May.act2
急に不安になり、乗る前に行先を尋ねる。
真横に立つ岩本に浮かぶ妖艶な笑み・・・
弧を描く唇が笑むと、大きな手が私の頭に乗せられ それから背中に移動した。
間近で笑む岩本さんは妖しく、目が逸らせない。
少し身を屈めた岩本の顔が更に近づき
すぐ近くで私と目を合わせると囁いた。
「ちゃんは優しい子だね、好きでもないホストにごめんなさいが言えるんだから」
言われた言葉に肌が粟立ち心臓が凍り付いた
気付かれてないと思っていたから。
態度にはあからさまに出さないようにしてたのに・・・
顔には笑みが浮かべられていて不気味さが増す
表情から真意を読み取りづらくて怖い。
後ずさるにも岩本の手が背に添えられて無理
「嫌いな相手でも悪いと思ったら謝ります・・・それっておかしいですか?」
小馬鹿にされた気がしてついムッとなる。
少なくとも私は父親にそう教えられた。
父親をバカにするなら私だって黙っちゃいない
強面な岩本さん相手でも負けてなるもんかと
気持ちだけは折れないように見上げる
数秒だけと岩本の視線は合わさった。
沈黙が横たわっていたが長くは続かず
感情を読み難い顔だった岩本の表情が崩れ
クシャッと笑ったと思ったら楽しげに言った
「は面白いな、負けたよ」
何が!?
しかも今呼び捨てたよね?
何その急な素の表情出したりして狡くない?
「別に普通ですよっ、そんな風にクシャッと笑ってみせたって簡単には信用しませんからね」
「はいはい(笑)んじゃ乗って?」
「は?!・・だから行先は何処なんですか!」
「行先分かったら乗ってくれんの?」
「いや、まあ・・・?」
行先が分からないまま問答するよりはマシ
だから教えて欲しい、と説明する。
「なら早く聞いてよ」
「岩本さんがはぐらかすからーー」
「俺の行き付けの店に連れて行こうかなって考えてた。」
行き付けのお店・・・
意外な行先に目が点になった。
なんかこう拍子抜け?
警戒し過ぎて失礼すぎるくらいだわ・・・
「もう乗れるよねお嬢様?」
「あう・・・あい、お邪魔します」
「ははっ!おもしれぇ〜」
一体どんな場所を想像したん?
と岩本さんの目線が物語っているが言えない
『SnowDream』に連れてかれるんかな
って考えちゃったとは言えまい・・・
我ながら単純だが行先に対する不安は消えた
車内に乗り込み、座席に座る。
がちゃんと座ったかを確認した岩本
軽く身を屈め、に閉めるよと声を掛けた
覗き見る体勢で聞かれ、ハッと視線を合わし
はい、とだけ答える。
やはりホストクラブの代表取締役ともなると気遣いが半端ないんだな・・・
ドアを閉めて運転席に回り込む姿を眺め
乗り込んでくるまでの間、そんな事を考えた
やがてガチャっとドアが開き、岩本が乗り込みドアを閉めた。
車内にふわりと香る良い匂い。
こうして見ると、ホストって儲かるのね。
身に付けてる服はブランドものだし
腕時計もかなり高級な感じだ。
「シートベルトしてね」
「はい」
世の女たちが彼らに集まり、金を落として行く・・・
私の母親と同じような女たちが。
彼らはその蜜を吸って自らを着飾るのだ。
負のサイクルね・・・本来なら彼らに会った場合
友人や学校の女子生徒みたいな反応をするべきなのだろうが、私には無理だ。
ホストクラブとホストを軽蔑しているから。
これが私じゃなく、友人がバイトしてて
バイト中彼らと知り合いiPhoneを届けてたら
友人だったら、舞い上がってるだろうし
もう少し可愛げがある反応をしたと思う。
あんな風に迎えに来られたり、エスコートをされて車まで向かい
細かな気配りされて気分はお姫様だろう。
多分友人なら、岩本さんの笑顔で心を鷲掴みにされてそうだ・・・
岩本さんは車のエンジンをかけ、チェンジをバックに入れた後
体を右に捻り、右手を助手席の肩部分?に置いて後方を確認しながら車をバック。
これもまた女子がドキドキしそうなシチュ
まあ、例によって私には響かないが・・・
駐車場から出た後、車は都心へ。
時間は今15時を回った所だ。
幸い今日バイトは入っていない・・・
だからこの後ホスト関係と遭遇しなくて済む
あのタピオカ屋が歓楽街に近いって知ってればこんな事にはなってなかっただろな・・・
「なんか急に静かになったね、警戒中?」
「違いますよ、何で大学が分かったのかなって・・・」
まさか横で後悔してるとは思いもしないだろう岩本さんが
口許に笑みを作って話しかけて来る。
問いかけ内容と言い方が皮肉っぽい響きだ。
ホスト嫌いっての気付かれちゃったしな〜・・・
取り敢えず最初に感じた疑問を話しといた
「ああ、バイト先の店長さんに聞いた iPhone届けて貰ったお礼したいからって」
・・・あの店長口が軽いな・・・・・・
「そうですか・・・」
「ん」
そして生まれる沈黙。
やっぱ少しは話を振るべきかな・・・
流石に気まずいし、わざわざ来て下さったのにこれじゃあ失礼だよね・・・?
と言っても何を話したら良いのか・・・
私はあまり自分から話をしたりしない。
どちらかというと話を聞く側になりやすい。
それでも何とか話をしなければと
話題を探していると、車内に電話のコール音が響いた。
着信音が違うから岩本さんだろう。
チラッと運転中の岩本を盗み見る。
当然着信音に気付いた岩本
胸ポケットからiPhoneを出すと画面を一瞥
それからに視線を向け、言った。
「ちょっと電話いい?」
「大丈夫ですよ」
「ありがと」
きちんと断りを入れ、車を路肩に停める
それから鳴り続けてる電話の通話をタップ。
「岩本だけど、何かトラブル?」
iPhoneを耳に翳すようにして通話開始。
話し方からして『SnowDream』の人間からだろう。
因みに岩本に電話して来たのは阿部。
まだ営業開始には早い時間帯だが
幹部クラスの阿部は早めに来て事務をこなしている。
今日もいつも通り早めに来て事務処理や
これからの出勤管理をしていたに違いない。
そんな時のトラブルは御免蒙る・・・
問われた阿部は予想と違う件を岩本に報告した。
『実は目黒と同伴希望の方が来てね・・・』
「目黒と?アイツはまだ新人だぞ?」
事務関係の連絡かと思いきやまさかの目黒。
同伴てのは、客と食事などをしてから
店に一緒に出勤する事を指す。
普通なら許可するもなにも、本人同士に任しているが指名された目黒はまだ新人。
固定客も抱えていないヘルプの身だ・・・
そんな段階から同伴指名はさせていない。
まだまだ学んでいる段階だ。
「その客、誰の担当?」
『ごめん俺が担当してる子』
「阿部の事だから説明はしたんだろな」
『うん、目黒はまだ新人だから同伴出来るようになるのはまだなんだよって話はした』
話はしたが納得してないかも、と阿部。
ふむ・・・大体の客、特に太客に多いんだが
金を落としてやってる、的な考え方が殆ど
あまりホストクラブの決まりや仕組みを知らず
金だけはあるからチヤホヤされ太客になるが、傲慢になる客は大体太客に多い。
これが行き過ぎると痛客へと変貌する。
オープンしたばかりだから評判は下げたくないのが本音。
ただ、アフター希望されてないだけまだマシと思うしかない。
「んー・・・一応俺からまた連絡しとくわ」
『俺ももう1回話してみる』
「平気か?」
『それでも理解して貰えなかったら頼るよ』
「おっけ、ダメそうなら無理すんな?」
うん、と阿部は答え通話を終える。
冷静な阿部なら上手く今度は言えるだろう。
と全幅の信頼を寄せる岩本
通話を終えてからを見遣り
待たせた事を謝ってから改めて車を車道へ
「悪い、それじゃ出発するわ」
「いえいえ・・・」
表情は変えず、静かに告げて再び車を走らす
微かに聴こえた声には聞き覚えがあった。
多分タピオカを買いに来た中に居たと思う。
阿部と目黒という名字にも聞き覚えがある。
特に目黒の事は強く覚えていた、話しかけられたし電話でも話したし・・何より髪型が印象的
難しい顔をしてたから仕事の話なんだろう
よく分からない業界用語とか出てたし・・・
まあ別にその単語の意味を聞くつもりは無い
その世界に興味を持ったのかと思われるのは避けたいしね。
その電話からも何回か岩本さんのiPhoneは
ひっきりなしに電話の着信音が鳴っていた。
こういうのを見ると、やっぱホストだね〜
って感じさせられてモヤモヤする。
何故私は嫌いなホストと一緒に車乗ってんだろうって。
「ちゃんごめんね」
なんかいきなり謝られたよ?
まさかの発言に虚を突かれ変な顔になったわ
それから呼び方も¨ちゃん¨付けに戻っていた。