迷い



彼女を見ていると、どうしても自分を作れなくなるんだよね。

最近特にそう、簡単に普段の自分を出してる。
彼女の事も分かって来た、僕とは真逆の子。
花魁で太夫を務めてるのにそれを全く感じさせない。

綺麗で綺麗で・・・・真っ白で・・
どうしてか無性に汚したくなる。
新選組で幹部を務める僕みたいな人間と会うべきじゃない

どんどん汚してしまいそうで
けれど一方では気にしちゃってる。

どうするべきなのか
答えが出ない。

彼女に会いに行く事を止めない自分がいた。



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あの日以来、総司がおかしい。
分かり難いんだが機嫌がいいんだよな
現に今も縁側で寛ぎながら鼻歌なんて歌ってやがるしな。

そんな左之さんの視線には気づいてたけど、そんな事は興味ない
今は揚羽にいた子が気になって仕方なくてね。
とっても苛めやすい子だと思ってたけどね実は。

漆器屋で見た時と吉原で会った時とでは全く印象が違った。
俯いたままで、僕の顔を見ないようにしてたし。

綺麗なおべべ(着物)を着て白粉をはたき
赤い染料で目を囲み、唇には紅を。
大人しそうな顔をして夜は不特定多数の男の相手なんかしちゃってるんだ?

普段なら辛辣に言ってたかもしれない言葉。
あの日だけは出て来なかった。否、言えなかったんだ。

その気で来た訳じゃない、そう言った途端安堵の色を見せたあの子。
何処か不安そうな顔をしているあの花魁には。
それはある意味僕の興味を引いた。

町娘かと思ったら花魁で、太夫なのに閨を恐れる顔。
どれも僕の想像とかをひっくり返した。

取り敢えずお酌してもらって、お酒は飲んだよ?
始めからそのつもりだったし。
一応名前くらいは教えたかな、あの子も源氏名だけど教えてもらったよ

って言うんだって。
花魁なのにまっさらな子、不思議と知りたくなった。

何かあるんだろうなとは予想がつく。
けど彼女から話してくれないと意味がないからなー
あの震え方はただ事じゃなさそうだし。

こんな風に気にしてる時点で、僕もどうかしてるのかも?
新選組と聞けば泣く子も黙る。

見廻り組とか壬生狼とか色々と呼ばれては京の人達に恐れられてる
人斬り集団とか言われたりもしてるらしいよ
結構僕も有名人だったりするしね

おかしいな、命を掛けた斬り合いの方が興味深いし唯一満たしてくれる事だったのに
また足が吉原に向きそうだよ、これじゃあ左之さん達みたいだよね



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『今日は話だけにして欲しいな』


最初にああ言ってから、総司さんは
度々この女郎屋に来るようになった。

勿論話をする為に。
初めて来た時一緒だった人達もよく見るようになり

時には5人で話をする日もあった。
でも総司さんは、決して私を抱こうとはしない。
ただ話をする為だけに来る

いつしか、この女郎屋でも総司さんはよく噂になった。
見目麗しく剣技に長けた新選組一番組組長の沖田総司が揚羽へ花魁と会話する為だけに通っている・・と


今日は一日休みを貰えた。
太夫だから、と言うのもある。
揚羽の花魁・太夫、その肩書も今日だけは封じられ

ただの町人となって京の町を歩ける。
両親がいない私にとっての家は女郎屋『揚羽』のみ。
裏口から動きやすい着物に着替えて、あの日のように出掛けた。

あの人、沖田さんと出逢った日のように。
もしかしたら少し期待していたのかもしれない・・また逢えるのではないかと・・・・

揚羽の中で囁かれている噂は、どうしてか私の耳には入らなかった。
何せ出逢い方が衝撃的過ぎたもの・・・

色々と考えながら歩くうちに景色は花街から市中へ。
この時は知らなかったが、花街からずっとついて来る者がいた。
無防備な細い肩に、下劣な笑みを浮かべた者の手が伸びる・・

―――――だが、人影・・男の手はその肩に触れる事はなく

簪やら鼈甲の櫛を眺めていた私は、突如手を引かれた。
ふわりと優しく触れた誰かの手、すぃーっと引かれて体の向きを変えさせられ
続いて視界に入ったのは広い背中・・・

庇われたのだと気付いた時、その人は第三者の人に冷やかに言った。

「この子に何か用?」
「えっ、あ・・その・・・肩にゴミがついていたもんでして」
「そうでしたか、それは御親切に―――」
「へぇ?僕にはそうは見えなかったけどなあ」
「ひっ・・!!し、失礼しやしたっ!!!」
「またねー」

生憎と庇われている私から、背中に庇ってくれてる人の顔は見えない。
でも顔なんて見なくても私には誰なのか分かってしまう。
だって・・・また逢えたらいいなと思っていたから。

沖田さんに問われたのは男の人で、私の肩にゴミがついていたのを教えようとしてたとか
だからお礼を言おうと顔を覗かせたのだけど、沖田さんが横に出した腕に止められてしまう。
口調がすっと冷えて、氷の表情を浮かべたのが庇われていても分かった。

その途端、男の人も喉から引きつった悲鳴を出して
慌ただしく来た道を走り去って行った。

沖田さんも沖田さんで、呑気に手を振って男の人を見送っている。
何が何だかさっぱり分からずにいると、顔を此方へ向けた沖田さん
物凄く呆れた顔になると、溜息なんか吐きながら私に言った。

「ハァ・・君ね、もう少し警戒しないと危ないよ?もう少しでかどわかされる処だっ・・・・」
「そうだったのですかっ?だから男の方にあのように問われたのですね・・・?」

何やら説教しそうな雰囲気だった沖田さん。
勿論私も聞くつもりでいたのだけれど、不意に不自然に彼は言葉を切り
そしてじぃーっと私を見つめて来た。



突然綺麗な顔が寄せられ、じっと見つめられる。
顎に指を添えて眺める仕草すらに色香を感じてしまう。

「もしかしなくてもちゃん?」
「あ、はい」
「そっか、そうかなーとは思ってたけどね」
「私だと・・分かって?」
「前に漆器屋で会ってるし、今日はお座敷は?」
「そ、そうですよね・・・あ・・今日はお休みなので」

間を取ってから問うた沖田さん。
どうやら私かな?とは思いつつ確信を得られずにいたらしい。
でも・・・私だと気づいてくれた、覚えていてくれた。

たったそれだけなのに、どうしようもなく嬉しくて仕方なかった。