May.act1



――俺から連絡するから待っててな

先月知り合った人が私に言った言葉。
あれから早ひと月が経とうとしていた。

私がバイトするタピオカ屋に現れたその人は
名前を岩本照さんと書く・・・

スーツがとても似合う大人な男性。
黒いスーツのダブルをサラッと着こなし
中のシャツも黒で、ネクタイは紅色。

兎に角めちゃくちゃ似合っていた。

他にも3人の男性を引き連れていたっけな
銀髪のハーフイケメンとテクノカットイケメンに
斜め分けの爽やかイケメン。

ワイワイとタピオカを選ぶ様は微笑ましかった、少なくとも途中まではそう感じてた。
まさか彼らがホストだったとは。
テクノカットの人以外は普通の青年に見えただけにかなりは驚いた。

しかも友人が騒いでいた店のホスト。
岩本さんに至ってはまさかの代表取締役・・・

普通代表取締役の人って、平社員と一緒に
タピオカ屋さんに来ないでしょ?

(気にするのそこかい)

笑った顔はかなりクシャッとしてた。
黙ってれば代表取締役っぽい
まあ兎に角、友人が騒いでいた店のホスト・・・

見掛けるかもしれないじゃん
どころかバッチリ関わってしまった。
まさかの連絡先まで交換済みとかね・・・
我ながら笑うに笑えない。

友人に知られたら面倒だし、黙っておこう
まあそんなこんなで大学の教員室を出る。

今日は偶々就活の合間に卒業証明書を貰いに来ていた。
帰りながらバイト先に行けるよう準備は完璧

〜今日もバイト?」

バレないように、と決めた相手に呼ばれた。
表情には出さずに振り返り、頷く。

「うん」
「『SnowDream』のホストは見る?」
「見るかは分からないよ」
「何で?」
「人が大量に行き交うんだよ?」

特に夕方なんてヤバい人数が行き交う。
その通りをバイトしながら見るのは難しい
正論を口にしたら友人は残念そうに呟く

「それもそっかぁ・・・」
「うん・・・ごめんね」

灯りが消えたみたいに沈む友人のテンション
そんなに見たかったのかな・・・

「てか、オープンしたんだから行ってみればいいんじゃない?」
「(*‘∀‘)」

と、言った事をはこの先後悔する事に。

「1人はヤダから一緒に行こう!?」
「はぁ!?絶対ヤダ!」
「そこを何とか!人助けだと思って!」
「こればかりはヤダ!」

大学の庭で問答する様はかなり目立ったが
本当に全力では拒否した。
これ以上ホストに関わりたくないのである

理由は簡単だ。
は奨学金で大学に通っていた。

そうなった原因が母親のホスト通い。
ホストに現を抜かした母が原因で父子家庭
全てはホストのせいだと思う事で強く生きて来られた。

だからこそホストと関わりたくないし
母をダメにし、家庭を壊した原因のホストクラブ自体を憎々しく思っている。

今まで話していない理由をやっと友人にぶつけた。
知らなかった友人から言葉が失われる

「・・・その、ごめんね・・・」
「ううん・・・そういう訳だから私は行けない、他の人を誘ってみて」
「うん・・・」

気まずい空気が流れてしまったが仕方ない
漸く誘われたりしなくなると思えば気が楽だ
そう感じた時、iPhoneから呼出音が鳴る。

俯いていた友人が電話に気付き、知らせた。
知らせてくれた友人に礼を言い鞄からiPhoneを出し、画面を見た瞬間は硬直した。

『岩本照』

の文字が画面に表示されているのだ。
少し忘れ始めてただけにビクッと反応。

出ないの?」

不思議そうに聞かれ、躊躇ったが
出ないで無視した場合の結果が怖いので出た

「は、はい・・・」

友人に背を向けて少し離れてから出ると
耳に心地良い低音が聴こえた。

『あ、ちゃん?久しぶり覚えてる?』
「勿論です・・・岩本さんですよね」
『ん、大正解』
「お久しぶりです、お元気でしたか?」

声が良い岩本が話す度、心臓が早鐘を打つ。
当たり障りのない会話を心掛ける
なるべくお礼の話を避けたかった。

しかしその甲斐なく岩本は先月の話を始め
iPhoneを届けた礼を改めてに言うといよいよ本題を切り出した。

『やっと時間が作れたからお礼させてよ』
「あう・・・本当にお気持ちだけで・・・」
『俺の気が済まないんだよね』
「うぅ・・・」
『それにちゃんに拒否権は無いよ』
「え?」

やっぱり私には誘いを断れそうにない。
押しが強い訳じゃないのに断れないのだ・・・

結果ハッキリ言えないまま。
意味深な岩本さんの発言と同時に正門が沸く

「何だろ?凄い賑やかじゃない?」

友人も気になるのか正門を窺い始めた。
まさか?と嫌な予感に苛まれ友人を気にする余裕が無くなっていく。

iPhoneを片手にも正門を覗き見る。
正門に集まる女子生徒の人垣。
その隙間から窺い見て私は卒倒しかけた。

居たのだ、人垣の中心に。
大学の正門が在る壁に寄り掛かって立つ姿

今日は濃紺のスリーピーススーツだ。
ジャケットとベストは濃紺、ネクタイは白。
シャツは落ち着いた紺色。

バカみたいに似合うんだが!?(賛辞)

またこれが画になる事。
集まった女子生徒や友人がキャーキャー・・・

「何あの人凄いイケメンじゃない?」
「そ、そうだね・・・」
「うちらの大学に彼女が居るのかな!」
「さ・・・さあね・・・!?」

何で私の大学分かったんだろう?

なんだか怖くなって足が震える
兎に角気付かれる前に立ち去りたい
頭では思っているのに足が動かなかった。

大興奮の群衆、辺りを見渡し始めた岩本
しかも通話は繋がったままだ。

私と友人の会話も筒抜けかもしれない。
そう感じたのを見透かしたようにiPhoneから声がした

ちゃんめっけ、そっち行くわ』

同時に私の視線は絡め取られる。
掛けていたサングラスを少し下に下げて
此方を見る仕草に人垣から溜息が洩れた。

見惚れてる人垣を抜けて歩いて来る男性は
紛れもなくホストクラブ代表を務める岩本照

私の横に居る友人はもう大興奮だ。
よく見たら『SnowDream』の代表だったのだから。
しかし何故こっちに来るのかが分からない

だがホストが嫌いなからすると
これは夢だと思いたかった。

そうこうしてる間に岩本は目と鼻の先。
足が縫い取られたように動けずに居る私の前に
靴音を鳴らしながら岩本照さんは来た。

「迎えに来たよ、ちゃん」
「ぇぇええ!?どういう事なの!?」

嗚呼・・・誰か夢だと言って・・・・・・

一際大きな悲鳴と歓声が響き
全ての人の視線がに注がれた。
この瞬間、ホントに卒倒しかけた(2回目)

最悪お礼は甘んじて受けるけど
学校まで迎えに来るとか有り得ない!
友人の問いかけに答えるのすら億劫だ。

しかしもう誤魔化しようがない距離に居る・・・
かっ、かくなる上は・・・

ちゃん?」
「・・・迎えはいいって言ったじゃんお兄」
「ええぇぇ?の、お兄・・・さん?!」
(じろり)
「・・・ああ、初めましての兄です」

苦肉の策で岩本を兄だと表現した
ちょっと無理があったかなとは思ったが
ホストだと知れるよりはマシだろう・・・

えっ?ってな顔をした岩本に目配せすれば
すぐ察した岩本が爽やかな笑みを浮かべ
が言ったように兄だと名乗ってくれた。

「調子が悪いって朝言っていたから迎えに来たんだ」
良いな、こんなカッコイイお兄さん居たなんて!だけお父さんに付いてったとばかり思ってたよ〜」

お兄さん居るなら心強いね!
と笑顔で口にした友人に気付き、慌ててはその口を手で塞いだ。

大嫌いなホストの前で要らん事を言わないで、と。
それとまだ人垣は無くなってないから一刻も早く立ち去りたい。

「ごめん、家の話はしたくないの」
「・・・・・・」(岩本
「私もごめん・・・お兄さんカッコイイから緊張しちゃったかも」
「ははっ、ありがとう嬉しいな」
「私達もう行くね、後で連絡する!」

感情が声音に表れ、トーンが低まる。
明らかな拒絶を間近で岩本も感じ、俯いて話すの様子が気になった。

初めて会った時には感じなかった鋭い雰囲気
迫力すら感じる眼差しに、友人も呑まれ
正門へ歩き出したを見送るに徹した。
歩き出しながら岩本の腕を握って引く

腕を組むようにも見える為、人垣からは落胆の声や意外そうに囁く声などが聞こえていた
正門を出た後は岩本がを案内するように歩き
少し歩いた所にある送迎の為の駐車場へと向かって歩く。

途中からは大分静かになっていた。
あーあ・・・こりゃ明日から行きにくいなぁと
組んでいた腕を解き、地面を見たまま呟く。

「すみませんでした勝手に兄だとか言ってしまって・・・」

謝るのもなんか釈然としないけど一応謝る。
言い訳に岩本を利用したようなものだし・・・
憮然とした顔でもしてたのかもしれない

対する岩本さんはキーレスで車の鍵を開け
助手席のドアを当たり前のように開けて私を見て笑う。

「いーよ、ごめんね学校まで来たりして」

笑顔だけは変わらず無邪気な少年。
でもこの人はホストクラブの代表取締役だ

幾らでも笑顔は向けれるし
幾らでも優しい言葉をかけれる。

この車だってかなり高級車だ。
ハンドルは左だし、座席シートは革張り・・・
汚さないように気を付けなきゃ。

これ以上彼らと関わらない為にも。
にしても、何処に行こうとしてるんだろう?

不意に沸いた疑問、車で来るからには
歩きでは容易に行けない所に行くのかも・・・
それこそどこに?

「あの、岩本さん・・・何処に行く予定?」