思い出
【仕事と俺、どっちが大事なん?】
何て台詞を・・・男から言われた。
普通こういう台詞って、女の人から言うじゃない?
だも私の場合は逆に彼氏から言われたのよね。
言われても当然だったんだ。
あの頃の私は仕事にばかり没頭していたから・・・
成功する事、立派に職を身に着ける事ばかり考えていたから。
今の位置に来るまで付き合っていた彼とは、半同棲生活をしていて
寝起きしたり一緒に食事したり、そんな風に生活してた。
彼との時間より、仕事へ費やす時間の方が多くなった私から
数ヶ月前に彼は出て行った。
ある日から当たり前のようにいた彼の存在がなくなり
帰宅した私を出迎えてくれる笑顔はなくなった。
ああ・・これが寂しいって事なのかな・・・失ってから気付くって本当だね。
失くした物の大切さ、心赦せる存在。
弱さを見せられる相手、家族のような温かさ・・・・
私はまた独りになった。
私が欲しかったのは何だったんだろう。
分からないまま数ヶ月。
変な物を見たり変な声を聞くようになった。
それらと共に現れた六匹の猫。
その愛らしさに私は癒された。
しかし彼等はただの猫ではなくて・・何と人間の男の子達だった。
自分の身に起きる多数の不可思議な出来事。
目まぐるしさに私は別れた彼氏の事なんか忘れるくらい翻弄されていた。
今になってふと思い出してしまったのは
人に戻った仁君の為の部屋を作るべく、空き部屋を整理していた時。
処分するのを忘れてたのか、男物の服が出てきた。
別れた彼氏が着てた部屋着。
これを着て一緒に過ごしたり、食事したりしてたなあ・・・・
思いの外落ち着いてそれを眺められてる自分。
そっか、今は独りじゃないからかもしれない。
もしこれを独りの時に見つけていたら、きっと思い出してちょっと寂しくなってたと思う。
「ニャー?」
服を出してそれを掲げたまま止まってるに
様子を見に来たのか猫の声が
伺うように鳴き、床についた膝の辺りに寄り添うのはロシアンブルー。
確か彼は・・・・・聖君だっけな。
遅いから気になって来てくれたんだろうね。
聖君の頭を撫で、安心させようと笑みを向ける。
今のには家族がいる・・独りじゃないんだ、と胸の中には安心感で満ちていた。
「大丈夫よ、ちょっと昔を思い出してただけ。仁君いるかな、呼んで貰える?」
「ニヤー・・・ニャッ」
「呼んだ?」
「あれ、もう戻ってたのね」
「んー、まあな。で、用って?」
「うん。いらない服を捨てに行くのを手伝って欲しいんだ。外には出ないから顔もバレないと思うの」
「あーね、了解」
少しを気遣うように見てから、田中は扉へと向かう。
だが呼ばれるよりも先に、赤西本人が空き部屋へと顔を出した。
顔を出した赤西に早速手伝って欲しい事を頼んだ。
芸能人だと言う事で、バレないようにマンション内のゴミだし場だと説明。
まあそうじゃなくても赤西は手伝うつもりでいた。
そして視線は出しに行くゴミとやらへ向けられる。
うん?これってまだ着れそうじゃね?
あれ・・・男物だよな?
捨てるには勿体ねぇな・・・まだ着れそうじゃん
そう思ってを見ると、黙々と男物の服を燃えるゴミの袋に詰めて行っている。
つまりは・・特に躊躇うような相手の思い出ではない服って事だよな?
けど身内のだとしたらいる物といらない物とか分けるじゃん?
目の前にいるは分ける素振りもなく、全部燃えるゴミの袋に入れてる。
「それ、全部いらねぇの?」
「うん。着る人はもういないから」
「俺らが着れそうでも?」
「これ古いし、サイズも合わないわよ」
「ふーん・・・?」
振り向かないその背中。
何気なく問えば少し服を袋に入れる手がピクッとなっただけで
その後の問いには淡々と答えて行く。
どうしてもは、その服を捨ててしまいたい感じ。
あまりしつこいのもアレだなと思い、質問はこの辺にしておいた。
もう忘れてしまってもいいと思えたのよ。
何かを察したのか問い掛けを止めた仁君に、私は黙して語りかけた。
そう思えるようになったのは貴方達と会えたからと。
全ての服を袋に入れ終え、赤西を促し一つを持って貰う。
留守番に猫達を残し、と赤西は部屋を出た。
初めて部屋の外に出た赤西、お洒落な内装に感嘆の声を漏らす。
他の部屋の扉が円になるように配置され
真ん中の辺りには吹き抜けがあり、下を覗くと階下が見えて一番下の様子が見える。
の部屋だけでなく他の部屋の扉の横には指紋承認の機械。
表札は透明の石みたいな奴に書かれ、床に建てられており後ろに倒れた部分に住人の名が。
流石デザイナーズマンション・・・・・
物珍しさに辺りを見渡し、珍しい物を見ては驚いている赤西を隣に
も楽しそうに笑みを浮かべる。
感情が正直で顔に出易いんだなーと脳内メモにメモってみた。
階を降りたりする事なく吹き抜けを通り過ぎ、真っ直ぐ伸びた通路を進む。
そのまま歩いて行くと、突き当りの壁まで来た。
見る限りゴミ箱とか収集場所はない。
不思議そうな顔をしてると、が壁にあるボタンを押した。
「うおっ」
「ゴミはこのダストに入れるのよ、燃えるゴミは赤で燃えないゴミは青。生ゴミは黒。」
「すっげぇーー・・入れた奴は何処かに出んの?」
「そうなの、直接ゴミの収集所に繋がってて収集車もいらないし環境にいいでしょ?」
「便利だなー」
「生ゴミは此処に入れると専用の場所に集められて腐葉土になるし、燃えるゴミも燃えないゴミもリサイクルされたり電力に変えられたりしてこのマンションに戻ってくるのよ」
「いいなそれ!何か最新鋭って感じじゃね?!」
子供みたいな素直な感想。はしゃぐ様が少年みたいで新鮮だ。
「仁君達もいつまで此処にいる事になるか分からないけど、覚えといてね(笑)」
「・・・・・まあ少なくとも暫く世話になっかもな」
「だったら暫く賑やかだね」
「ん、だからよ・・何かあったら言えよな。世話になるからには力になるし」
「―――有り難う」
少し何か見透かされたような気がして、声が震えそうになった。
誤魔化すようにちょっとだけ詰まった声で感謝。
暫くがいつまでなのか分からないけど・・・
ひょんな事で知り合った芸能人の彼等
その彼等と過ごす賑やかな日々、二度と味わえないであろうこの出会いには
も知らない深い繋がりが隠されていた。