流転 十二章Ψ涙Ψ



小文吾の目の前にいたのは、あの手配之書に描かれていた本人。
似顔絵の通りに、左頬に変わった痣がある。
その男の抱えていた奴も、似顔絵通りの男だった。

聞くまででもなく、手配されてる本人だな・・

一方現八は、助けられたのは感謝だが
自分を前にして、顔色を変えた事で何か察した。

手配の手が回ってるのかと、現八は思い
突き出されるのも覚悟した。
大の男と小僧とはいえ、男2人をたった一人で持ち上げた怪力。

太刀打ち出来たとしても、直ぐに決着がついてしまいそうだ。


まあそうなったとして、負ける気はしておらんがな。

「突き出すなら勝手にしろ、勿論ただで掴まる気はないがの。」
「・・・・いや、それよりそっちの方の手当てが先だ。」

開き直るでも、ヤケになるでもなく落ち着いた痣のある男。
だが、見た時から小文吾は 突き出すのではなく
連れて帰るつもりでいた。

痣の男の脇で、気を失っている男を指し
そのまま背中に背負うと、先を促した。
大男の言葉に、少し驚いた現八だったがならばと同行。

こうして2人は、行徳で宿を営む男の家に行く事となった。


その頃と大輔、川が合流する地点へ着き
辺りを見渡して、現八の姿を探す。

しかし、人が流れてくるのは見えない。
いや・・流れて来られても、心臓に悪いが・・・
こっち側じゃなかったのかなぁ・・・会えなかったらどうしよう。

「大丈夫、必ず見つかりますよ」

不安の色でも出ていたのか、落ち着いた声で大輔がそう言う。
としては、感情を理解して表に出しているのではなく
理解しなくても、勝手に出てきている。

多くの人間らしい感情を知らない
素直に知っている感情を表に出す。
それが危ういが、何か惹きつける物を持っている。

「うん・・きっとまた会えるよな・・・」
「そうですよ、先ずは信じる事が大切なのです。」

大輔の励ましに、首を縦に動かした
それから2人は宿場町にも足を伸ばした。

じきに夕方になる頃、体力が少なく女なは疲れを感じ始めた。

明らかに歩く速度が遅れて来たに気づき
大輔は、歩きながら店の暖簾を見 旅籠を探しながらを導くようにして歩いた。

数々の旅籠で、満員だと断られ
行徳で最後になる旅籠に着く頃には、すっかり日も傾いていた。
此処を断られれば、行徳を出なくてはならない。

歳を重ねた自分の足も、そろそろ限界を感じ始めた時
最後の旅籠へ辿り着いた。

カラカラッと乾いた音を立てて、入り口の障子を開ける。
中は満員ではないらしく、そんなに人の気配はない。
人数を表す履物の数は、四足。

余り人が沢山いるより、少ない方が落ち着いて休めそうだ。
そう大輔は考え、店の奥へ向かって声を掛ける。

「お尋ねしますが、今晩の宿を頼めませんか。」

声を掛けてから数分、パタパタと廊下を走る音が聞こえると
奥の方から、可愛らしい女の子が現れた。
達の姿を見つけると、ペコとお辞儀してから言う。


「ようこそ、お客さんは二名様ですね?今日は空いてますからどうぞ此方です。」
「有り難うございます、参りましょうか殿。」

沢山歩いたせいで疲れていた俺は、大輔へ力なく頷いて見せた。
そんな俺の様子を、宿屋の女の子が心配そうに見ている。
余り心配をかけないように、は微笑んでみせた。

するとどうした事か、女の子の頬が赤く染まる。
うん?と視線をその子へ留めれば、慌てて視線を逸らし
部屋を案内する為に、大輔の前を歩いた。

・・・・作り笑顔って気づいたのかな。

照れるとかゆう気持ち(感情)が分からない
そんな的外れな回答を頭に導き出してみる。

まあ兎に角、最後の旅籠で漸く休める所が見つかった。
この調子のまま、現八が見つかればいいのに。


ぬいが客を出迎えに行った頃、意識のある現八は自分の武器の手入れをしていた。
囲炉裏の傍には、自分と勝負していた相手。
あれだけ強いのに、泳ぎは滅法駄目なようだ。

飲んだ水は、胸を押すなど背中を叩くなどして吐かせた。
だから犬塚の心配はしていない。
寧ろ気になってるのは、家に置いて来たの方だ。

自分と同じ痣を持ち、玉の事も知っていて
曰く付きの名刀を持った奴。

全身打撲の怪我で、無理矢理動き 自分で背中の傷を診ようとしたり
頑なだと見えて、潔く非礼を認めてしまう所もあり
しかし、あの脱ぎっぷりには驚かされたな。

育ちのいい坊ちゃんかとも思ったが、それだけではない何かがある。
無表情にも見えてても、いきなり隙だらけの不安顔を見せる。

突き放すに突き放せなくて、世話までしてしまった。
から目を逸らさせる為とはいえ、代わりに赴けば牢に入れられ
挙句の果てには牢破りの罪人か。

「ん・・・・」

武器の手入れをしながら、置いて来てしまった者の事を思っていると
犬塚が目を覚ましたのか、小さく漏れた声に気づいた。

其方を見れば、いつの間にか大男の妹御が戻っており
犬塚の額に濡れ手拭いを置いた所、奴が目を覚ましたようじゃった。
ハッと目を開けるとすぐに、起き上がり痛んだ左腕を押さえた。

其処はこの武器でワシが押さえつけた所。
そのおかげで見つけたのだがな。

「無理なさらないで下さい。」
「・・・此処は?」
「行徳だ、ワシは此処で宿を営んでる。」

目を覚ました犬塚に、奥から出て来た小文吾が先ず名乗った。
小文吾の傍には、さっき大輔達を出迎えたぬいがいる。

小文吾の言葉に、行徳?と言ったまま考え込んだ犬塚。
それから思い出したように続けて、言う。

「あの男は?」

それが自分の事だと分かった現八は、手入れの動きを止める事なく
犬塚の洩らした言葉に返事を返した。
ワシの事か?と。

すぐさま返って来た言葉に、ハッと振り向く犬塚。
もしかして、オマエが俺を・・?と投げられた問いに
犬塚に視線を向けないまま、言ってやった。

「オマエ、泳げねぇのか?剣の腕も随分と荒っぽい・・まるで縄の切れた小猿のようじゃった。
あの程度で戌氏公の刺客とはな」

「何だと・・・っ」

刺客と信じて疑わない男(現八)の態度に
声を荒上げた犬塚、乱闘になる前に小文吾が割って入り止める。

「俺は刺客ではない、戌氏公に仕官する為に大塚から出て来たのだ」

小文吾の手を制し、刺客でないと話すと
男の反応は、自分を驚かせる回答だった。

「仕官所か、立派な罪人じゃな。」
「――え?」

訝しげに眉を顰めれば、スッと小文吾が一枚の紙を見せた。
すると其処には、手配之書と書かれていて
しっかりと自分の似顔絵と、目の前の男の似顔絵が描かれていた。

これには、犬塚も言葉を失うしかない。
まさかこれ程にも疑われてしまうとは・・・。

「ワシまでな、まあいい おかげで牢から出れた。」
「話はこちらさんから聞いた、ワシは犬田小文吾。
こっちは妹のぬい、アンタ等を代官所へ訴え出るつもりはない。」

落ち着かせた犬塚に、小文吾と名乗った男は言って聞かせた。
この男の氏も『犬』が付く、随分と犬繋がりが続くな。
小文吾の話を聞きながら、そんな事を思ってみる現八。

匿ってくれる小文吾達、宿屋に迷惑が掛かるのでは?と
心配する目線を向けた犬塚に、更に小文吾は言った。
客も旅の坊さんと、付き人の青年だけだしなと。

「古河の戌氏公に何の恩もない、それに、ワシにもこれがある」
「・・・・・え?」

男の言った言葉に、犬塚が更に目を見開いた時
現八は此方に近づく足音を聞き取った。
視線を犬塚へ送り、顎をしゃくって事を知らせる。

誰か来る、それが皆に伝わり
誰もが口を噤んだ時、障子の向こうから一声の声。

「あの・・すみません。」

聞こえた声に、ぬいが答えようとするより先に
自分が反応していた。
この声は、家に置いて来たはずのではないか・・・?

僅かな現八の反応に、信乃も彼を気にした。
それはそれで、ぬいが何事もなく障子を開けると
一番現八が気掛かりだった者の姿が現れた。

「何か飲み物を頂けませんか・・・!?」
か?」

ぬいを捉えていた視線が、他の人間の気配に気づいて
見渡すように動いた中に、は見つけた。

向こうも気づいたらしくあの声で呼ばれた。
ずっと気掛かりで、探し回っていた本人の声。
もう、逢えないのかとさえ思っていただけに

再び名前を呼んでもらえて、胸がじわっと温かくなって
頬を冷たい雫が伝わり落ちた。

「――現八?本当に、現八なのか?」

この感情を、何て呼んだらいい?

本当に、胸がいっぱいになったんだ。
言葉では言い尽くせないくらいに、溢れた名も知らぬ感情。

ああ・・また逢えて良かった。

優しい声と、俺を包み込んでしまうような温かい物を持った現八に。