人魚姫 7



木手さんは、私が・・入院してるって言ってた。
ぼんやりとテニスコートを眺めながら自問。

いや、自問と言うよりは・・・混乱した自分自身を落ち着かせようとしてた。
そんな事、予想外の真相すぎる。
確かに1年生として入学した以降の記憶が曖昧だ。

覚えてたのは平古場さんに会いたかった事だけ・・・・

どうしてそんなに会いたかったんだろう。
どうして・・会えた時に私は泣いてしまったのか・・

木手さんの目に、あんなに怯えたのか。
気付かれてしまう?なんて、どうして思ったんだろう。
私の中の何かがそう感じた?

意識不明で入院中・・・・
此処にいる私は、何なんだろうね・・


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「で?勿論説明してくれますよね、甲斐君。」

その後、立ち去るタイミングを逸した甲斐は
怖いくらいに微笑んだ木手に責め寄られていた。
滲み出る雰囲気が、部長の私に説明するのは道理でしょう?と物語っている。

まあ今更誤魔化せる自信はない。
それに、とのやり取りをして木手が何か察知したのは確かだ。
展開が粗方読めているだろうに、わざわざ聞いて来るのはタチが悪い。

それでもこの場が逃れられる訳ではない。
甲斐は観念する他なかった。

「分かったさー・・」

そう呟いてから話し始めた内容を聞き、先ず分かったのは
は自分達より年上だった事。
それで納得しましたよ・・・だからあの制服だったのですね。

「海で漂流・・ですか」
「凛が気付いたんばーよ、あんなに慌てた凛は初めて見たさー」

ほほう・・・あの平古場君がねぇ・・・・・
普段の彼からは想像し難い姿ですが、成る程ね。
彼女がああも彼に拘るのは理由があるんでしょう・・。

解せない事も多いですがね・・・・

「となるとやはり彼女の信念のような物が、彼女に肉体を与えたんでしょうかね」
「・・・・肉体?」
「簡単な事ですよ、彼女はまだ意識不明ですが亡くなっては居ない。」
「ああ」
「そして彼女は二年前の事故で現在入院中・・・、にも関わらず甲斐君達の前に現われた。」
「・・だから?」
「分かりませんか?」

確信を得たような木手を見て相槌を入れた わん。
でも聞いてるこっちにはサッパリ分からない。

首を傾げながら眉を寄せてるわんに気付いた木手が
確認するように聞いてきた、素直に分からんといった顔を向けると
あからさまに呆れて溜息を吐くと、結論だけをわんに告げた。

「つまり、彼女は今も生死の境を彷徨っていると言う事です」
「あー木手、やっぱしよく分からんさー・・・」
「(溜息)甲斐君、生死の境を彷徨っている人の事をなんと言いますか」
「・・・入院してる訳だから・・・・幽体離脱?」
「まあそれの状態なんでしょうが、彼女には肉体を持つ者と変わらず触れました」
「確かに触れたさー・・凛が背負えたしな。」

そう、肉体を与えたと言うのはそういう事だ。
自身は忘れてしまっているが、彼女は二年前の事故で意識不明になり
現在入院中なのにも関わらず、自分達の前で海を漂流していた事になる。

しかも、自分の足で歩いて此処に来た。
木手にも全身を使って止めようとする事も出来てた。

そうまでしては凛に会いに来た・・・?
まるで自分が消えてしまうかのような言葉を口にしたのも合点が行く。
何となく感じていたのかもしれない、自分があやふやな存在だと言う事が・・・・

「なあ木手」
「何ですか甲斐君」
・・・目、覚めるのか?」
「・・・・残念ながらYesとは言い切れませんよ、俺は医者ではありませんからね」

だよなー・・・・
自分でも分からないうちに木手にそう問うていた。

意識不明ってさ、この先目覚める保障がある訳じゃないさー・・
もし、万が一って事になったら・・・
木手に聞いても分からないってのに、聞いてしまった事を少しわんは悔いた。


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ボォーッとテニスコートを眺めていた
ふと視界の端に金色を捉え、慌てて立ち上がった。

そう言えば甲斐の姿もない事に今更気付く。
突然いなくなってしまった自分を、二人は探していたと予想がついた。

「平古場君!」

だから急いで駆け寄った。
謝りたくて近づいた平古場の顔を見て、はビクリとした。

駆け寄って見た平古場の顔に、最初の頃の笑顔はない。
今平古場の顔に浮かんでるのは疑心。
あの現場を見られたと知らないは戸惑うしかなかった。

一方で凛は、消化し切れないモヤモヤを持て余していた。
そんな所にモヤモヤの本(もと)になったが現われてしまった訳である。

それにいざ本人を目にすると、木手との光景が出て来てしまい
まともに視線を合わす事すら出来ずにいた。

「いきなりいなくなったりしてごめんなさい、少し違う所も見てみたくなったの」

そうは話すが、実際彼女を捜し歩いた凛はそれが嘘だと分かっている。
正直に木手の所に行った事を話してくれないに凛はイラついた。

どうして隠すのか、どうして隠そうとするのか分からなくてイラつく。
がきちんと話してくれたら、凛も其処まで突き放したりはしなかっただろう。
しかし言葉と言うのは頭で理解するより先に飛び出してしまう物だ。

そして人は後悔する。
言葉の刃で他人を傷つけてしまった事を。

「嘘つかんけ!」
「え・・?」
「わんは、嘘つく奴は嫌いさー」
「嘘じゃないよ、本当に――」
「ちゅーや(今日)は他のとぅくるんかい泊まれ、わんはもう知らん」
「平古場く―――」

一度口から飛び出した言葉は止まらず
ハッと気付いた凛だが、今更取り消す事もせずに
シャツを掴んでいたの手を振り払い、テニスコートを去った。

残されたのは呆然としたのみ。
突然ぶつけられた凛の怒り、それが分からなくて体が動かなかった。
必死に言葉を続けようとする事も、引き止める事すら赦してもらえないまま。

その悔しさは頬を伝う涙となって表れる。
嵐のような言葉のやり取りの中で分かったのは、凛に拒絶された事だけ。

もうあの笑顔は見られない。
私がそれを奪ってしまったんだ。
他でもない、私が。



何よりも好きな彼の笑顔を―――