おひさま



他愛のない会話からそれは始まった。
平和な紅葉村で営む食事処”ぽんぽこりん”

生活スペースである居間で僕達は休日の午後を過ごしていた。
隣には息子の綴、綴の左奥には元気な女の子 ちゃん。
これから話す出来事はそのちゃんの一言から始まった。

「ねぇねぇ吟さん」
「うん?何かなちゃん」

お絵かきをする綴を見守る僕に、同じく見守っていたちゃんが声を掛けた。
視線を向けるとワクワクしたような様子を見せ
一瞬だけ綴を見てから僕に聞いてきた。

「ずっと気になってたんだけど・・その、つーくんはあやかしなのかなーって」

ああ 成る程、その質問か。
ちゃんが紅葉村に来てからもう半年の月日が流れ
今まで彼女から聞かれなかった故に今日まで過ごして来たね。

まあ気になるの物なのかも。
今まで聞かなかったのは彼女なりに遠慮していたのかもしれない。

「綴は完全なあやかしではないんだ、人間である真冬の血も流れているからね」
「へえー・・それってつまり『あやかしと人間のハーフ』って事?」
「うん、そうなるね」
「やっぱりそうだったんだね」
「あんまり驚かないんだ?」
「ん〜・・・そんな気はしてたし、でも つーくんがどんな子であれ、つーくんはつーくんだもん」

そう言えば出生について確かに詳しく話してなかったかな。
真冬との子供とは話したけど、半妖とまでは説明してなかったんだ。
そんな風に僕が振り返る横でちゃんは綴は綴だ、と微笑んでくれてる。

初めてこの村に来た頃からは想像もしなかった眩しい笑顔だ。
ちゃんが笑顔を見せてくれた時・・嬉しかったな。
つい昨日の事みたいに鮮明に覚えてるよ。

「ハーフって事はやっぱ狐さんのあやかしかな?」
「そうだね」

小さな手で懸命に絵を描く綴に笑いかけながらちゃんが口にした言葉。
その言葉が僕自身がずっと抱いていた感情を引き出すきっかけになった。
それはずっと前、綴が真冬のお腹に宿った時から抱き続けてた物だ。

「きっと綺麗な子狐ちゃんなんだろうね〜」
「・・・・僕は正直、綴には人として生まれさせてあげたかった って思うんだ」
「そう、なんですか?」
「うん」

どうして今ちゃんに話そうと思ったのかは分からない。
気が付けば今まで押し殺していた多くの気持ちと共に吐露してしまっていた。

「半妖とはいえ、あやかしの血も流れてる訳だから 普通の人間よりは長寿だと思う。
恐らく500年以上はね、それだけ長寿って事は同じくらい孤独にしてしまうんじゃないかって
僕ももう千年以上生きてるけど、この村に落ち着くまでは幾つもの土地に住んだし
何千何万の人と出会っては別れてを繰り返して来た。」

特に妖狐というのは長寿だ、一定の年齢に達すればそれ以降容姿は変わる事がない。
何れ綴の周りの人間達も気付いてしまう。
綴が全く年を取らない事に・・若いままだという事に。

「あやかしは人間と同じにはなれない・・だからこの先もし綴に大切な子や友達が出来た時
綴は僕と同じ苦しみや悲しみを体験する、成長して大人になって老いて行くのに自分だけはそのままなんだ
あやかしの血が流れているって事は親しい人や大切な人の死を見なくちゃならない。
僕は、真冬の残してくれた子に そんな思いをさせたくなかった。」

人と共に生きて行けない事に綴が傷つくのは目に見えてる。
それが僕自身ずっと胸に秘めていた感情だ。

「パパ・・僕、あやかしで生まれて来たら駄目だったの?僕があやかしだとパパ困る・・・?」
「!綴、そんな事ないよ?パパもママも綴が生まれて来てくれて凄く嬉しかったんだ」

お絵かきの手を止めて自分へ目を伏せながら言った綴。
綴を挟んで会話していた事を失念した自分に呆れる。
それから僕の話を黙って聞いていたちゃんもやがて口を開いた。

「それは違うよ吟さん」
「違うって、何故そう思う?」

「つーくんを生んだのは真冬さんの想いだったんじゃないかなって」
「真冬の・・・?」

「うん、ホラ私や真冬さんは人間だからどうしても吟さん達より先にいなくなっちゃうでしょ?
真冬さんがいなくなった時、吟さんは独りぼっちになってしまう。
だから残される吟さんを思ってつーくんを生んだんじゃないかな
真冬さん自身の代わりに、吟さんとこの村での日々を綴って行けるようにって。
だってさ・・自分が好きになった人には、いつも笑ってて欲しいし幸せでいて欲しいじゃない?
私も、きっとそうすると思うしさ。」

少し照れ臭そうに話すちゃんに、真冬の姿が重なって見えた。
忘れていた記憶が唐突に蘇ったのもこの瞬間。

どうして今まで忘れていたんだろう。
綴を授かった幸せな瞬間だったというのに。



・・・・・

・・・



『ほら吟、元気な男の子だって。貴方に似てきっと綺麗な子になるわよ』

一気に蘇った記憶が病室で微笑む真冬を見せた。
今まさに出産を終えたばかりの真冬が、病室に来た僕に産着に包まれた綴を見せる。
彼女の言葉通り生まれた子は僕の血を色濃く継いでる事が明白だった。

色素の薄い銀髪に、少しだけ垣間見える金色の目。
誇らしげな真冬と違い、僕は少しだけショックだった。
この子に、自分と同じような辛い道を歩かせてしまう事が。
だからだろうか、折角の君の言葉をこの時の僕はちゃんと聞いてあげてなかった。

『本当だ 僕にそっくりだね』
『・・吟、私はこの子を生む事が出来て良かったと思ってるのよ?』

少しショックを受けた僕に気付いたのか、穏やかな口調で話し始めた真冬。

『僕と真冬の宝物だものね』
『うん、本当に・・・この子を貴方に残せてよかった』
『え・・?』
『私はいつかいなくなっちゃうけど、この子なら貴方の傍で私より長く居てあげられるじゃない?それが嬉しいの。』
『真冬・・・』
『だから吟 貴方がそんな顔する必要なんてないの、それに』

こんなにも僕達の事を想ってくれてた君の言葉を、今まで忘れていたなんて。
僕は真冬のパートナー失格だな。

・・・・・

・・・




「吟さん・・?」

どのくらい過去に意識を向けていただろう、左の方から遠慮がちに僕を呼ぶちゃんの声が聞こえた。
閉じていた目を開けば、病室ではなくぽんぽこりんの奥に在る自宅の居間が視界に映る。
声の方を見る先には、真冬と生まれたばかりの綴、ではなく
真冬の想いを託されて大きく成長する綴と、スミさんの大切なお孫さん、ちゃんが僕を見ていた。

「有り難うちゃん」
「へっ?」
「君のお陰で真冬が籠めてくれた大切な想いを受け取る事が出来たよ」

正確には真冬が綴に託した未来への願いを。
何れは独り残される僕へ、そんな僕を想った真冬がくれた贈り物・・それが綴だったんだね。

ただ生まれてきただけじゃない、綴は真冬の想いの結晶だ。
僕はこんなにも真冬に想って貰っていたんだね。
真冬が残してくれた想いは、ちゃんの言葉のお陰で僕へと届いた。

「私はお礼を言われるような事はしてないですって、でも良かった。」

満足そうに笑うちゃん。
大事な事を思い出させてくれたちゃんは言う、僕が好きだった真冬と同じ顔で。
あの日小さなちゃんが初めて僕に見せてくれた、あのお日様のような笑顔と一緒に。

「―――もう吟さんも寂しくないね」
『これでもう吟も寂しくないでしょ?』
「――っ・・」

陽だまりの様でお日様みたいな温かな笑顔。
それと一緒にちゃんの言葉と重ねるように真冬の言葉が聞こえた気がして
温かな笑顔は僕の心に残ってた靄(もや)を解かすには十分で
瞬間胸が熱くなって、温かな物が溢れて流れるのに時間は掛からなかった。

溢れた涙は僕の頬を濡らし、雨粒のように降り注ぐ。

有り難う真冬、僕は君に出逢って本当に幸せだ。
これから君の願いの通り、綴と一緒にこの村での日々を綴って行こうと思う。

楽しかった事も悲しかった事も、嬉しい事も何もかも全部。
いつか僕の長い生涯が終わってそっちに行ったら、今まで綴ってきた事を君に話したいから。



――吟 私、貴方に出逢えて幸せよ?
  貴方と出逢って恋をして、綴に会う事も出来たんですもの――



fin



仕事中、何となく綴君の事を考えたんですよ。
そう言えば彼も狐のあやかしなんだよな〜・・て事は同じように長い時を生きて行くんだよね?
って事は吟さんは真冬さんはいなくなってしまったけど綴君がいるんだね。まで考えた時に
”それならもう吟さんも寂しくないね!”って台詞が出て来たんですよ脳内に。其処からその台詞に至るまでの流れを妄想し
浮んだその台詞を言わせたいばかりに午後の仕事中ずっと練ってました(笑)
忘れないように脳内で文を読む感じで繰り返し叩き込み、帰宅してから急いで覚えてるままに書きました。
台詞から思いついた短編となりましたが如何だったでしょう・・・文才が無いので感じるものはないかもしれません(笑)