人魚姫 3



ゆらゆら揺れる波間を漂い、光り輝く空を見上げる。
人魚姫は、陸に憧れ魔女に薬を貰い
人間の姿になって陸に降り立ち、人間の王子と恋をする。

私は人魚姫のように叶う事のない願いを抱いた。
帰る前にもう一度逢いたいと・・・・
此方へは戻れない世界へと旅立つ前に。

人魚姫の話も悲劇、私の願いもその先に光はない。
それでも逢いたかった、私の名前も知らないあの人に。


「なあ、凛」
ぬうが何だよ裕次郎」
「この子、泣いてるさぁー」
「え?」

衰弱していて、ずっと眠ったままの少女。
裕次郎と2人で傍についていたら、漫画を戻そうとして少女の涙に気づいた裕次郎に呼ばれる。

まさかと思ったが、覗き見た少女の頬には一筋の涙が。
眠りながら泣いている。

魘されてるんだろうか?
悪い夢でも見てるんだろうか。

「何かあったんかな、この子。」

枕元に腕を乗せ、その甲に顎を乗せた裕次郎が呟く。
つーか、やーの距離・・・近いんばよ。

何かあったんかな、その疑問に凛は答えを返さなかった。
どんな事情があるかなんて分からない。
軽はずみな言葉で表したくなかったというか、表せなかった。

「わんちょっとトイレ」
「場所知ってるよな?」

短い沈黙の後、徐に立ち上がった裕次郎。
顔だけ向けて聞けば、当たり前と笑い裕次郎は部屋を出て行った。

まあ・・中学入って部活で仲良くなってからの付き合いだから
互いの家の構図も知り尽くしている。
所謂、クサイ仲って感じやっしー。

裕次郎が立ち去り、静かになった部屋。
いても静かだったけど、今聞こえるのは風が草木を揺らす音と
風に揺られて葉が擦れる音だけ。

ベッドの向かいにある椅子に座り、窓枠に肘を乗せる。
長い睫毛が影を作り、白く透けるような肌。

寝息のような息は、それだけで甘い花の香りでもしそうな程。
何でこんなに白いんだろうな・・でーじマジ細いし。

肩まで伸ばしている黒髪が、外から入って来る風で枕の上を泳ぐ。

でーじちゅらさんやっしーマジ綺麗じゃん

思わず口から出てしまった言葉。
凛が今まで見た女の子より、儚く見えた。

なんかこう・・目を放したら消えてしまいそうな・・・・
あんしわんすごくオレらしくない事言っちまったぜ。

1人照れ、少女から目線を外し外を眺める。
凛が外へ目を向けたのと入れ違いに、少女に微かな変化が。
意識は、ゆっくりと浮上を始めていた。

誰かが話す声が聞こえる。
冷たい海から救い上げてくれた手。
微かだけど、私を呼ぶ声がした。

それはどれも私が逢いたかった人の物。
でもまさか・・本当に?

不安が過ぎった、目を開けたら何も変わっていなかったら?
暗い海のままだったら??でも・・・叶っているならこの眼で見たい。

ゆっくり開いた目、最初に見えたのはキラキラと輝く金。
太陽と見間違えるほど、ちゅらさんで参った。
しんけん本当、逢えるなんて願ってたけど叶うなんて。

「・・・・平古場君?」

もしかしたら夢かもしれないと疑って、恐々と名前を呼んでみた。
キラキラと輝く金の髪を、風に靡かせて窓辺に座る様はしんけんカッコよくてちゅらさんだったから。

一方ボォーッと外を眺めていた凛は、細々と消えそうな声に呼ばれた事に一瞬気づかなかった。
女の子はまだ目覚めそうにないと思ってたのもある、一番の理由は名前を知られてると思ってもいなかったってのが大きい。

名前とか声とか、でーじ聞きたいと思ってた本人に先に名前を呼ばれるとは。
しかも視線を向けた少女の目には、大粒の涙が。

「やー・・何でわんの名前・・・てゆうか、何で泣いてるんば?」
「だって同じ学校だったから・・・」
「ちゅんにか!?でも違うクラス?」
「しんけんばよ、私1年だけしか通ってないから。」
「1年だけ?休学中とかか?」

涙の理由は聞けなかった、その代わりに驚いたのはわんと同じ学校って事。
同じ学校なら、何処かで会ってるか擦れ違ってるはず。
けど・・・1年だけしか通ってないって?

中退とは言えなかったから、休学って言っておいた凛。
それが何で海に?まさか・・・・自殺??
それこそ信じられなくて、頭に浮かんだ可能性を否定。

同じ学校って事は、比嘉中って事だよな?
そうだとしたら・・・・何か引っ掛かってるんだけど、それが何かが思い出せない。

凛が考え込み、間が空いたタイミングで階段を駆け上って来る音が。
タンタンタンとリズムよく上がって来た張本人。

「りーん!おばさんにマンゴーもらっ・・・!?」
「おーまあこっち座れ」
「あ、ああ」

元気よくドアを開け放って入って来た裕次郎、ベッドの上で上半身を起こしている少女と目が合い
物の見事に固まった、その固まった裕次郎を手招き中に入るよう言う。

招かれた裕次郎は、ふらふらーっとした足取りでドアを閉め
凛の隣りに座る。取り敢えずマンゴー置けよ。

自分を見て固まってしまった裕次郎と呼ばれた少年を見て
よく平古場君と一緒にいる人だ、と心の中で思う。

「所で・・・やーの名前は?わんの名前は知ってるみたいやし」
「ぬうが凛の名前知ってるんば?」
「だから、同じ学校に通ってたって言ってるのに・・」

ずっと考えてても埒があかない、そう思って少女に名前を問えば
少女は再度念を押すように同じ学校だと言い張った。

勿論それを聞いた裕次郎が強く反応。

「ちゅんにか?これだけちゅらさんなら忘れないはずなんだけど」
「にふぇーでーびる、甲斐君もカッコイイよ。だからよく覚えてる。」

でもやはり、わんと同じで記憶に残ってない裕次郎。
わったーに分からなくても、永四郎とかなら詳しそうあんにじゃん
わんの事も裕次郎の事もくんひゃーコイツは知ってるのに、わったーはくんひゃーの事を何も知らなかった。

何処で彼女はわったーを見たんば?
1年から同じ学校に通っていたなら、何処かで見かけてるはずなのに。
わんは照れる裕次郎と、笑顔の彼女を見つめた。

その瞳の奥の、微かな寂しさには気づかずに。


ΨΨΨΨΨΨ


あれからマンゴーを食べ、彼女が学校へ行ってみたいと言ったのでわったーはもう一度学校へ行く羽目となった。
サボッた学校にまた行くってのも、変な感じさぁー。

うちなーの風に、アカバナの香りを感じながら海岸沿いを歩く。
彼女を見つけた場所、どうしてか眺めたくなって此処を通る道を選んでた。

「いい香りだね、懐かしい。」
「年中香ってるからな・・・懐かしいって、何でば?」
「しんけんば、何でだろう・・そう確か私がいる所はこの香りが届かないのかも。」
「やー・・うちなーにいるんじゃないのかよ」
「うーん・・・ごめん、よく分からない。」

何かのショックで覚えてないだけなんだろうか?
少女は自分が言ってる事すら、どうして言ったのかなどの訳を分かってない。
記憶喪失ってやつさぁー?

このうちなーは、一年中が温暖気候。
やまとうんちゅーの連中は『ハイビスカス』って呼んでる花、アカバナが咲き乱れ
独特の香りが年中香ってる所、比嘉中に通ってるなら住んでるのはうちなーのはず。

でも彼女は『懐かしい』と言った。
今通ってなくて、本島にでも入院とかしているから懐かしいのか疑問は尽きない。

「なぁ凛」
「ぬうが?」
「あにひゃー、記憶喪失なのかな」

さらさらとした黒髪を潮風に靡かせる少女を、疑問の篭った目で見ていると
わんの隣りを歩いていた裕次郎が不意に聞いて来た。

くんひゃーもわんと同じ事を思ったらしい。
けど記憶喪失で片づけるのも腑に落ちない。

「わんもよくわからねぇ、取り敢えず永四郎にでも聞いてみるさぁー」
「だな・・ってゆうか、やーの名前教えろよっ」
「私?私は だよ、ちゃんと覚えていてね」
「当たり前やっしー!」

2人でボソボソ話した後、同意してから裕次郎が少女に名前を聞く。
本来ならわんが聞きたかったんだけど、今は彼女――の言った言葉が頭に引っ掛かってその役を裕次郎に譲った。

『ちゃんと覚えていてね』

この言葉に含まれた意味、それをわんも裕次郎も知る芳もなかった。
人魚姫は泡になって消える・・