人魚姫 2



わんと裕次郎は、海で大きな拾い物をした。
拾い物っつったらわじられ怒られるんばよ。

つまり言うと、漂流してた女の子を助けた。
死んでいても不思議はない体温の低さ。
助けてみて驚いた、生きていた事に。

サボった身で病院に駆け込めず、母親にわじられるのを覚悟して裕次郎共々自分の家へ走ってる最中。

走る度に落ちる滴、額から流れた海水が口に入って塩辛い。
走るうちにわんの服は乾いてくる、ただ、少女を背負った背中はまだ濡れたまま。

意識は浮き沈みしているらしく、時々魘されている。
顔を左に向ければ、すぐ其処に少女の横顔が。
情けない事に、わんはその顔が見られなかった。

体が冷え切ってる以前に、色白な素肌。
長い睫毛、その睫毛が落とす影が妙に自分をドキドキさせる。
今はそんな事より、一刻も早く温めてやらないとだ。

海から20分、濡れた体に流れる海水。
それが汗に変わる頃、わんと裕次郎は家に到着。

休む間もなく門を入って玄関へ。
ガラッと音がしたのを聞きつけた母親が、驚いた顔をして出てくる。

「アンタ達学校は!?それにその子はどうしたんだい」
「早く終わった、その帰りに裕次郎と見つけたんばよ布団!」
「は?早く終わったって、その子顔が真っ青じゃないか!?」
「だからはよ布団用意しろって言ってるやっしーじゃん!!」

話の進まないおかんに苛々し、言い方が悪くなる。
母親も、息子の気迫に押されて布団を用意しに走って行った。

それを見送って、凛も家に上がる。
裕次郎を振り向いた凛の顔は、テニスの試合並みに真剣だった。

試合以外で見たのは初めてでつい見入ってしまう。

ぬうがやー何だよ、裕次郎も上がれよ。」
「あ、ああ・・じゃあ上がらせて貰うさぁー」

少女は変わらず青白い顔のまま、ぐったりと凛に寄り掛かっている。
本当に大丈夫なのか、気掛かりだった。

しばらく待ってると凛の母親が戻って来て、客間へ来るように言う。
あそこの部屋には裕次郎も寝泊りをした事が何度かある。
よく知念も永四郎も、慧君も来て泊まった事がある部屋。

凛は母親に頷き、少女を背負って客間へ急ぐ。
海水で汚れた体は、凛の母親が風呂へ入れる事で話が済んだ。
わったーは2人が上がるまで、自室で待つ事に。

「あー海水でベタベタするさぁー」
しくたやぁしー仕方ないだろ、我慢するさぁー」
「にしても、やーがこんなに行動力があるとはな」
「行動力?」
「あの子、可愛かったからか?」
ふらぁバカな事言うな、わんだって必死だったんばよ」
「目、覚ますといいな」
「・・・・ああ」

母親に手渡されたタオルで簡単に髪を拭きながら、裕次郎と会話。
もう海水も、汗と混ざって塩になってタオルに付着。

あの子の事が気掛かりで、全く気にしてなかった。
だから隣りで裕次郎が不満垂れてる。

可愛かったから助けたんじゃない。
気づいたら体が動いてただけの事。
不順な動機を挙げた裕次郎を睨む。

そんなんじゃないって言えば、裕次郎は柔らかく笑って小さく呟いた。
わんオレも早くあの子と話してみたい。

どんな風に話すんだろう、どんな風に笑うんだろう。
どんな声をしてるんだろう・・・とそんな事ばかり考えてしまっていた。


凛に少女を任された母親。
風呂場に連れて来させた少女の制服を脱がし、肌を洗い流す作業を始めようとしてふと気づいた。

「この制服・・もしかして・・・でも、今更これを着てるなんて」

凛と裕次郎は見た事がなかったが、母親には見覚えがある制服だったが
この時は、そんなに深く考えなかった。

この母親の不思議に思った事が、後の展開に大きく関わろうとしていた。



◇◇◇



やっと母親がわったーを呼びに来て、裕次郎と風呂場に向かった。
部屋まで呼びに来た母親の顔が、少し不思議そうだったのが気になったが
其処まで意識が行かなかった。

今のわんの頭は、少女の安否でいっぱいだったから。
海水と汗と塩まみれの体を綺麗に洗い、ベタつく髪も洗ってサッパリした姿で風呂から上がる。
髪もろくに乾かさないまま、わったー俺達は客間へ走った。

目が覚めていないかもしれないが、気になって仕方がなかったから。
裕次郎には不順な動機だって睨んだが、確かに助けた少女はとてもちゅらさんキレイで美少女だった。

「さっぱりしたかい?」
「おばさんにふぇーでーびる有り難うあんしすごくサッパリしたさぁー」
「そりゃあ良かった、裕次郎君久しぶりだねぇ」
「挨拶が遅れたさぁー、いきなりでごめんねおばさん。」

客間に顔を出したわったーに、振り向いた母親が質問してきて
少女が気掛かりな凛の代わりに裕次郎が、その質問に答えてる。

母親の隣りに並び立ち、膝を曲げて屈んで少女を見つめた。
顔色は少し良くなってるようだが、遠慮がちに伸ばして触れた手はまだひんやりしている。
元々体温が低いのか、それとも体が冷えているからなのか・・

助けたのが遅かったからだったら?

「大丈夫、まだ体温は低いけれど 血行はもどってるばよ。」
「・・・しんけん本当かだば?」

若干自分を責めるような心境になった時、すぐさま母親の言葉が掛かる。
親とは、何とも子を理解しているようだ。
絶妙なタイミング、自分達より多くの月日を生き知識も豊富な母親の言葉に少し心も軽くなる。

この言葉に、わんと裕次郎は顔を見合わせてホッと一息。
あれからずっと気掛かりだっただけに、安堵も大きい。
和やかな雰囲気の中、凛の母親は言いよどんでいた。

制服の事を2人に話すべきかを。
単に前の制服を着ていただけかもしれない。

その可能性はある、だが何だろう・・・・
まだ何かが引っ掛かって、スッキリしないのは。

母親の変化に気づいていた凛だったが、今はそれより気になる事がありそっちを優先。
目覚めて欲しい、声を聞かせて欲しい。
名前は何て言うんだろう・・・・知りたい。

君の事が――