流転 二十六話Ψ向けられた牙Ψ



馬に跨り、の待つ門前へと駆けた。
ちゃんと大人しく待っているか気になったが、門が見えて
その姿が視界に映った時、その心配は晴れた。

元気よく、此方へ手を振っている。
その姿と笑顔を見て、皆一気に気持ちが安らいだ。
相変わらず不思議な雰囲気を持つ奴じゃな。

「皆お帰り!これからどう行くんだ・・・!?」

馬で駆けて来る現八達に、そう問いかける
てっきり止まるかと思って声を掛ければ、一向に止まる気配がない。

え?どうする気だ?と困ったに、馬上から現八が叫んだ。

、手を伸ばせ!」
「は?・・・こうか?」

何かそう言われたから、軽く腕を伸ばしてみる。
――と、強い力で馬上へと引き上げられた。
あまりにも一瞬の出来事で、瞬きした次の瞬間には現八の前に跨っていた。

何とも強引というか、ドキッとさせる奴だなぁ・・。
密かに照れる、本人は照れる感情を知らないから無意識。
最初に掛けた問いに、馬に乗せてから現八が答えた。

「残りの犬士と、三の姫を探すべくワシ等は二手に分かれる。」
「三の姫・・?そうか、どう分かれるんだ?」

俺としては、現八と行きたいな・・・・理由は分かんない。
何か、安心するから。

思った事を隠さず、素直に向けてくる
真っ直ぐで、気高く、誠の心を持っている。
不思議と、人を惹きつける奴じゃ。

自分の前に座り、子供のように目を輝かせ(てるだろう)問うて来る

「ワシと信乃は下野に、荘助と小文吾は武蔵に向かう。」
「ふーん・・俺、下野には行った事ないから一緒に行っていいか?」
「ああ・・好きにしろ。」
「好きにする」

現八と同行出来る理由が出来た、これで一緒に行ける。
無垢に笑う、現八も傍で見守れる事となりホッとしていた。
別行動中に、またあのような事があったら気になって仕方がないからのぉ・・と。

現八とのやり取りは、周りを駆ける仲間達に温かく見守られていた。


ΨΨΨΨΨΨ


さて、荘助と小文吾とは、下野と武蔵への分かれ道で分かれ
各々が目指す国へと向かった。
乗って来た馬は、預けられる馬小屋を見つけて歩いて国に入る。

下野に着いた現八達は、安蘇郡・網芋の里付近を歩いていた。
里が近い事もあり、情報収集に行った現八が
しばらくして戻って来た。

現八が戻るまで、と信乃はこんな話をしていた。

「なあ信乃、お前には大切な人がいるんだよな?」
「ああ、浜路と言って俺の許婚だ。」
「その相手を想う気持ちって、どんなだ?」

どんな?問うたの目は、茶化してる訳でもない真剣な目。
そうだ、は感情をあまり知らないんだったな。

言葉は知っていても、意味を知らない。
本来そうゆう物は、教わるのではなく自ら知る物だが・・・
まあ、聞いてからでも 其処から深めるのは自身だしな。

「俺にとって、かけがえのない者だ。とても愛しいし心が強くなれる。」
「愛しい、心が強くなる・・・何故?」
「何故・・そうだな、その相手を守りたい幸せにしたい、失いたくない気持ちが自分を強くしてくれるんだと思う。
まだ愛しい気持ちと慕うの違いは説明してもには難しいかもしれないな・・私にも気持ちの機微を説明するのは難しい。」
「うん、俺もぬいに現八を慕ってるんだねって言われたけど意味が分からなかったから、何とも言えなかった。」

「そうか、きっとの『慕う』は仲間として信頼している気持ちなんじゃないか?」
「俺も現八は好きだ、勿論信乃も荘助も小文吾も。」

『好き』ストレートな物言いに、心臓がドキッとした。
これは、意味を色々教えてしまったら
ある意味大変になりそうだな、と信乃は感じた。

同性だから、慕う気持ちは仲間として信頼しているからと教えた。

それから信乃は、心が強くなる理由をに教える。
『誰かを守りたいと思う気持ちが、心を強くするのだ』と。


「化け猫?」
「ああ、今さっき寄った村の者が話していた。
何百年も生きてる天狗にも勝る妖怪で、この山に入った者は食われて帰って来ない者も多いと言う。」
「気をつけよう、他の犬士や浜路を里見に連れて帰るまで我等は死ぬ訳には行かない。」

2人の会話を、は黙々と歩きながら聞いていた。
浜路、彼女は姫である俺の・・・妹。
俺も・・会うまでは、姉上の思いに応えるまでは死ねない。

俺には大切だと思える物が、在るから。
現八や信乃・荘助・小文吾、それから残りの犬士達。
後は、里見の事だ。

平和を取り戻したい、心優しい人達の暮らしを守りたい。

「オマエは誠につまらん男じゃ・・」
「・・・何?」
「ワシは女に現を抜かすような男は、信用出来ん。」

同じく信乃の言葉を聞いていた現八が、としてはショックな事を言い
本当は女な自分、この慕う気持ちを言ってしまったら一緒にいれないと思った。

心臓がキリキリと痛んだ気がして、人知れず胸を押さえる。
そんな達の前で、現八は更に言葉を続けた。

「女も情けも、武芸の腕を鈍らせる。」

そんな風に言われたら、俺は自分を偽り続けなくちゃならないじゃん。
偽らなきゃ、現八の傍にもいられないじゃないか。
あの優しさは、俺が男だからか?女として現れてれば俺を助けたりはしなかったって事か?

心に怒りが芽生えた、だから、信乃が現八に言い返すより先に俺は動いていた。

「そんなのは思い違いと固定観念だ!現八は守りたい物はないのか?
仲間とか、今まで関わってきた人を守りたいって思わないのか?
大切だと思える人が出来たら、捨てるのか!?」

・・お主はどうなんだ。感情を知らぬお主にそんな相手がいるのか?」

「!?」

現八だよ!とは、叫べなかった。
感情に欠けてる事を、何よりも・・誰に言われるより
現八に言われた事の方が心に突き刺さった。

それくらいで泣きたくないのに、じわっと涙が滲む。
一生懸命俺なりに、分かろうとしてるのに
それが伝わらないのかと思うと、辛かった。

「言い過ぎだ、それに俺もと同じ意見だ。
俺達は守る物があるからこそ、強くなれる。父上が言ってた、強くなれと。」

信乃はの目が潤んでいるのに気づき、強い口調で現八を諌め
今度は自分が現八へ問いかけた。
そして、浜路を守れなかった事を悔いていると言い


「だからもう一度会えたら、その時はもう離さない。」
「――そりゃご立派な事で。」

の涙には気づいていない現八、変わらぬ口調で信乃と話している。
その場にしゃがみ、辺りの様子を伺ったりしている現八。
その現八に、更に信乃は問いかけた。

「犬飼は、古河に残して来た者はいないのか?」
「ワシは天涯孤独じゃ、いつ死のうとこの世に未練などない。」

突き放すような言い方に、泣いてるのも忘れてはまたしても信乃より先に言葉を割り込ませる。

何かもう、とことん突っ込んでやろうと思った。

「オマエこそ、つまらん男だな!」
「なに・・?」
「人の温かみとか、心が温かくなるような気持ちも知らずに死ぬんだろ?」
「フッ・・・言えてるな。」
「フン」

泣いてなどいられない、女や情けがいらないなら
その考えを変えてやりたい、守る者がいるのは自分が強くなれるんだって教えてやりたい。

現八の背中を見ながら、こっそりガッツポーズをする

「そうだ、犬飼には俺達兄弟ももいる。」
「青臭い事を・・・」
「俺達は皆親がいない、でも、荘助や犬飼、達に会えて
また家族が出来たような・・・そんな気がしている。」

「俺もそうだ、1人で異界から生まれた地に戻って来て
右も左も分からなかった俺を、現八が助けてくれた。伏姫の導きで信乃や荘助と小文吾に会えた。」

2人に向かって、笑って見せるの目は僅かに赤くなっている。
現八と目が合っても、その目を隠す事はしなかった。
其処で現八も、さっきの言葉でが泣いたのだと気づいた。

男なのに、涙もろいのか?と思うんじゃなく
何故か罪悪感を感じてしまった。

その時、辺りに変化が訪れる。
突然空が暗くなり、太陽の光が遮られた。
化け猫の登場か、空気が張り詰める。

自然と現八と信乃は、を囲むように背中合わせに立った。

ピリピリする緊張感が3人を包む、現八は弓を構え
信乃は刀を抜いて、化け猫が現れるのを待つ。
は、戦えない代わりに援護出来るよう正国の柄を握った。

気配が中々伺えない、けれど懸命に目を凝らし
神経を研ぎ澄ませる。

目を閉じ、物の怪の気配を悟ったと同時に
その化け猫が3人に襲い掛かった。

「「「!?」」」

突然の事と、物の怪の素早さに対応が遅れた。
そのせいなのか、物の怪の攻撃を防いだはずの現八が後方へ転げ落ちてしまう。

「犬飼!!」
「現八!」

そっちに気を取られ、目を離してしまった信乃と
化け猫はその隙を逃さず、残る2人へ牙を剥く。
それに逸早く気づいた、無我夢中で信乃の前へ飛び出た。

信乃を狙って伸びた化け猫の前足の爪が、前へ飛び出たの背中を思い切り引き裂く。

「――!!」


薄暗い山中に、信乃の叫び声が大きく響いた。
敷き詰められた道の上へ、紅い血の華が咲く・・・