夏祭り



「へーくさによ(早くしろよ)、もう祭り始まってるぞー」
「もうちょっとだから待ってて」
「いなぐ(女)の支度は長いさー・・・・」

今日は近所にあるお寺の境内で盆踊りが開かれる。
私もにいにも今からその盆踊りに行く所だ。

愉しみにしてた日だから、浴衣を着付けてもらってる。
にいにはさっさと甚平を着せてもらい、自分だけ先に玄関で待ってるのだ。
自分がもう着たからって先に行こうとするなんて、と膨れる私。

帯を締めて貰うと急いで玄関へ。
其処には待ち草臥れた様子の兄、裕次郎の姿。

「やっと来たか、よしいちゅんど(行くぞ)」

駆けて来た私に気付いた兄は、視線だけで促すと下駄を突っ掛けた私を視界に収める前に駆け出す。
少しぐらい待って欲しいが、はしゃぐ兄にそれは届かず
歩き難い下駄をカラコロと鳴らしながら、夜道を急いだ。

夜空を眺めながら祭りの会場に向かう。
盆踊り会場だけど、夏祭りみたいなものだ。

兄に置いて行かれたけれど、涼やかな夏の夜空を眺めてるうちに気にならなくなった。
遅れて祭り会場に着くと、既に出店で食べ物を買っている兄を発見。
自分を置いて行ったくせに早々と食べ物買ってるとはっ

けしからんと文句でも言いに行こうとして気付いた。
隣に誰かが居る・・・・しかも金髪の・・・
まさか、にいに、絡まれてる?(

「にいにっ」

思わず叫ぶようにして兄を呼び、駆け足で走り寄って
加勢する形で二人の間に立った。

「おー・・・って、ぬうが?」
「?」
「にいに、喧嘩なら私も加勢するっ」
「「は??」」

そしたら爆笑されました←
え?え?何で??

キョトンとした私の前で、軽快に笑い転げる兄と金髪の人。
目尻に残った涙を指で拭いながら兄はこう口を開いた。

「ふらぁ、コイツは平古場 凛。わんのクラスメイトで、どぅし(友達)さー」
「・・・・・・えっ!!?」
「やーはうむっさん(面白い)やっしー」
「ごっ、ごめんなさい!!お詫びにヤキソバでも奢ります!」
「えー?(おい)」

恥ずかしい!しかもなんて失礼な事を〜〜
恥ずかしくてその場に居るのがいたたまれなくなって、私は出店へ。

取り敢えず目に入ったヤキソバの店の列に並ぶ。
凄く失礼だったなあ私・・・見掛けだけで悪い人だとか疑ってしまった・・
1パック280円くらいのヤキソバなんかで赦してもらえるか分からないけど・・・・

こういうのは先ず気持ちよね!
そう意気込んでから首に下げていたがま口を開ける。

現われたお金を数えて・・・・・
100円玉が、1枚2枚・・
その先を私は数える事が出来なかった。

スッと大きな手が視界に現れ、開かれたがま口を覆うように置かれ
私がその手に気付いて顔をあげるより先にその手の主は列に並ぶと
店主に向かってヤキソバのパックを二つ注文してしまった。

「あ、あの・・・?」

お金を支払い、此方へ戻って来たのは
悪い人だと勘違いしてしまったにいにの友達。

さらっと綺麗な髪の毛を靡かせ、私の前に来る。
改めてその人の顔を目にした。

瞬間、呼吸すら忘れてしまうくらいに見惚れてしまった。

目鼻立ちはスーッとして整っていて、すらりとした手足は長く
背中まである長い髪が似合う、とてもカッコイイ人だったから。

にいにが凛、と呼んでいたその人は
私に向かって買ったばかりのヤキソバのパックを向けた。
細長い指に目が行って、一瞬理解が追い付かない私の手をそっと掴んで上を向かせた手の平にパックを乗せる。

触れられて伝わるその人の体温にドキッと胸が脈打つ。
何でだろう?と思いつつ受け取らせられたヤキソバ。

「あ、でも、私が失礼な事言ったから・・・代金払います――」
「いらない。」
「・・・・あー・・・そう、ですよね」
「そうじゃねーらんどー(そうじゃないよ)、別に怒ってねーんから。驕ってもらう理由がないだけさー。」
「うーん・・でも私の気が済まないので、ちょっとあげます」
「あい?別にいいって・・・」
「間違ったのは確かだし、失礼な事を言ったお詫びくらいさせて下さい」
「やーは結構頑固やっさー」

これではお詫びの意味がない、とがま口を開けようとしたらバッサリ切られた(
早とちりして落ち込む私に気付いた凛さんが歩き出しながら浮かんだ言葉を否定。
視線はそっぽを向いていたけど、その照れ隠しした顔が見えてしまい

買って貰ったヤキソバのパックを開けて、凛さんの持ってるヤキソバの上に盛り付けてあげた。
尚も断ろうとする凛さんに強気で切り返すと、流石に折れたのか大人しくヤキソバを盛らせてくれた。
パッと見はクールそうな人の、意外にも押しに弱い姿が垣間見えて何故か嬉しくなる。

何だろう、もっと色んな顔が見てみたいと感じた。

少しばかり山盛りになったヤキソバを、隣に立ったまま食べ始めた凛さん。
その合間に視線だけで兄を探す。

「裕次郎ならあっちで永四郎達と一緒さー」

視線を漂わせてると、横から凛に悟られた。
自分が誰を探してるのか分かったらしい。

それはそれで何とも緊張する・・・・
初めて会ったのに胸の辺がモヤモヤするし・・
凛さんはにいに達の所に行かなくてもいいのかな・・・?

「えっと・・凛さんは戻らなくてもいいんですか?」
「別に平気ばーよ、やーを追いかけたのもわんの意思だし。ちゅい(一人)でいてるより安心やっさー」

・・・ん?
今物凄く気になる言葉があったような?

チラッと見てみると、ヤキソバは半分まで減っている。
流石男の子、食べるのも速いなあ・・・・

感心しつつ見ている事に気付いたのか、凛は此方を振り向く。
食べないん?と視線で問われ、顔が赤くなりそうになった。
見られないように前を向いて割り箸を割る。

少し隣の凛さんが笑う声が聞こえた。
耳に心地いいその声、思わず食べる手も止まって
夜風に吹かれて立つ居心地のいい空気に、背中を押されるように・・・

「あの、アドレス・・教えて下さい」

って勢いで何聞いてるのさ私ーーーーー!!!!
無意識に口から出た言葉に自分で焦ってると

少し笑いの混じった彼の声が聞こえた。


「いいよ?わんのでいいなら」


照れたような口調、その視線が合わさった時
じんわりと胸が熱くなった。

私達の夏は、まだ始まったばかり―――