意識をなくした
それを支えた三蔵、意識をなくした今はただの人間に見える。
だがさっきはを取り巻く『気』が人間離れしていた。

空を映したような真っ青な瞳。
水色の髪にも映える、橙色のチャイナ服。
その色合いは、相反しつつも互いを引き立てている色。

俺の師である光明三蔵法師が俺に説いた言葉。
知らずに選んだんだろうが・・・・

橙色が青と水色を引き立て、青と水色が橙色を引き立たせる。
色の相乗効果で、眼下のは違って見えた。

「三蔵、さんを寝かせて差し上げて下さい」
「・・・ああ」
「ホント、・・どうしちまったんだよ三蔵」
「俺に聞くな」
「けど倒れる前のアレは、三蔵が色々聞いてからだろ?」
「貴様等は聞いてなかったのか?」

を腕に抱き上げ、自分のベッドとして使うつもりだったベッドへを寝かせ
心配そうに呟く悟空の声を聞きつつ、悟浄の問いかけを背中で聞き
苛立った仕草で目にかかる金髪を掻き上げながら低く呻いた。

てっきり自分以外の三人も妖怪の言葉を聞いていたとばかり思っていたのもあり
説明するのが面倒だと溜息を吐く。
だが説明しなければ八戒以外のこのバカコンビは話について来られねぇと踏み、仕方なく説明する事とした。

「この女と会う前、俺が殺した妖怪がこう言っていた。」
「と言いますと・・・あの三蔵が倒した妖怪ですか」
「妖怪は恐らくあの女に対して『経典もお前も、玉面公主への捧げ物』だと言っていた」
「――おいそれって!?」
「玉面公主ってのは分からんが、恐らく妖怪の親玉だろう。」
「その妖怪への捧げ物にするくらい、さんは特別な存在だと?」
「『経典』を持っている人間なんてのは、三蔵法師くらいしかいないからな」

八戒からの質問に、無言で肯定し本題を舌に乗せた。
そして己の聞いた言葉をまた自分で言えば、改めて疑惑が甦る。
外見こそ人間離れしているが、更に経典まで持っているとなれば・・・・

声を荒上げた悟浄、漸く事の次第に気づいたのだろう。
ただの人間にしか見えない彼女が、妖怪が喉から手が出るほど求める経典を持っている。

だから三蔵はちゃんを問いただしていたのか・・・
けどなぁ・・・あの問い方は尋問みたいなモンだろ。

理由は分かったが、女の子に対しての聞き方じゃねぇだろうと内心突っ込む悟浄
そして今一重要さに気づいていない悟空。
首を傾げながら聞いている悟空へは、穏やかな顔をして八戒が説明する事になった。

「それに俺がコイツに対して抱いている疑念はその事だけじゃない」
「・・・・後何かあるのかよ」
「てめぇのその頭は飾りか?少しはてめぇで考えろ」
「何だと生臭坊主!!てめぇだけ知った風な顔しやがって!」
「貴様等とは頭の作りが違うんだよ」
「この・・っ!!」
「いいから静かにしろ!」
「それは貴方もですよ、三蔵・・・さんが起きちゃいます」
「――チッ」

が寝ているベッドの隣のベッドへ寄り掛かり、嘆息混じりに呟く三蔵。
もう一つの疑念は、の持つ武器にあった。
その謂れを知っているのは三蔵だけだから、悟浄の問いかけは尤もな物。

だが面倒な事を極力嫌いな三蔵は、手間を思って苛立つ。
苛立ったままの言葉を悟浄へ返した為、やはり言い争いに発展。
悟空へ説明をしていた八戒に咎められ、小さく舌打ちする三蔵。

チラッとベッドを見た三蔵は、起きる気配なく寝ているを確認。
水色の髪を枕に泳がせ眠る姿。

不思議と目を奪われた。
白魚のように白い肌、柔らかそうな唇。
触れたくなるような――

って俺は何を考えている・・・
何故そんな風に思ったのかさえも分からず、頭を軽く振って視線をから外す。

「三蔵?どうかしましたか?」
「何でもねぇ」
「へぇ?随分と熱心にちゃんの寝顔見てたみたいだったけど?」
「殺すぞ貴様・・・大体さっきから随分と絡んで来るじゃねぇか」
「・・・・・」
「悟空?貴方までどうしました」

やたらと自分に突っかかって来る悟浄。
普段から苛々させられているのに、今は引っ切り無しだ。
またしても三蔵の怒りに触れた悟浄の言葉。

再び言い争いが始まるか否かの時に聞こえた八戒の声。
いつもなら耳にすら入らないのだが、いつもと違う感じに耳を傾ける。

視線を向けた先の悟空は、普段の明るい笑顔ではなく
過去よく見ていた真剣な・・それでいて遠くを見るような目をして眠るを見つめている。


『悟空』


懐かしく呼ぶ声。
それが誰なのか、自分には分からない。
その声に集中しようとすると、頭に霞がかかったみたいになってボーッとなってしまう。

でも遠いその声は、と似ている様な気がした。
その神秘的で人間離れした容姿、何処か惹き付けるという女性。

「何か懐かしい感じがするんだ」
「懐かしい・・?」
「うん、よくわかんねぇんだけど・・・・」
「不思議な事もあるんですねぇ」
「そんなんじゃなくて、あー何か混乱してきた!!」
「だから騒ぐなバカ猿!」

三蔵達に説明したいのに上手くいかなくて、頭が混乱してくる。
思わず叫べば苛立った三蔵の声に怒鳴られた。
ハリセンこそ出なかったが、銃口が向けられている。

次騒げば間違いなく銃弾かハリセンが飛んでくるだろう。
そうしたら確実にが起きてしまう。
と思った八戒は、悟空と三蔵、悟浄の三人に買い出しを頼む事にした。

あの町も滅ぼされ、この町で出来る買い出しは限られている。
そう文句を言う三人だったが、有無を言わせない彼の笑顔に負け渋々宿を出て行った。

「八戒」
「・・・何です?三蔵」
「ちゃんと見張っておけ、その女にはまだまだ聞きたい事があるからな」
「はいはい」

疑念が残っている三蔵だけは、出て行く際 八戒にそう告げてから出て行った。
―経典とお前も―
寝顔を眺めた八戒の脳裏に思い返される三蔵の言葉。

本当にこの方が・・・経典を?
しかも三蔵だけでなく悟空までも、さんを気にしている。
悟空はさんを見て、懐かしいと言っていた。

以前に会った人と似ているんでしょうか・・・・
何とも不思議な方ですね・・・さん、と言う方は。

こうして小さな変化を、僕達に与えているのですから。



□□□



「お目覚めですか?さん」

そうこの声・・・・・

「あ・・声が出せないんでしたよね・・・すみません」

優しく染み入る声。
すまなさそうに謝る姿が、水差しを取りに向けた背中が・・・
夢の中のあの人と重なる。

何処かで知っている、そう誰かが言ってる気がした。
ぼんやりとした視界に見えたのは、八戒さんの姿だけ。
他の三人の姿がない。

漂わせた視線で気付いたのか、八戒が水差しを手に戻り
に手渡しながら優しく微笑み、買い出しに行かせたと教えてくれた。

どうやら私を巡って色々と口論が繰り広げられたらしく
寝ていた私を起こしそうだと八戒さんが気を利かせてくれたようだ。

きっと疑ってるとは思う。
不思議に思ってるとも思う。
それでも彼は、私が起きるまで傍にいてくれた。

それが何とも嬉しくて、心が温かくなって
この場に紙とペンがない為、スッと迷いなく骨ばったけど細くて綺麗な八戒さんの手を取り
若干驚いて身構えた八戒の掌に、ゆっくりと指で書いた。



――有り難うございます――の言葉を。