がする!」
「そうか〜?でも・・言われてみれば、いたな。」

怪訝そうな目で自分達を見る知盛と将臣。
何かと言葉を言わなくちゃいけない気がして、口にした言葉。

自分1人だったら、怪しまれたかもしんねぇけど
この後、浩介とつっちーも同意してくれたから
怪しまれずにはすんだ。

「現代から来たくせに『姫』なんて呼ばれる奴がいんのか?」

口々に間違いないとか、やっぱ似てるよなと言い合うのを見て
討論を始めた隼人達へ不思議そうな顔をした将臣が問いかける。

半信半疑で聞く将臣に、ああと頷いて説明を隼人はした。

すっげぇ頭のいい奴が通う、金持ちのお嬢様達の学院があって
その中でもトップクラスの美人で、金持ちのお嬢様がいる。
育ちも顔も良く、性格もいい彼女の字が『椿姫』だ と。

「一緒に合コンしたい女の子NO.1なんだぜ?」
「・・・ごう・・こん?」
「あーなんだ、見合いっつーか・・逢瀬みたいなモンだ。」
「ほぉ・・・?還内府殿も、ごうこんとやらをした事があるのか?」

だから、何で一々俺に振るんだよ・・知盛。

説明の終わりに、浩介がそう決めれば
意味深な目線を後ろの女人に向けてから
楽しそうな笑みを浮かべて、知盛は将臣に問うてきた。

密かに楽しそうに見えるのは、気のせいじゃないはず。

還内府って・・・将臣の事か?
コイツ、幾つ名前持ってんだよ・・。

それにしても、これから俺達どうなんだ?
将臣は俺達と同じ感じで、こっちに飛ばされたっつーのは分かった。
それと、この俺が『木曾義仲』って奴にそっくりだっつー事も。

何で俺だけなんだ?

『椿姫』そっくりな奴もいるし、近くに行くと苦しくなる気がするし・・・
その点、つっちーと浩介は平気そうに見える。

またしても俺だけ?

そんな時、今まで知盛の後ろに隠れていた女人が
ふと、不可思議な事を口にした。

「――貴方の気は『木』の『甲』ね、だから苦しいのよ。」

は?『木』って何だよ。

この疑問に答えるように、知盛が低く告げた。

「五行を知らないか・・この地は五行という属性が満ち
それを司る龍神が加護している都。」
「人は皆、五行という五つの属性を持ってるんだ。」

属性?つーか、話が見えねぇって。
それと何の関係があるんだ?

「俺の属性は『金』」

話について行けない隼人達へ、更に知盛が自分の属性を言い
将臣は『木』だと言った。
覚えんのは苦手なんだっつーの・・・。

とにかく、『木』『金』『火』『土』『水』ってのが五行。
そうゆう五行が調和して、この地を満たしてんだとか?
益々訳がわかんねぇ・・・

「だからな、オマエの『木』は知盛の『金』には弱いんだよ。」
「よえぇからそうなんのか?」

将臣の説明に、首を傾げる。
理解しようとはしてんだけど、上手く理解出来ねぇ・・。
ホラ、難しい事には慣れてねぇっつーか。

説明する将臣の方も、どう説明していいか考えてる。

「『木』は『土』に克ち『土』は『水』に克つ。
『水』は『火』に克って『火』は『金』に克つ・・・」

「相克し合って、上手くバランスが取れてんだ。」
「『木』を抑える『金』に、オマエと将臣は弱いと言う訳・・さ」
「・・分かったような、分からねぇような・・・」

知盛の嘲笑うような笑みと、説明を聞き腑に落ちないがまとめてみる。
つまり、気分が悪くなったのは属性の相性がわりぃから。

『金』に克つ『火』でもいねぇと、知盛には勝てねぇって事か。

この後、つっちーと浩介が群がり
自分達の属性を聞いていた。
この『椿姫』そっくりさんは、そうゆうのが分かるんだと。

益々俺達が知ってる『椿姫』とかけ離れんな。
女が視た処、つっちーは『金』の『庚』。
浩介の属性は『木』属性の『乙』。
駄目じゃん・・誰も知盛に勝てねぇ〜

別に勝たなきゃなんねぇ訳じゃねぇけどさ。



夕刻、将臣と拾われ者達が帰った頃。
知盛と謎の女人は、2人で一緒の褥に座っていた。

戯れで拾ってきた女だったが、今ではなくてはならない存在。
特に何にも執着しない俺を、唯一夢中にさせた女。
昼間、衣に隠されていた顔(かんばせ)が月光の下に晒されている。

「・・・どうなんだ?」
「・・何が?」

ジッと自分を捉える強い眼差し。
当時と変わらぬ、己を惹きつけてやまない。

桜色した艶やかな唇に指を這わせ、唇を少し開かせる。

この仕草が、問われた女の表情を色香漂う物に変え
その表情に知盛は誘われてやる。
夜着の袷に指を滑り込ませ、露になった肌に唇を寄せれば

艶やかな唇から、微かに吐息が漏れ
官能の世界へと知盛を誘う。

「誤魔化す・・か、あの余所者達の事だ。」


女の脳裏に、自分を『椿姫』と呼んだ青年が浮かぶ。
懐かしい呼び名だった。
この日まで全く忘れていた字。

自分を知ってる者が、此処へ現れるとは思ってなかったから。

「知盛は、昔の私を知りたい?」
「――謎かけか?オマエは、俺を試すのが好きなようだな・・・」

知りたくないと言えば、嘘になるな。
だが、今更知ったとて・・過去は過去だ。
俺の知るオマエは、今目の前にいる・・オマエだけ・・・

なあ・・そうだろう?

それだけで、十分なはずだ――