人魚姫



綺麗な沖縄の空を、私は見上げていた。
家族で遊びに来た海。
でも私1人だった。

1人で空を見上げていた、海の中で。

ゆらゆら揺れる海に抱かれ、空を・・空だけを見つめる。
まるで、その先の世界に憧れるかのように。

私はきっともう、此処から出られない。
体が動かないし頭がボォーッとする。

暗く深い海の其処へ、私は還らなければならない。
でももし、時間があるならば・・・・

もう一度だけでいい・・彼に逢いたい――


◇◇◇


夏の暑い太陽が照り続ける中、学校をサボった少年が2人
沖縄の海岸を歩いている。

1人は、太陽の光を弾く程目映い金の髪。
もう1人は、帽子を被った茶髪の少年。

もう少しで出逢おうとしていた。
彼らの心に強く残る事となる人物との出逢いが。
1人の少年にとっては、運命さえも変えるような・・・・

わったーはダルイ学校をサボり、気ままに海岸を歩いていた。
こんなクソ暑い日に、ジッと座って授業なんか受けられるかって感じで
意気投合した裕次郎とブラブラ歩いてる。

部活までに戻れば永四郎も文句は言わないだろ(多分)。
そんな軽い気持ちで、途中の自販機でジュースを買って堤防に登る。

その時、チラッとだけ何かが視界に入った。
青い海と地平線、それから青しかない海に明らかに違う物。
鮮やかな朱――

ぬうやんばどうしたんだ?凛」

堤防に登ったまま、足を止めた凛を帽子を被った少年 裕次郎が見る。
尋ねても、凛はすぐに反応しない。

見かねた裕次郎も凛の所まで戻って、同じ方向を見てみる。
先ず見えたのは、いつも通りの静かな海と地平線。
別に何も変わった所なんて・・・うん?

「裕次郎!アレ人だ!!」
ぢゅんにかマジか!?」

わんも裕次郎も疑問が一致した。
鮮やかな朱は、真っ青な海にある色。
それはどう見ても、人だった。

慌てて堤防から砂浜に飛び降り、その人物へと走る。
近づくにつれ、辛うじて顔が沈んでおらず
海水を飲んで溺れてる風はないと見て取れた。

白い磁器のような肌、華奢な手足。
朱色は時折見える上着のブレザーだった。
閉じた瞳の睫毛は長く、見るからに美少女。

迷う事なく靴を脱ぎ捨て鞄も放り投げて海の中に入る。
サバサバと海水を掻き分け、懸命に波に逆らって進む。

駆け寄った裕次郎も、一瞬彼女の容姿に見惚れてしまった。
それからハッと気づいて、海に入って行った凛を追うように靴を脱ぐ。
あんなに向こう見ずな凛は、初めて見たさぁーと内心思う。

一方凛自身も、何で此処まで一生懸命になってるのかを不思議に思っていた。
いや、でもこんな現場に鉢合わせたら誰だってそうするやっしー。
と理由つけて自分を納得させる。

海水が胸まで浸かる頃、海面を辛うじて顔を浮かせた上体の少女へ辿り着いた。
細い体を腕を引いて引き寄せ、そのまま抱きかかえる。

「おい!生きてるんだったら返事しろ!!」

近くに来た少女の体を、波に攫われないよう支えながら頬を軽く叩く。
夏とはいえ、何時から漂流してたのか分からない長時間 海水に浸かっていたのなら危険。

焦って少し強く叩いてみる。
すると、耳を近づけなければ聞き取れないくらいの
小さな声が少女から発せられた。

ハッキリしない意識、これ以上体を冷やしたら危険やっしー。

「凛!その子息あるのか?」
あんし凄く微かだけどな、早くあがらねぇと・・・」

後から遅れて入って来た裕次郎に、息はあるが危険な事に変わりはないと伝える。
それを聞いた裕次郎、すぐさま頷いて戻り始める。
凛も少女を抱えて、海から浜を目指して戻り始めた。

見た事のない制服を着ている事に、戻りながら気づく。
朱色のブレザーに、緑と深緑のチェックのスカート。
うちなーの何処の学校の制服でもない。

もしかして、本土の人間か?
そうだとしても、何で海ん中に??

どのくらいから漂流してたんだ?
唇は紫色だし、顔に赤みもない。
手足は氷のように冷え切っていて、低体温症になりかかってる。

「取り敢えず温めねぇと!」

浜辺に上がると、先に上がっていた裕次郎が部活で使うタオルを持って
凛の方へ戻り、少女へ掛けてやってる。

そんなのわんにだってわかとぉさぁー分かってる
此処で突っ立っていても、何にもならない。
病院を捜すのが一番なんだろうが、自分達は学校をサボってる最中。

ただの中学生が、見ず知らずの他人を病院へ担ぎ込むのはどうかと思う。
だからと言って一刻を争う時だってのは重々承知してる。
迷って考えた末導き出した答え。

「幾ら夏でも、このままなのはマズイさぁー」
「ああ、けど此処から病院ってかなり距離あるぜ?」
「なぁ裕次郎、こっから一番近いのは?」
「あい?こっから一番近いのは?・・・・・って本気さぁ?」

「本気さぁー!行くぜ!!」

もうあれこれ考えてる場合じゃなかった。
裕次郎に、鞄からテニス部のジャージ取り出させ羽根のように軽い少女に羽織らせ
前のチャックを閉め、抱えた体制からおぶさりに変えてダッシュ。

わんが閃いたのは自分ち、其処しか思いつかなかった。
裕次郎は驚いたみたいだったが、迷ってる暇はないと凛の後に続いた。

掛けたジャージが飛ばないようわんとの間に挟ませる。
見事な行動力で、凛は軽いフットワークで走り始めた。
意識のない女の子を背負って。


続く