流転 十章Ψ巡り合わせΨ
現八の家を出た、目指すは御所。
その途中で姉上の御子に会えるといいんだけどな。
考え事をしながらの移動、何だか不意に辺りが騒がしくなった。
喧騒・・というか、誰かを探してる役人の姿。
後は、足利家の家紋の旗を鎧に付けて歩いてる兵士。
真紅の鎧が彼方此方にいる。
何か事件でもあったのか?
不思議に思いながら、は其方の方を伺う。
なんつーか、兵士がいるのは現八の家の周りで
中に押し入っていくのが見えた。
何で?
何で現八の家に?
まさか・・現八に何か?
戻った方がいいのだろうか?
戻って現八がどうかしたのかを、聞くべき?
役人がうろついてるのは、の前方の道。
「あ、あの・・・!?」
凄く気になったから役人に声を掛けようと思った。
確か、最初の時・・聞いた声なような気がするし・・・
傍で喋ってた人っポイのよね。
兎に角声を掛けようと思った。
んだけど・・・後ろから何かが伸びてきて、口を塞がれた。
そのまま後ろの茂みに引きずり込まれ、視界は暗転。
誰だか分からないから、暴れてやろうかと思ったら
小声で静かにするように言われる。
その声が、にとって凄く懐かしい声だったから
ピタッと動きが止まる。
「その声は・・・・大輔殿?」
「・・・・・」
無意識に口が動いて出た言葉。
の口を覆った手が、ピクッと僅かに動く。
そしてその手が離れ、役人の気配がなくなると
後ろを振り向かされた。
次第に視界に映る、懐かしい姿。
でも、幾つかの違いがある。
あの夢で見た頃の大輔殿は、髪も黒々としていたし
若々しく、青色の着物を身に付け それには
里見家の家紋が付いた物だったのに。
今目の前にいる大輔殿は、髪も丸め白くなっており
錫杖を手に、出家した僧の風体をしていた。
「貴方は何故私の名を?」
俗名を言い当てられた大輔は、驚いた目を向けて
目の前にいる青年へ問うた。
彼を匿ったのは、うろついてる役人と兵士が
先程からこの青年を探してるのだと気づいたから。
見た所、悪さを働いたとも働くとも思えない青年。
初めて会うのに、言い当てられた名前。
しかも、出家する前の名前だ。
しかし・・・何処かで会った気がしないでもない。
というか、伏姫に似ていないか?
「それより先に、どうして話をさせてくれなかったんだ?」
「あの役人達は貴方が来る以前より、貴方を探していたのですよ」
「・・・俺を?またどうして?」
大輔は勿論、不思議そうに聞いて来た。
俺にとっては懐かしく久しぶりでも、この姿で会うなら
大輔殿にとっては初対面。
慌てて誤魔化すよりも、話題をそれとなく変えてみた。
そうしなくても、話をさせてくれなかったのは疑問だったから。
「私のカンですが、原因はその見事な黒塗りの刀ではないかと」
理由を大輔につい問うてしまった。
本人はそれを苦とは受け取らず、丁寧な口調で答えた。
が村正から受け取った2つの刀を差しながら。
またしてもコレ絡みかよ・・・
でも現八はコレのせいで単身城へ呼ばれたわけだし・・・・?
やっぱ現八に何かあったのかもしれない。
「またか・・ならば早くいかネェと、現八が危ないかもしれねぇ」
「現八殿とは?それに、何故私の俗名を存じていたのかお聞かせ下さらないか?」
やはり来たこの質問、でも説明するには丁度いいかもしれねぇな。
はちょっと逃れたかった問いだが、姉の事とか
自分の(この際誤魔化せる理由)役目を話そうと決めた。
茂みに座ったままなのもアレなので、いっそ御所を目指しながら
大輔に説明する事にした。
「信じ難いとは思う、けど嘘じゃないから聞いてくれ。」
最初にそう言ってからは、今までの過程を話した。
此処ではない別の世界で、こっちの国の夢を見た事。
里見に呪いが掛けられた所、伏姫が亡くなる所。
それら全てを、自分は夢で見ていた事。
ある日、伏姫に此方に呼ばれ
若き日の貴方と、姫が亡くなり玉が生まれた所に立ち会ったと。
「だから俺は貴方の俗名を知っている。」
「伏姫が・・・貴方を里見復興と、八犬士集めの為に呼ばれたのですな?」
こんな事がある物なのだろうか。
姫の清き願いは、世界を超えて奇跡を起こすとは・・・
しかし、現にこうしてその存在が目の前に在る。
だからなのか?若き日の姫に似ているのは。
「けどな、姫が言うには俺は此処で生まれたんだって。」
それは本当、実感は薄いけど俺はこっちで生まれた。
里見の二の姫として。
あの日の処刑の時までは、此方の人間として生きていた。
それが玉梓の呪いの残りを受け、人としての感情とか
こっちでの記憶とかを残して向こうに赤子で生まれちまった。
だから、普通の人が普通に感じ持っている感情がない。
「最近『寂しい』と『嬉しい』を覚えられた。」
「姫は、貴方にこの旅を通じて 感情を取り戻させたいのかもしれませんな。」
無垢な子供のように真っ白な青年。
だからなのか、やけに儚げに見える。
心からの笑顔が刻まれないのが残念だが
きっと笑えばさぞかし美しく、姫に似ているのでしょうな。
私にその手伝いが出来ればいいのだが・・・
「俺は、これから恩人を迎えに御所に行くんだ。」
共に来てくれないか?
伏姫の面影を残す青年は、名前を名乗った後大輔にそう言った。
・・か、これまも姫の導きか名前まで似ているとは。
里見には八人の姫君がおられた。
しかし、上の伏姫が亡くなられてからは
玉梓の呪いで、二十歳だった二の姫の姫が神隠しに遭い
三の姫の浜路姫までもが、鷹に攫われ行方不明・・・。
「殿は、お幾つなのですか?」
「俺か?俺は23歳になったかな。」
御所へ続く道を歩きながらの会話。
本来歩くんじゃなくて走りたかったんだけど
何か大輔の雰囲気がそうさせなくて、歩く形になってた。
姉上が亡くなられてから、大輔殿は出家していたんだな。
それから八犬士を探す旅に出られたのか。
法名は`大というらしい。
「俺思うんだけど、こんな異界の奴で
しかも感情もあんま持ってない俺が選ばれて良かったのかなって思う。」
これは本音、正体はまだ言えないから説明と事情は嘘だけど
姉上に頼まれたのとか、若い頃を知ってるのも事実。
今、『不安』って物を覚えたのかな こんな不安は最初からあった。
それを誰にも言わなかったけど、姉上の大切な人には話せた。
覚えてないけど、此処にいた頃の俺は知ってた訳だし。
「大丈夫ですよ、伏姫が選ばれたのですから
きっと深い意味がおありなのでしょう。」
うん、そうかもな。
大輔に言われると、不思議と素直に受け入れられた。
姉上を愛してくれた大輔の言葉だ、俺も信じたい。
愛ってどんな感情?って考えるとよく分からないけど。
きっと、素敵な意味の感情なのかもしれない。
そのうち俺もその感情を、自分で感じられるといいな。