名もなき物語
今日は大晦日。
家族が揃い、共に食卓を囲んで
年越し蕎麦を食べる。
除夜の鐘が鳴るまでの間
他愛ない会話をしながら時を過ごす。
そんなのは
ただの・・・
夢だ。
年の瀬の町中を、10歳の妹を連れてあたしは走っていた。
家路に急いでるんじゃない
寧ろ逆で、家から何処かへ逃げる為に。
周りは大晦日で、家族の待つ家に帰る人たちで溢れている。
誰しもが、凄く幸せそうに見えた。
擦れ違う人達それぞれに、それぞれの人生や事情がある。
あたし達のような環境の人達は、ほんの一握りだろう。
ただ、ただ幸せになりたいだけなのに。
何故天は、あたし達にこんな試練を与えたんだろう。
「おねーちゃん・・お腹空いた・・・」
「・・・ごめんね・・・寒いよね」
「うん・・寒いね・・お空から何か降ってきたよ」
手をつないでいた幼い妹が、可哀想にお腹の空腹を訴えて来た。
それも当然だよね・・
普通なら、暖かい家の中で団欒しているはずなのに
無邪気な妹は、空から降ってきた物に気を取られている。
それは、―雪―だった。
行き交う人たちは一斉に傘を開き、恋人同士や家族、友達、サラリーマン。
様々な人達と擦れ違った。
寒いけど皆、幸せそうに見えた。
傘も持たずに飛び出して来たあたし達姉妹は
身を寄せ合って、寒さをしのぐしか出来なかった。
けど其処へ、人の気配が現れ
次の瞬間には、身につもる雪が何かに遮られた。
妹もあたしも、不思議に思って伏せていた顔を上げると・・・・
「何やってんの、アンタら。」
「小さな子連れてこんな日に外にいたら凍死すっぞ?」
目の前には、お世辞にも普通の高校生には見えない二人の青年。
黒髪に白いメッシュの入った人が傘を差し出し
茶髪の人は訝しげに尋ねてくる。
当然の疑問を向けられても、すぐには答えを返せなかった。
それよりも、彼等の風貌にあたしは緊張して・・・
ぐぅううう?・・・
沈黙の中、あたしの腕の中にいた妹のお腹の虫が鳴った。
一斉に視線が妹へ向けられる。
「何だお前、腹減ってんのかよ」
白メッシュのきつそうな青年が妹に尋ねる。
無邪気な妹は、素直に首を縦に振った。
「す、すみません!大丈夫ですからっ」
「おねーちゃんお腹空いたよー・・」
「「・・・・・・」」
こんな怖そうな人達に関わったらどうなるか怖くて
咄嗟にあたしは二人の青年に頭を下げていた。
下げた頭の上から、二人の視線が突き刺さる。
どんなに惨めでも・・あたしは妹を守らなくちゃだから。
けれど、次に掛けられた言葉は全くの予想外だった。
「おい大和、お前何か持ってねぇのかよ」
「は?廉こそ何かねぇのかよ」
「はぁ?つーか鞄ん中とか探せよ」
「お前こそ探せ」
驚いて顔を上げた目の前で、悪そうに見える二人の青年は
互いに鞄を漁りつつ、文句を言い合っている。
どのくらい探していただろうか、どちらともなく何かを見つけた顔をすると
白メッシュの、廉と呼ばれた子に手を強く掴まれ
驚いているあたしの手の上に、二人が同時にパンとポッキーを乗せた。
「・・・・これ・・」
「これしか残ってなかったけど、食えよ」
「少しは腹の足しになるだろ?」
「お兄ちゃん達ありがとう!!」
戸惑うあたしに、申し訳なさそうに廉と言う子が言い
続いて大和と呼ばれた子も付け足す。
そして妹は、本当に嬉しそうに二人に微笑んだ。
「おう!いいって事よ!早く家帰るんだぞ?」
「風邪引かないようにな」
「うん!」
「あ、あの!!」
照れ臭そうに妹へ廉君が言い、大和君も妹の頭を撫でて優しく言う。
そうして見ていると、どうにも悪そうには見えなくてつい立ち上がり二人を呼びとめた。
立ち去ろうとした二人があたしを見やる。
その視線の中、あたしは精一杯の笑顔で
二人の青年にお礼を言って、頭を下げた。
些細な優しさで、こんなにも心が温かくなって生きる希望が湧いたから。
「別に礼なんかいいよ、妹さんの為にやったんだし」
「アンタも早く家帰れ」
はい!と答えれば、廉君が戻って来てあたしの手に傘の柄を握らせる。
「此処で凍死でもされたら困るんだよ」
「・・・・有り難う」
ほんの少し触れた指。
ほっこりと心が温かくなった。
でもこれは、ほんの始まりでしかなかった。