流転 二十二章Ψ夢魔Ψ



常陸国を抜け、上総国へ入った日の朝。
寝不足で頭がボォーッとしたまま起きた

案の定躓いて、地面へ顔面からダイブ。
倒れてくのも遠くの方で分かってた。
けど、どうでもよかった。

これで目が覚めてくれるなら、と。

待ち受ける痛みは、目を閉じて待っても来なかった。

その代わり、とても安心する匂いに包まれた。
何度か同じように触れた感触と温もり。

この匂いと温もりは、不思議と俺の心を落ち着かせてくれる。
心地いい鼓動の音、厚い胸板・・・。

「朝から地面に突撃か?足元に注意して歩け」

微睡んだ意識が、自分を受け止めた者の声で覚醒する。
声の主は、命の恩人でもあり
大切な姉上の御子の1人でもある、現八だ。

何かいつも迷惑掛けてる気がして来たな・・・・
迷惑ってゆうか、世話掛けてるってゆうか・・。

「わりぃ、次からは気をつけるよ。」
「お主・・・やっぱり何かあったんじゃないのか?」
「え?んな事ねぇよ、ただの寝不足だって。」
「・・・そうゆう事にしといてやる」

ボォーッとした顔で受け止められたまま考え込んでると
疑い深い、いや・・勘の鋭い現八に不審げに問われた。
勿論ボロが出ないように誤魔化す。

今度は目を逸らさずに答えた。
それが効いたのか、怪しむ目はしていたが引き下がってくれた。

あの女の言葉を信じた訳じゃないが、気になってしまう。
真実を確かめたい・・確かめたとして、それがどんな結果でも。
もし玉梓の言葉通りなら?皆はどう自分を見るだろう。

嫌われてしまうのは嫌だ・・・


「此処から安房へなら、半日くらいで着けるだろう。」
「よし、そうと決まれば出発だな。」

地図を見て口を開いたのは信乃、張り切って出発を告げたのは小文吾。
荘助と現八は無言で頷き、立ち上がる。
無言でも、表情は引き締まっていた。

皆の話だけに耳を傾け、心此処に在らず状態の
呪いの種が芽吹き始めてる。
確実に、心の中に根を張ろうとしていた。

「行くぞ、。」
「あ、ああ」

これから向かうのは、全ての始まりの地・安房。
皆少なからずも気を引き締めているようだ。
先に跨った現八が、馬上から手を差し出す。

その手に自分の手を重ね、グイッと引き上げられながら
言い知れぬ不安と、は戦っていた。

玉梓の呪いが息づく安房へ行ったら、自分は大丈夫なのか。
心を保っていられるのか、実の父と顔を合わせられるか・・・
挙げればきりがないくらいに。

それにしても・・眠い。
意識が闇へと引きずられるようだ。

寝ては駄目だ、眠ればまた嫌な夢を見てしまう。
見たくもない夢を・・・―――


?眠いのか?」

必死に意識を保とうとするの耳に、後ろから低音が問いかける。
頷いて赦されてしまえば、俺は闇に落ちる。

もう見たくない、見たくないんだ・・・!!

閉じようとする瞼に対し、目を瞬かせたり、見開いたりして抵抗。
問いかけに頷きたくなくて、首だけ振って眠くないと言う。
どんな事をしても、意識が薄らぐのを止められない。

「眠いなら寝ておけ、寄り掛かれば落ちんじゃろ」
「寝たくない・・寝たくないのに・・・・」

船を漕ぎそうなの肩を引いて、自分に寄り掛からせる。
けどは、寝たくない・・と繰り返した。
それが聞こえた為、問い返そうと声を掛けたがは眠っていた。

何故そんなにも抗うのか、生理現象だし普通だろうにのぉ・・

眠ってしまったを後ろからしっかり支え、手綱を引く。
眠気と戦っていたの右手は、現八の着物を握り締めていた。


暗い暗い闇。

耳が痛い程の静寂。

そんな所に、俺は立っていた。
眠ってしまったようだな・・・抵抗しても無駄だった訳か。

此処は夢の中なのか?
何の気配もしないし、何も見聞き出来ない。
見たくないと願ったから、何も出て来ないのかも?

暗闇を進む事しばし、前方の方が明るくなってきた。
夢なのに、出口とかあるのか?

そう思って、その闇を抜けた――


「何だこれは・・」

闇を抜けた途端、自然と飛び出した言葉。
光の下に出たが目にしたのは、逃げて走る人々とそれを追う者。

それだけだったら気にはしないしそんな言葉も出ない。
だってあれは、あの青い色の着物を身につけてるのは・・・
安房の兵士達じゃないか。

逃げているのは真紅の着物を着た者達。
追ってるのが安房の兵士達だ。

は、その丁度真ん中にいた。
前方から此方へ駆けて来る安房の兵士達。

これはいつ?過去?それとも未来?

姫殿、トドメを刺すのです。』
『いやじゃ!敵とはいえ、此処まで無事送ってくれたじゃろう?』
『玉梓さまのご命令です、』

は混乱し、安房の兵士達が己の体を通り過ぎてもどうも出来ずにいると
別の声がの姫としての名を呼んだ。

敵将達?

夢の中の自分は、何処からか逃げてきたのか?
自分の心臓の音が、緊張でドクドクと脈打っている。
何が起きてるのか解らない、何故玉梓と組んでいるんだ?

振り向いたは、またも驚く事となった。
其処には、姫としての自分。
傍にいるのは誰だかは解らない。

『けど・・けど・・・』
『姫さま、これが今の世なのです。どうかお聞き入れ下さい。』

夢の中の自分は、必死にその命令を拒否していた。
自分は何故か里見側から、玉梓側へと解放されに来ている。

その夢の中の自分を連れて来てくれたのは??
姫姿の俺の傍にいる男は、覚悟を決めたのか刀を構えている。
ちょっと待てよ!これはどうゆう事なんだ?

『殺せない!嫌じゃ!!』

刀を持たせられるのを拒む、それを見ている自分は
夢の中の自分を連れて来てくれた者達を探した。

馬は五頭、その乗り手達を探す。
その乗り手達は、夢の中の自分と対峙する風に立っていた。
乗り手の1人を見たは、血の気が引くのを感じた。

「嘘だ、こんなの・・・」

姫の俺を連れて来たのは、どうしてなのか・・現八で
他の乗り手、それも信乃達だった。

嫌だと泣く俺の前で、玉梓側の兵達が刀を抜いて信乃達を襲う。
刀を持たずに送りに来させられていた信乃達。
何とか攻撃を受け流していたが、1人・・荘助が斬り捨てられ

続いて小文吾が、目の前で赤い花を咲かす。
それから信乃、彼は抵抗らしい抵抗をしなかった。

「現八逃げて!!」
『いやぁ・・!どうしてじゃ・・・何で・・っ』

夢と現実の自分が、最後に追い詰められた現八に叫ぶ。


これも呪いの一部なのか、だとしたら何て卑劣。
そうこうしてる間にも、現八は追い詰められ
捕らえられ、後ろ手で拘束されて膝を付かされてしまう。

付近には、八犬士の亡骸が倒れている。
触れないのに、は1人1人に駆け寄った。
どうしてだ?俺の手じゃないとしても、こんなの・・・あんまりだ。

倒れた信乃に触れようとした手に、涙が零れ落ちる。

『さあ姫さま、トドメを刺して下さい。』
『断る』
『断れば、玉梓さまは何をするか分かりますか?』

『ワシは構わん、ワシ等はアンタを助けたいから此処に来た。
お主がこの先幸せになるなら、この命・・くれてやる。』

刀を持てず、現八の前に座り込み顔を覆ってしまった自分。
その自分に対し、死を受け入れてしまう現八。
そんな状況なのに、どうしてこんな台詞を言えてしまうのか・・

在りえない状況だというのに、は嬉しく思ってしまった。
玉梓が、何の為にこんな夢を見せるのか分からない。
でもその効果は、バッチリ効いている。

『現八さま・・・』

泣きじゃくる自分、それを冷静に促す現八。
夢の中の自分は、涙を浮かべたまま意を決して刀を持った。

その瞬間、玉梓の笑う姿が見えた気がした。

愛する者を、自らの手で葬る・・・
玉梓が好きそうな状況だとも、思った。


夢の中の自分が、涙を散らしながら刀を振り上げる。