守りの手
「いいお返事を貰えるまで、何度でも来ますからね」
黒ずくめの怪しい男達は、不吉な言葉を残して達の前から消えた。
震える妹達を庇って殴られた熊井さん、隼人に庇われて無害だった。
無力さを感じて熊井さんを見れば、同じく何か言いたそうだった隼人が
俺の代わりに口を開いていた。
「熊井さん、あいつ等・・・・」
「矢吹、嘩柳院。この事、ヤンクミには黙っててくれねぇか」
「どうしてですか」
「アイツの事だから、こんなこと聞いたら私が何とかしてやるとか言いそうじゃん?」
まあ確かに・・・久美子は元生徒だとしても、放っておけないタイプだもんな・・
隼人が返した問い掛けに、少し寂しそうに答えた熊井さん。
久美子を巻き込みたくないと、そう言うんだ。
ヤンクミが聞いていたら、きっと今も変わらず大事な教子だとか言って
きっと無茶をするかもしれない。
熊井さんは遠慮してるのかもしれないな・・・・でも本当は一人では抱えきれない事態だって分かってるんだと思う。
だからこそ、尚更ヤンクミに迷惑を掛けたくないって思ってるのかも・・・
心の中なんて分からないから、そう感じてるかは定かじゃないけどさ。
熊井さんはそう言うと、妹達を守るようにして立ちあがり
と隼人が何も言えずにいる横を通り過ぎながら
「お前らも、巻き込みたくねぇから・・・・もう店には来るな」
達を案ずるような言葉を残し、境内を去るのだった。
□□□
隼人に家まで送られてる時も、会話もなく家路へ。
お互いに色々な事で頭が支配されていた。
少なからず関わってしまった身として、このまま見て見ぬふりも出来ず
父親が遺してくれた大切な店を潰させまいと、一人頑張ろうとしている熊井の姿に
隼人は心動かされる物を感じ、沈黙の中それを行動に移そうと決めかねていた。
夜が更け、辺りは静かな閑静な住宅街。
その歩道に俺との歩く靴の音だけが響く。
チラリと隣りを見れば、自分と同じように考え込んでいるの顔。
そう言えばコイツも無茶する奴だったよな・・・・
この道通るのも・・・これで三回目か。
思い返すとすぐ思い出す記憶。
竜神学園の奴らと、が関係していたあの時も
1人で抱え込むを追って、竜と俺で此処を走った。
そん時だよな、勢いでコイツにキス・・・しちまったのって。
二回目は、その問題が解決した夜に竜と送って来た時だな。
・・・つーか常に竜が一緒だってのも何かな・・・・・
あの野郎消毒とか言ってエロイ事しやがって。
今でも、駆け付けた時聞こえたの叫びは忘れられない。
全ての苦しみと怒りが込められた叫びだったから。
そん時思った、これからはこんな気持ちにさせたくない。
俺が傍で守りたいって。
その後もどんどんの存在はデカくなってきてる。
傍にいたいし、コイツを傷つける全てのものから守ってやりたい。
長くいるせいか・・・竜も同じ風に思ってるのも分かっちまう。
だからって譲る気なんて少しもないけどな。
そう心に決めて、夜空を見上げる。
満天の星空を見ながらふいに記憶が蘇った。
今日のは、何かいつも違う気がしてたんだよな・・・・・
ボールを当ててしまったのは俺で、には非はねぇのに手伝うとか言ってたし
『・・・・・バーカ・・・ちゃんと手伝うのか見張ってんだよ』
ついて来なくても平気だったんだぜ?と言った俺にが返した言葉。
そう答えた時の、顔が気になった。
あやふやな感じっつーか・・不安そうな顔・・・?
・・・・・・・・・・・・・そんなに俺が手伝うとか言うのが不安だったのか?(アホ
横で悶々とした顔をしている隼人。
真剣な顔から普段の顔に戻ったのを気配で察知。
そんなのだけで理解してる俺が怖い。
何かもうずっと長い付き合いしてきてたみたいな感覚だ。
隣にいれるのが心地いい。
うわー・・・・かなり馴染んでる?
いや嬉しいんだけどさ・・悶々とする気持ちに苛々するぜ。
どう言葉にしたらいいのか分からないんだ。
この感情に自信がないってーか何と言うか・・・・・・・
いやまあ兎に角!今は熊井さんの事だよな。
あの柄の悪い奴ら、きっと地上げ屋だろうし。
どうして熊井さんちなんだ?
懸命に生きてる人達を、どうしてあいつ等は脅かすんだろう。
何とかしたい、何が出来るか分からないけどこのまま逃げたくない。
「隼人、俺・・・明日も店行く」
「は?え?」
「巻き込みたくないから来るな何て言われても、俺はあのまま無視なんて出来ないから」
「・・・・を1人で行かせる訳にはいかねぇし、俺もこのままなんて嫌だから店・・行くぜ」
「・・・・・皿洗いくらい出来るようにしとけよ?」
「あのなぁ・・そんなに信用ないのかよ俺」
「信用してるからだよ」
考え込んでいたが、決意新たに自分を振り向いた強い目に心が射抜かれた気がした。
だから思わず変な声が出る。
気後れした隼人に構わず、言葉を続けたを見て当然のように自分も行くと付け足せば
少し悪戯っ子のような顔で、皿洗いの件を指摘される。
やっぱ俺の事で不安になってるんだと思い込み、深々と溜息交じりに漏らせば
いたって真面目にそう言われた。
「隼人の事は信じてる、口にした事は必ず実行してきたじゃん?隼人は」
「・・・・」
「そんな隼人を、俺が不安に思う訳ないじゃんか。」
「・・・・」
置いて行かれそうなのが怖いだけだよ、何て言えば隼人はまた自分の事みたいに心配する。
『何でそうやって一人で抱え込もうとするんだよ、言ってくれなきゃ分からねぇだろ』
隼人に笑ってみせるの頭に、ある日隼人に言われた言葉が巡る。
『力になってやりてぇの』
初めて送られた時、ムスッとした顔で隼人が俺にかけた言葉。
『一人で抱え込むなよ』
どれもあの夜、隼人がくれた言葉だ。
隼人はいつだって、俺の誤魔化しに気づくんだ。
だからちょっとだけ、嘘をついた事に胸がチクリとした。
傍にいたい、触れたい・・・この感情を何と呼ぶか・・知ってしまうのが怖かった。
□□□
あれからいつものように朝が来て、は学校へ向かう。
HRが済み、一旦職員室へ向かうヤンクミ。
授業開始までの間の時間、やんややんやと騒ぎ出すクラスメイト。
そんな中、隼人だけが不意に教室を出て行った。
それに気づいたも、皆に止められるより先に追いかけるように教室を出る。
「二人とも何処行くんだろうな〜」
「さぁ・・・にしてもさ、最近よく隼人と一緒にいるよな」
「確かにな〜アイツはキャッチボールしてないのに手伝いとか申し出てたし」
「竜はどう思う?」
「・・・・トイレ行ってくる」
声を掛けそびれたタケ、廊下に消えた二人を見送りながらふと呟く。
そしてすぐさまそれに答えた二つの声。
それは勿論つっちーと浩介で、首を傾げた浩介も思っていた事を舌に乗せる。
浩介の言葉に頷きながらつっちーも扇子を広げ、パタパタと扇ぎつつ不思議そうに続け
最初に口火を切ったタケが、ずっと無言のままだった竜に意見を求めると
何とも不自然に話を逸らされてしまうのだった。
気づきたくはなかった。
だがこの面子の中の誰よりも周りの事を把握し、3Dの頭脳として君臨してきた竜は気付いていた。
きっかけこそ分からないが、最近になってが隼人を気にし始めた事。
だからキャッチボールしてなかったのにも関わらず、手伝いを申し出た。
アイツの・・・隼人の近くに少しでもいたいって思い始めたんだろう。
そう気づいてしまったから、竜はタケ達の会話に混ざらなかった。
が隼人に追いついた時、其処には熊井さんとヤンクミの姿。
何やら楽しそうにヤンクミが笑っていて、熊井さんも笑ってたけど
正面から歩いて来ると隼人に気づくとすぐに顔色を変えた。
その変化に向かい合っていた久美子も気づき、視線を辿って振り向くと
いつの間に来ていたのか、隼人とを見つけた。
「じゃ、じゃあ俺はそろそろ行くから」
そう言って踵を返した熊井さんに、間髪入れずに隼人が声を張り上げる。
その言葉には、歩きだした熊井さんが思わず此方を振り返る物だった。
「熊井さん、俺今日15時には店 行けるんで」
「俺も、行けますから」
「え・・・?」
「何だ二人とも、またクマの店手伝うのか?」
「まあもう暫く――ね、熊井さん」
「うん、まあね」
有無を言わせない隼人の視線。
その眼差しに含まれる物に気付かない久美子は、二人を宜しくなと熊井さんに頼むのだった。
俺も隼人も、熊井さん一人に辛さと不安を抱え込ませる気なんかなかったから。