巡る想い
言葉は突き放してるのに心は別で
今にも言ってしまいそうになった。
――これからも会いに来て下さい――
「君も結構、不器用なんだね」
「気のせいです・・離して下さい・・・・」
――離さないで――
「なら突き飛ばしたらいいよ」
「・・っ、そんなに強い力では私なんかの力では無理です」
――このままずっとこうしていたい――
「所であの人達本当にお客だったの?」
「あ、はい。今晩入られた団体の方達です」
「へぇ・・・・・」
「その・・沖田さんは、お客さんとして?」
「僕?ふふ、どっちだと思う?」
「そんなの分かりません・・」
追い払った人達の事を聞いてきた沖田さん。
私が団体のお客だと答えたら、微かに口許に笑みを浮かべた。
知り合いだったのだろうか?
けどそんな風には見えなかった。
何にしても知り合いだとしても、あんな風に蔑んだような会話なんてしない。
見事に蹴りも決まっていたし(其処違う
逆に私が気になっていた事を聞けば、煙に巻くみたいにオウム返しされる。
いつもこうだ、肝心な事は何一つ教えてくれないのに沖田さんは色々知ってるんだ。
やっぱり沖田さんはずるい・・・・
すっと腕の中から開放され視線が合う。
此方から何も読み取らせない瞳。
飄々としていて本音を深く隠している。
私が必死で嫌われようとして吐いた言葉も嘘だと見抜かれてしまった。
自分の本音は上手く隠してしまってるのに、他人の嘘や真意を容易く見抜いてしまう。
洞察力が鋭いのだろうな・・・・
そう考えるとやっぱりずるい。
ずるいずるい・・それでも沖田さんの事ばかり考えてしまっている。
こんなに心の中に居座られてしまった。
こんなに沖田さんの事ばかり考えてしまうのはどうしてなんだろう。
多感な時期に両親は死に、花魁に身を落としていた私は
そういった感情を誰からも学んでいなかった。
+++++++++++
別れ際、別の大広間が何故か騒がしくなり
何故か苦笑した風の沖田さんは、私を振り返りこう告げた。
「僕の連れが何か騒いでるみたいだから僕はもう行くよ」
「・・・・はい、その・・有り難う。それと・・」
「うん、今度こそ元気で。さっきみたいな無茶はお勧め出来ないからもうしないでね」
「・・・」
「僕はもう助けてあげられないんだから」
「―――お元気で」
「うん。ちゃんもね。」
二度目のお別れをした。
もう助けてあげられない
この言葉にぎゅっと胸が締め付けられる。
まともに目を合わせられなかった。
沖田さんの目を見てしまったらきっと泣いてしまう。
また困らせてしまう。
そうならないように唇を噛んで涙を堪えた。
そんな私にまた沖田さんは苦笑して、賑やかな大広間へと姿を消した。
もう来る事はないよと、二度も私に告げた人は
優しい温もりだけを私に残して去った。
沖田さんを遠ざけ、己の心を欺き
これでいいのだと思ってるのに、私はまた一人泣くのだった。
手を伸ばしても触れる事が出来なくなった人を想って――
*****
会わないようにしてたのに
それは紛れもない僕の本音。
彼女を傷つけないように、汚してしまわないように
僕なりに考えて考え抜いて出した決断。
それでも結局彼女を泣かせてしまった。
過去に出会ってきたどの女の人とも似つかないタイプのちゃん。
僕自身どうしたらいいのか分からない中の決断だった。
左之さん辺りなら上手くやるんだろうけど、僕にはない免疫だからなあ・・
一人の女の人の事でこんなに悩まされるようになるなんて思ってもいなかったし。
性質の悪い事にさ、放っておけないんだよね。
誰か傍で守ってあげなくちゃ駄目な子だよちゃんは
・・・・僕みたいな男じゃない男ね?
僕は駄目だよ、汚してしまうから
これ以上関わってしまったら、きっと危険にさらしてしまう。
らしくないけどそうなって欲しくないんだ。
なのにまさか此処にちゃんがいるなんてホント驚いたなあ・・
太夫として着飾った姿、前も見たけどやっぱ可愛らしくて
組み敷かれていても気丈に振舞っていた姿。
それはとても凛としていて・・・・綺麗だった。
会わない様に巻き込まないように汚さないように
理由は幾らでも挙げられる。
新選組の為彼女の為僕の為
分かっていても尚、分からないんだ・・
どうしてこんなに胸が痛くて
どうしてこんなにも、彼女に変わらずまた会いたいと願ってしまうのだろう――
「認めたくないなあ・・・・」
ボソッと口に出た自嘲。
其処に誰かの言葉が被さる。
『何処まで性根が曲がってんだよお前は・・自分自身の変化すら無視するのか?』
ごめんねこれは生まれつきなんだよ〜
『鈍いのか逃げてるのかはしらねぇ、けどな・・・・目を逸らすな』
あ〜それは前者にしといて欲しいな〜・・
屯所で僕にこう言ったのは左之さん。
その時の表情までクリアに思い返せた。
これがその『変化』って奴なんだろうか。
でもごめんね左之さん、僕はその変化って奴を受け入れられないみたい。
涙を堪えて目を合わさないんだって気づいていながら
何一つ言葉をかけてやれない男だからさ僕って。
懸命に涙を堪えて僕に迷惑かけないようにしているちゃんに。
++++++++++++++
会合潜入から数日経過したある日の夜。
屯所にある影、それは酒盛り中の永倉と藤堂・・・
彼らの話題は酒に酔い盛り上がっていく。
「最近さー総司って覇気がないよなー」
「だなぁ、覇気っつか・・何かやる気が前にも増してないようにも見えるけどな」
「もしかしてさ、恋煩いとか?」
「あの総司がか?それはねぇだろ平助」
「だって前から知り合いっぽかったじゃん、揚羽のって子とさ」
「まあそうっぽかったけどよ、あの総司に色恋とか想像つかねぇんだよな」
「でもさ総司だって―――」
酒の場の話題は自然と最近口数の少ない者の事になり
互いに思っていた事を言い合う。
千鶴や沖田達が『葵屋』へ潜入してから微妙な変化だが、沖田は覇気がない。
毒舌に磨きがかかり、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛ける勢い。
付き合いが長いからこそ気づいた変化。
いや・・前は喧嘩を吹っ掛けるって感じよりも
相手側が喧嘩を吹っ掛けて来てたっつー・・・何とも微妙なんだけどよ。
と永倉が一人呟いて、藤堂が相槌を入れようとしたのと同時に
閉められていた襖がガラッと開かれ、聞かれては不味い相手が入って来た。
「今の話は真か?」
その瞬間、永倉と藤堂の酔いは一気に醒めた。
普段から寡黙で物静かな者、それでいて鋭く物事を言い
鬼の副長土方を敬愛している三番組組長・・・・
そう・・斎藤一その人である。
思いの外声が大きくなっていたのか、廊下に筒抜けだったらしい。
自分達を見据えながら室内に入る斎藤は、二人の前に正座して
ジッと目を見るともう一度同じ言葉を紡ぐ。
「新八、平助。今の話は真か?真ならば詳しく話せ、隊に関わる事だ。」
まずったー・・・・と互いに思っただろうが既に事態は誤魔化せない所に来ている。
どう足掻いても斎藤には見透かされると分かりきっていた。
天然でもあるが(本人至って無自覚)隊務やらの事になると無駄に鋭い。
二人はまさに蛇に睨まれた蛙の如く、この場から逃れられずにいた。