流転 十一章Ψ目覚める力Ψ
再会(にとっては)した大輔と、色々な話をしながら進む事しばし。
最初は狭くて整備されてない道だったのが
気づくと土だけに整備されている道に変わっていた。
御所が近づいてる証拠だな。
そう思いながら歩いて、正面の入り口へと回る。
「随分賑やかですな」
「ああ・・何かあるのか?」
正面へ回ろうとした二人が見たのは、やんややんやと賑わう人々の姿。
皆口々に何か言っており、視線は上の方を見上げている。
道行く人も、皆足を止めて騒いでいるので気になった。
自分が声を掛けようかと思ったが、それを大輔が止める。
先程まで血眼になって探されていた身なのだから用心しなさいと。
笠を目深く被り直し、一番近くにいる農民へ大輔が声を掛けた。
「一体どうされたのです?」
「捕り物だよ、ホラ、あの御所の屋根を見てごらん!」
『捕り物』と聞いて、ふと現八の顔が頭に浮かぶ。
でも人違いかも知れないし・・・
と農民の言葉を疑う訳ではないが、は疑い半分で屋根を見た。
軽く30mくらい離れているだろうか、その御所の屋根。
小さい人影のような物が、ぶつかり合ったり離れたり
飛び跳ねたりしているのが見える。
よ〜く目を凝らして見てみると、人影は2つあって
片方の布で顔を隠している方が現八だと気づいた。
「現八じゃねぇか・・・もう1人は誰だ?」
騒ぎの中で呟くように言ったから、誰にも聞こえていない。
何で城の主に呼ばれて行った現八が、あそこで捕り物してんだ?
まさかアレだけの為に?まさか・・この刀について呼ばれたはず。
此処からじゃ2人の様子が分からない。
もう少し近づいた方がいいような気もする。
不思議とそんな気がして、人を掻き分けるようにして前へ進んだ。
そのうち落ちてしまうんじゃないかと思ったから。
前へ進んで行こうとするに気づき、大輔も前へ進む。
集まっていた農民達より、前へ出れたのと同時に
ワッ!と後ろで声が上がった。
何かと思って、先ず後ろを振り向くと。
「落ちるぞ!」
「えっ?」
農民の1人が、御所の方を差してそう叫んだ。
咄嗟の言葉に慌てて視線を正面へ戻せば
農民が言った通り、組み敷かれていた青年の足が現八の顔の横に当たり
グラリと傾くと、2人の姿は屋根の上から
川目掛けて真っ逆さまに落ちて行く。
叫ばないように目で追っていると、御所の中や彼方此方から
2人が落ちた事を知らせるように叫ぶ声が聞こえた。
もし捕まってしまったら、二度と逢えなくなるかもしれない。
城に呼ばれたはずの現八まで、そんな扱いを受けてるのは分からないが
逢えなくなるのだけは嫌だだった、それにもう1人の人も見た事があるような・・・
ドボーーーン!!
しばらくすると、水柱が上がり
2人が落ちた事が周りに知れた。
溺れたりしないだろうか、川下へ行くべきか。
迷いながらも、は小走りになった。
大輔もついてくるのを足音で感じながら、正国の柄を握り締める。
こうすると、奇跡が起きてくれるんじゃないかと思って。
姉上が力を込めてくれたんだと思う。
だから、どうか姉上・・現八を・・・。
ΨΨΨΨΨΨ
牢に入れられた後、どうやらこの城に刺客が入った。
何でも、扇谷定正の刺客で あの莫迦殿公方の首が狙いじゃとか?
そんな物ならどうぞご勝手に、とくれてやってもいいが
その刺客、めっぽう強くて誰も歯が立たないと聞いた。
それは丁度いい、憂さ晴らしにも退屈凌ぎにもなる。
捕まえれば無罪放免だと言っていたが、どうせ嘘じゃろう。
理由はどうであれ、外へ出れた。
それだけでも、その刺客に感謝するべきか。
御所の屋根へ登り、いざ対面してみると
年齢はくらいの小僧じゃった。
芯の強い、正義感に溢れた真っ直ぐな瞳。
刀を交えてみて、余りの奇想天外な素早さに
自分の心が躍るのを感じた。
こんなに手ごたえがある奴は、初めてだと。
いい加減捕まえるか、と奴を屋根に倒す事に成功し
刀を振り上げようとした腕を押さえつけた時だ。
二つ目の牡丹の痣を、ワシは目の当たりにした。
コイツ、犬塚信乃戌孝と名乗った小僧は左の二の腕にある。
ワシが痣を見つけた時、犬塚の目も驚きに見開かれておった。
奴に渡した小刀が、顔に巻いた布を切り捨てていた為
左頬にある痣を、見つけられたから。
奴が動きを止めた隙を突き、武器を振り下ろそうとしたら
片手を支えに下半身を振り上げ、奴は片足でワシの顔を蹴りやがった。
油断していた訳でもないが、それを喰らってバランスを崩し
バランスを崩したのは犬塚も同じで、現八の後に下へ落下。
落ちている最中に、現八は誰かに呼ばれたような気がした。
初夏の初めにしては冷たい川に落ちた後もそう。
意外にも犬塚が泳げないと知り、引き上げに向かった時
ただ流れるだけの川の水が、意思を持つかのように緩やかに動き2人を役人も兵士もいない方へ流した。
ΨΨΨΨΨΨ
同時刻。
1人の青年が、川で釣りを楽しんでいた。
他の人より大柄で、体格のいい青年。
穏やかに流れる水面に垂らした竿の糸。
様子を隈なく伺いながら待機、待つ事数分すると
垂らした糸がクンと沈み、竿が僅かに引っ張られた。
そのタイミングを見計らい、強く竿を引き上げれば見事魚をゲット。
今晩のおかずが釣れた、と魚を竹で編んだ小さい壷に入れる。
次の餌を付けようとした背に、呼ぶ声が掛かった。
「よぉ、小文吾!」
それはこの下総・古河を治める公方の配下の声。
力も体力も優れた小文吾は、この行徳でも名が知れていた。
他にも役人を引き連れ、その男は現れると
小文吾の前に来るや否、一枚の紙を見せた。
「こやつ等を見なかったか?」
見せられた紙に描かれていたのは、手配之書であり
3人の似顔絵が描かれ、下にはその人物の特徴が書かれている。
手配されてるのは3人共男のようで、皆綺麗な面をしていた。
パッだけ見てから、小文吾は素直な感想と問いを向けた。
「中々面のいい男達だな、何かやらかしたんですか?」
「それが事もあろうに公方様のお命を狙っておる」
「戌氏公の?」
「ああ・・もう少しで殺される所だったそうな」
つい本音が出かけた役人。
小文吾もいつもの調子で相槌を打ってやった。
「ははっ、そりゃ惜しかったな」
「なぁ・・何だと!?」
「ああいえ・・・」
一瞬納得しかけた役人、ハッと我に返り
慌てて小文吾を 怒鳴り飛ばす。
それから小文吾に見つけたら役所へ申し出ろと言い
同行していた兵達に声を掛け、手配之書を手に去って行った。
騒々しかったなぁと思い、小文吾は釣りを再開させるべく
新たな餌を付け、川に向き直った時。
小文吾は目を疑った。
「人じゃねぇか!!溺れてるのか?兎に角助けねぇと!」
水面に漂う人の姿を見つけたのだ。
遠くからだから、溺れてるのか泳いでるのか分からない。
だからと言ってそのまま見てる事も出来ず
小文吾は川が湾曲してる所へ走り、川原に落ちていた丸太を掴み
流れてくる人影の手前に伸ばした。
「そこのアンタ!意識があるなら掴まってくれ!」
大声で声の限り叫んだのが聞こえたのか
2つあった人影の1人が、自分の方を見ると
手を伸ばして丸太に掴まった。
片手にもう1人を抱えていたのが見え、これは早く上げなくてはと小文吾は本能的に思った。
水の中で、人一人を抱えて泳ぐのは辛い。
体力も早く取られてしまう。
それを考えた小文吾が、力を込めて男が掴まった丸太を上に上げ
掴まってる者を落とさないよう、慎重に岸へ下ろす。
「大丈夫か!」
丸太を放ると、ダッシュで小文吾は男の方へ駆けた。
駆けて行く小文吾だが、近づくにつれ何か引っかかって足を止めた。
その頃には、びしょ濡れの2人の男が目の前に。
パッとしか見なかったが、一人の男の特徴だけはよく覚えていた。
左頬に・・・牡丹の痣――。