流転 二十一章Ψ呪いの種Ψ



朝の大塚村、その外れにある寺から
信乃と一緒に、顔を洗いに来た

やっと見つけた井戸で顔を洗い、戻ろうとした時だ。

顔を目深く被った布で隠した占い師の女が
を呼び止めた、悪い相が出てるから見て差し上げますわ・と。
その悪い相が、他の仲間に影響を与えては困ると思ったから

嫌な気もしたが、見てもらう為に女に近づいた
女に近づいた瞬間、ある疑問が湧き上がった。

何処かで、この女に会った事があるんじゃないか。という疑問。
それに、女は俺の本来の姿を言い当てている。

極めつけは、俺の悪い相の意味。


「里見の姫を殺したのは、そなたなのじゃ。」


なん・・だって・・・?
笑みを浮かべた顔で、平然と告げた女。

俺はその言葉が信じられなくて、我が耳を疑い
それから女に掴みかかった。

「俺が姫を、姉上を殺しただと!?寝言は休み休み言え!」

胸倉を掴み上げ、グッと自分の顔に近づけるようにして怒鳴っても
女の顔は笑みが形作られている。
それが余計に癇に障った。

「俺は全て見ていたんだ、玉梓という女が怨霊になって現れ
姉上に呪いを掛け、追いかけて来た大輔殿に射掛けさせたのを!」

「ほお?それは偽りでございます、真実は・・そなたが大輔とやらから弓を奪い妾に矢を向けたのじゃ」

妾・・・?

興奮して怒鳴ってる時、占い師の女の発した言葉に再び耳を疑った。
今この占い師は、玉梓という女の事を自分だと称しなかったか?
姉上に犬の子を孕ませ、消えたのではなかったのか?

「混乱しておるのか?可哀相に・・だがこれが真実じゃ。」

言葉も出ないを、楽しげに見つめて笑い
椅子から立ち上がると、そっとの頬に触れ首筋を噛む。

呆然としていたも、首筋の痛みに我に返り
寄り添うようにしている女を突き飛ばす。
怨霊だと思っていた玉梓に、ちゃんと実態があり触れる事に更に驚く。

「くっくっくっ・・・苦しむがよい、これはほんの挨拶じゃ。」
「おのれ・・っ!!」

自分の動揺ぶりを、嘲笑うように喉の奥で笑っている玉梓。
軽率だった行動に腹が立ち、同時に玉梓の卑怯さにも腹が立ち刀の柄に手を添えたのだが。
不吉な言葉を残して、玉梓の姿は消えてしまった。

玉梓に噛まれた首筋が痛む。
これが代償か?
何故此処にいる事と、俺の事が分かった?

悪い相ってゆうのは、その事だったのか?

「俺が・・・姉上を?あの姉上を?」

玉梓が去ってからも、あの言葉が心のシコリのように残る。
じゃあ自分が見ていたあの景色は?

俺が射掛けたなら、どうして俺の姿がなかったんだ?
何が真実なのかわからねぇよ・・・・。

「兎に角、もどらねぇと」

足が重い・・・

頭が重い・・・

優しい姉を、俺が殺した。

理由は?だとしたら、何故姉上は俺に御子達を頼んだんだ?


を置いて、先に戻った信乃。
戻ってみると3人も起きて、自分を待っていた。
昨日の残りなのか、(どっから持ってきたのか)鍋で煮込んでいる。

2人の方へ行きながら、首に下げた手拭いを置く。
手拭いを置いて、腰を下ろした信乃に現八が問いかけた。

「信乃、はどうした?」

朝起きたら、信乃とがいなかった。
顔でも洗いに行ったのだろう、思っていたら信乃が手拭いを持って戻って来た。
それで顔を洗いに行ってたと分かったが、の姿が見当たらない。

姿が見えないと分かると、途端に現八の心が不安に揺らいだ。
は、感情が不安定だ。

そのくせ、疑う心を知らない真っ白な心をしている。
しかも、ワシ等は手配された身。
もし何かあったら・・・

「手拭いが落ちてしまったから、洗って戻ると思うんだが・・・」
「何故置いて来た?」
「え?」
は感情が作られておらん、まだ不安定で人を疑う事もせん。」

現八のピリピリした空気に、その場の誰しもが気づいた。
あの冷静な現八が、初めて怒りをハッキリ示した。

驚いて信乃も、それ以上言葉が出て来ない。
同時に、現八の言う意味が今更ながらに理解出来た。
戻り際誰かに呼び止められてたを。

「現八・・」
「探してくる」

黙り込んでしまった信乃を見てから、駆け出す現八。
それを座ったばかりの信乃も、追いかけるべく駆け出した時。
突然前を走る現八の足が止まった。

何故止まったのか、後ろから覗き込むと
前からフラフラした足取りに、呆然とした歩みで来るを見つけた。

の無事を確認し、朝餉の支度をしていた荘助も小文吾も駆けつける。
顔を覗きこみ、歩みの怪しいの両腕を掴んで止める現八。

「おい、?何かあったのか?」

ショックが強くて、自分がどう戻ったのか分からないが
突然腕を握られ、自分を呼ぶ声にハッと自我を取り戻す。
を呼んだのは現八で、あの端正な顔が覗き込むように見てる。

俺・・現八達の所に戻れたんだ・・・。
まだ虚ろな目で後ろを見れば、心配そうな顔をして見てる信乃達。

「いや・・何もない、まだ眠くて。」
、置いて行ったりして悪かった。」
「気にするな、こうして帰って来れたんだし。」

がハッとした所で、先ず信乃が置き去りにした事を謝罪。
現八が不思議と焦ったような顔なのが気になったが、最初信乃に答える。

別にあれは自然な流れだったから、謝るような事じゃない。
寧ろ、謝りたいのは俺の方だ。
あの言葉が事実なら、俺は皆の傍にいるべきじゃない。

「本当に何もなかったんじゃな?」
「あ、ああ。」

皆が安堵して戻って行くのを見送ってから、声を掛けた現八。
顔がリアルに近い、心の奥の動揺を見られないよう
目を見ないようにして頷く。

でも、この素振りが 現八には何かあったと悟らせる行動に映った。


それはさて置き、安房を目指すべく朝餉を食べ
人通りが少ないうちに、達は大塚村を発った。

村を発っても、玉梓が植えつけた小さな呪いの種は
芽吹き、これからしばらく俺を苦しめる物になった。

そう・・・この日以来、ずっと悪夢に苦しめられている。
長旅、しかも慣れない馬での移動。
寝不足はいけないし、旅での体調不良は足手まとい。

夢の中では、玉梓の言葉通り・・
あの場面が繰り返されていた。
あの場面というのは、姉が亡くなる所。

自分が見ていたのは姉に矢が刺さるトコ、誰が射掛けたのかうろ覚え。
誰が射掛けたのかさえ見ていれば、抗えただろうに・・・

自分の心の隙間が、付けいれられた原因。


あの日から、の様子がおかしい。
朝はいつも寝不足じゃ・・危なっかしくて後ろから前へ乗せた。

何かあったと思うんじゃが、はそれを話さない。
何とも頑固じゃのう・・。
気にしない訳に行かなくなってしまったから、気に掛けていたが。

「おはよう、皆・・・あぁ・・っ」
「おい・・!!」

大塚村を出て、常陸国の川を超え
上総国へ入ったすぐの所で、野営をした朝。
案の定、寝不足顔で起きて来た

目が合うか否かの時、木の根には足を取られ
何とも頼りない声を上げ、前屈みにバランスを崩した。
躓いたのを見た現八は、慌てての方へと駆け出す。

より広い足幅で駆け、土に倒れるより早く
体でを受け止めた。

よろけたの体は、自分より広い胸に優しく抱きとめられれば
ふわりと現八の清潔な香りに包まれる。


いつからだろう、この温もりに安心感を感じ始めたのは。

そんなの気持ちも、玉梓の呪いの種は感じさせる隙間を失くす。