あの女の涙が、頭にずっと残る。
見ず知らずの女。
たった数分前に会った女。

それだけの事のはずが、俺自身を悩ませて心の中に入ってくる。
あの女の顔と涙がチラついて離れねぇ。
こんなのは俺なんかじゃねぇだろ・・・・

三蔵はあれからずっと一人悶々としていた。
初めて会うはずのの涙を見て、その泣き顔と涙が脳裏から離れずに苦悩する。

そのどれもが初めてで、そんな自分を三蔵は認められずにいた。
一方気を失い、崩れ落ちたは八戒が抱き留めてジープになった白竜の車体に乗せられている。

意識のない体を支えて乗っているのは、悟浄。
しかしその顔にいつもの笑みはない。
どうしてか三蔵だけでなく、他のメンバーまでもがの涙と泣き顔に魅せられていた。

の流した涙は余りにも綺麗で、四人の心に深く残った。



「さて・・これからどうしたものですかね」
「何がだ」
「ですから、この方達の手当を何処でするかですよ」
「確かにな〜・・・・俺達が目指してた町も妖怪に滅ぼされちまったし」
「あーー!!!」
「うわっ、何だよバカ猿!いきなりでけぇ声出すな!!」
「だって町がなくなったって事は・・飯も食えねぇって事じゃんか!!!!」
「はぁ!?んな事ぁどうだっていいだろ!!」
「どうでもよくねぇよ!!俺ずっと腹減ってて今だって腹減って死んじまいそうなんだぞこのエロ河童!!」
「何だとこのクソ猿!!!テメェが餓死しようが俺には関係ねぇんだよ!!」
「あのぅ・・・二人とも?」

止めたジープの車内で、立ち寄ろうとしていた町が滅びたのを目の当たりにし
これからの行き先を考えあぐねていた八戒。
その言葉に同意した悟浄だったが、途中に割り込んだ悟空の大声に驚き

空腹に耐えかねた悟空との言い争いへと発展していく。
しかも悟浄の膝には、気を失ったがいて
悟空との間には同じく怪我で気を失っている男性の姿がある。

怪我人を間に挟んでの口論に、八戒だけが冷や冷やして後ろを振り向く。
その口論を助手席で黙って聞いていた三蔵も、やがては苛立ち

スパーンと景気よく乾いた音が森に響き、いつもの罵声がすぐさま木霊した。

「怪我人の前で見苦しいんだよてめぇら!!そんなに腹が減るなら死ね、死ねば腹も減らんだろ!!」
「「ハイ大人しくしてます」」
「分かりゃいいんだよ」
「三蔵?」

S&Wを二人に突き付けると、席を立ち八戒が不思議に思い声をかけるが
三蔵はそんな声や視線を無視し、悟浄が抱えていたを無造作に腕に抱えると
口をあんぐりと開けた悟浄と悟空に見られながら、助手席に戻った。

流石にその行動には八戒も目を見開く。
を腕に抱え、席に座り直した三蔵自身も
己自身の行動に驚いてはいた。

何故こんな事をしてるのか、頭の中は混乱しそうだった。



□□□



『お前と遊ぶのは今夜が最後だ』
『忙しくなるの?また会える?』
『・・・・さあな、いつか逢える日の為にこれを預けておく』

金色の眩しい人は陽炎のような記憶の中で静かに告げた。
どうして会っていたのかは分からない・・

黒と白の人もいて、常に四人だったような気もする。
また会えるのかを聞いた私を見て、金色の眩しい人は・・・

とても悲しげな、少し淋しいようなそんな顔をして
私に・・・首飾りのような物を・・・・・・
貰ったのは分かる、けどその時の記憶が曖昧になってしまった。

三人の懐かしい影達とどう言う経緯で会ったのか
どうして会えたのか、どうして懐かしいのかとか
眠る私は考えもまとまらず、過去の記憶の中を何も出来ずに歩くだけだった。

「・・・・余程の出来事があったんでしょうかね」
「・・・・・さぁな」

気を失ったまま、眼下の女は泣いていた。
呟くような声で覇気もなく、感情も伺わせない声音で八戒に答える。
それが精一杯だった。

ズキン・・と傷口が疼くように胸が痛む。
不思議とこの女が泣くのを見ていたくなかった。

無意識に動く指が、流れるの涙を拭う。
その動きを八戒は意外そうに見つめた。

その時だ、指が頬に微かに触れた事で意識が覚醒したのか
閉じられていた空の色をした瞳が、涙に濡れた憂いと艶めかしさと共に開かれる。
それを間近で見た三蔵は、一瞬強く胸が跳ねた。

バカな・・何故動揺している?
さっきの事といい、どうかしているな・・・

「気がつかれましたか?」
「(取り敢えず頷く)」
「・・・・声はどうした、出ないのか?」
「・・・・――!?」

ああやっぱりまた泣いて目が覚めたのか、と思って目を開けてみて心臓が口から出そうになった。
しかもすぐ近くから低い声で問うてきたのは滅多に見れない美丈夫。

近い!!涙なんて吹き飛ぶくらいに近い!!!!
しかも何故か私はその美丈夫の膝の上に座らされている。
何で何で?なにがどうなってるの?

一方三蔵達は、目を開けた処までは良かったのだが
問い掛けに答える事なく、目を見開いた謎の女性は音が聞こえるんじゃないと言うくらいに顔を赤くし

慌てて何度か頷いた。
その様子に先程までの艶めかさや、惹きつける何かは感じられない。
そのギャップに悟浄は口元に笑みが浮かぶ。

しかしその一方ではかなり動揺していた。
折角質問されても、声が出なくなっていた自分ではこの状況の説明もお礼も言えない。
それに聞きたい事もきけない・・・・この人達に、あんな姿を見られたかと思うと・・

急に萎れた花のように、美しい顔を曇らせた女。
声が出ないのではこの先に町があるかないかとか、名前とか諸々の質問が出来ない。

どうしたものかと五人全員が黙った処で、は買い物メモがあった事を思い出し
メモに書かれた物を買う度に印を付けるべく持ってきたペンがある事を思い出す。
三蔵の膝の上に乗せられたまま、モゾモゾ動いてメモとペンを探す。

抱えている方の三蔵は、何故か突然モゾモゾ動き出したのせいで
触れ合う箇所の布が擦れ合い、何とも微妙な気持になって困った。

そんな三蔵を知ってか知らずか、十分にモゾモゾして目的の物を取り出した
自分の名前と、声が出なくなった理由を書いて三蔵と八戒に見せる。

見せられたメモを覗き見た八戒と三蔵。
名前は 
声が出なくなってしまったのは、妖怪に襲われた事などのショックからだと書かれていた。

先ず思ったのは、兎に角変わった名前だなと言う事。
一番変わってると思ったのは、やはりの容姿だった。
空を映したような瞳と、透明感のある湖のような水色の髪。

そして白魚のような肌と、人を惹き付けるその整った顔。
そのどれもが、このと言う人物を惹きつけて止まない者にしている。

「そうだったんですか・・・ではさん、さっきの町の他に集落はありませんか?」
「俺ら腹ぺこでさー」
「そりゃてめぇだけだろうが」
「(三蔵一行の会話に、思わず笑う)」
「「「「!?」」」」

花も恥じらう程の笑顔が其処に咲き乱れた。
自分の笑顔に四人が見惚れているとも知らず、は笑顔で次の言葉をメモ用紙の裏に書く
すぐ西に東封と言う町がある事、自分は其処の宿屋で働いている事も。

その瞬間悟空は嬉しそうに歓声を上げ
残る面々も安心したような反応を見せた。

「これで貴女方の手当ても出来ますね」

そうに微笑んだ八戒、優しい彼の言葉には心からお辞儀して感謝を表した。
に町の方角を聞いた八戒が、すぐさまジープのエンジンをかけ
東封へと向かう事になった。

ジープに揺られながら、血に濡れた己の服や手を見て
思い出したくない過去達を記憶の森に閉じ込める。
そんな自分を、三蔵と八戒に見られていた事など全く気づかなかった。

汚く汚れた体。
生暖かい血・・・・
その中に立って、命を絶った自分。

かつてそんな渦中にいたけれど、自分の手で命を摘み取るのは初めてだ。
武器を持っていたのに生々しい感触がすぐにでも思い出される。
そんな事をした自分が怖かった。

そう思う感覚すら何れはなくなって行き
殺す事に慣れて行ってしまいそうな現実を恐れた。