褥の上で向かい合う事数十分。
時刻は辰の上刻(午前7時)を回り
窓枠の外に広がる景色が明るくなり始めた。

が口にする言葉の続きも気になったが
そろそろ外の畑に居る村正が戻って来る頃だろう。
なので言葉の先を待つのは止め、借りた寝床から出る。
もまだ言葉の先を言うに至っていないのか、同じく寝床から起きた。

「懐かしく思う事はあっても、私はここで生きて死ぬ」

外の畑から戻って来る足音と気配を感じながら
立ち上がった現八の真横に身を寄せるように立っては呟く。

ぱっと思わずを見た現八には続く言葉を重ねた。

「だって此処には現八が居るから・・傍に居たい。
私はもう、現八の居ない世界じゃ生きて行けないんだ
だから、私の意思を尊重しようとか思うなよ?それ結構ズルいんだからねっ」

何やらとても鋭い事を言われ、二の句を告げなかった現八。
まさに考えていた事を読まれたような感じだ。

こう見えて中々鋭いに、過去何回か考えている事を読まれた事もある。
大角の庵に置いて行こうか悩んでいた事とかを・・今となっては懐かしい

確かにわしは考えとった。
が帰りたいと望むなら・・と。
恐らくこの考えも読まれたのじゃろう。

寛容的に見えるその実は、決断をに押し付けていただけかもしれん。
が望むなら仕方ない、とかな。

「ああ、分かっておる」

聡く優しいに笑みを返し
するりと腰に腕を回して引き寄せ、軽く重ねるだけの口づけをする。

引き寄せられるままだった、ナチュラルすぎる仕方に赤面した。
こうもスマートにされると吃驚もするが何より恥ずかしい。
それに、引き寄せられ体が密着してるだけで体が熱くなるのだ。

磁石みたいに引き合って、離れ難くなる。
それから・・とても、強く・・・現八を欲しいと思ってしまう。

軽く重ねるだけの口づけですら真っ赤になってしまい
恥ずかしさと照れ臭さから視線を伏せる。
赤らんだ顔で目を伏せる様は、僅かに睫毛の影が出来てとても扇情的だった。

呆気ないほど簡単に煽られた現八は、小鳥が啄むような軽い口づけを何度かへ落とす
ぼんやりして来た辺りで外から戻る気配が戸の前まで来る。
ハッと身を固くしたが現八を止めるより先に現八が離れた。

「現八・・・っ」
「すまん、じゃがそんな顔をされると止まらなくての」

きぃいいい////

現八からの言葉に思わず叫びたくなったが
手の甲を自分の口許に押し当てて事なきを得た。
私そんなに変な顔してるのかな?

でもその・・お預けを貰う度に私の顔の事を言うのよね
て事は、現八は・・・私の表情によ・・よく・・・欲情してる?
欲情なんてそんな恥ずかしい事何考えてんの私!!

でもさ?現八が私にキスとかその、抱き締めてくれたりするのは
私にそういう気持ちを持ってくれてるからだよね?

それに私も同じだ・・現八の仕草とか表情にドキドキさせられるし
相手に触れたいって思う事に理由なんて要らないもんね。

と、一人で赤くなったり悶絶してる様子を面白そうに眺めている現八
何となくだがも自分と同じような事を考えてるのは分かった。
それがまた嬉しい、自分の存在はしっかりとの中に在り
しっかり異性として意識されてるのだから。

意識してもらわねばのう、と望んでいた事が現実になっている。
今では互いになくてはならない存在にまでなったのだ。
一人で生きて死ぬと覚悟していた頃とは雲泥の差じゃな。


+++


「おお、様も起きられたか」

実に良いタイミングで畑に居た村正が帰宅。
両腕に抱えるようにして持っている籠の中には採れたての野菜が。

腰から下げる籠からは水音。
それは?と問うと誇らしげに子供みたいな顔をして村正は中身を言った。

「小飼川(後の小貝川)で採れた魚じゃよ」

小貝川は筑波山の西を流れる一級河川と現在は知られている。
貝塚が近くに在り、貝殻がよく採れた事からそう名付けられたらしい。
現代の世では外来種のバス釣りで有名だが、この頃は在来種の魚も多く居たのだろう。

採れた魚を入れてあった籠を腰から外そうとする村正に気づき
すっと近くに歩み寄り、両手の籠と野菜を現八が受け取ってやった。
それに気づき気が利くのう、と感心した顔で礼を返し
腰から外した籠を台所の流し部分に置く。

どうやらこの食材が今朝の朝餉になるようだ。
自分達は今日此処を発つ、ならば最後にせめて手伝おう。

「村正、私達今日発つ事にしたよ」
「おおそうか、少し寂しくなるのう」
「1年ぶりに会えて本当に良かった、此処は私の始まりの地だから」
「お世話になり、感謝しています村正殿」
「いいんじゃよお二方はわしの孫みたいなもんじゃからのう」

旅立つ、の言葉を聞いた村正の背中が少し寂しげに見えた。
次はいつ会えるのか分からない今、また会えるからとは言えなかった。
安房の最南端に位置する里見から常陸国まで、楽に行ける距離じゃないし

村正は高齢、そして自身は一国の姫という立場。
お互いおいそれと動ける身ではない事が、次の再会を約束出来ない理由だ。
がただの民だったら、数日を旅すれば高齢の村正にだって会いに行ける。
恩人との再会は、の立場が妨げになっていた。

かと言って、里見を守る役目を投げ出したくない。
一年前に現八と二人で守っていくと決めた地だから。
そして村正もその事を重々理解している。
だからこそ無理に引き留めはせず、朝餉の支度を開始した。

「また、て言えなくてごめん村正」
「わしの事をまた訪ねてくれただけで十分じゃよ」

の気持ちを慮り、記憶の片隅に置いといて貰えた事に感謝を示す。
ポン、との肩に手を置くだけにすると
しんみりした雰囲気を変えるかのように支度を手伝ってくれと声にした。

明るい調子で頼まれ、パッとは顔を上げ
勿論!と答えると村正が朝採りして来た野菜を水洗いする役を買って出た。

恩人との二度目の別れが迫る中
現八も手伝いを申し出、3人が並んでの朝餉の支度となった。


+++


食卓に並んだのは、大根と白菜の味噌汁に川で釣り上げた魚。
米は貴重なエネルギー源であり、この辺りの平地でも栽培が盛んだ。
こうして見ると、村正の住む筑波山周辺は暮らしがかなのかもしれない。

少なくとも古河の辺りよりは、と現八は一人感じた。
は両手を合わせイタダキマスと口にし、慣れた様子で箸を使い食べ始める。
前から思ったがイタダキマスというのは何かの作法なんじゃろか?
手を合わせ終え、パクパクと魚を頬張る様子を眺めつつ思う。

まあ美味そうにメシを食う姿は相変わらずじゃがな。
村正も同じ風に感じたのかニコニコと目尻を下げながらを見ている。
それから同じくを見ている現八に視線を合わせ、問うた。

「此処の次はどちらへ向かうご予定なんじゃね?」
「先ずはわしの家に寄ってから、元犬士が営む行徳の宿へ立ち寄るつもりです」

そうかあ、と笑む村正。

「俺と、あいや・・私と現八の旅の軌跡を辿る旅なんだ」
「直したと思ったが村正殿の前だとに戻るようじゃな」
「はははは、現八殿あまり言わないでやって下され」

寛容さを感じさせる嗜め方に、勿論怒った訳でもない現八は笑みで応えた。
血の繋がりはなくとも、に対する情のようなものを感じさせる村正に現八も好感を覚える。

「旅の軌跡を辿る旅とは何とも趣がありますなあ」

の話す事を聞き、村正もとても嬉しそうに頷く。
その様を見ている現八までもが何やら嬉しいと感じ始めていた。
の恩人なだけでなく、それこそまるで現八自身の祖父と話しているかのような感覚。

勿論本来の身内の事はあまり記憶にない故、祖父とはどんな存在だったのかを照らし合わす記憶はない。
ドラマ企画版八犬士達の生い立ちは詳しく語られていないのだ。

脚本を書いた大森氏の構想が基盤となり、彼らは作られた。
2時間でまとめる為に、信乃や荘助以外の家族構成は詳しく作られていないのも
現八が家族の事を覚えていない理由の一つでもある。

原作の現八は、幼名玄吉なるもの。
漁師、糠助の子として安房に生まれるが母親とは死別。
父糠助は生活に困り、禁漁区にて漁をした為死刑となるが
義実の妻 五十子と伏姫の三回忌に伴う恩赦を受ける。

玄吉(現八)と共に安房を追放され、下総国・行徳まで来た糠助は路頭に迷い
幼い玄吉と共に心中を図った所を、偶々里見へ向かっていた足利公方の家臣 犬飼見兵衛に救われる。
糠助は幼い玄吉を見兵衛に託し、武蔵国大塚村へ移住した。

玄吉は見兵衛の養子となり、見八と名を改められた。
暫く見兵衛の定宿、古那屋に預けられ小文吾の母から乳を与えられた為 乳兄弟にあたる。
現八と改めたのは芳流閣(足利の御所の屋根)で信乃と知り合い
痣と玉の因果を`大から聞いた際に改名している。

とまあ、これが本来の現八に与えられた生い立ちだ。
ただ、本来の生い立ちにも現八の身内は父親しかいない事になる。
養父 見兵衛も既に亡く、小文吾らの両親も既に亡き者だ。

生来の父、糠助も大塚村で信乃に看取られ61の生涯を終えている。
死の間際に信乃と同じ痣と玉を持つ玄吉の事を話していた。

原作にはこのように不思議な縁が丁寧に書かれ
八犬士の結びつきと出会いへ繋がっている。


さて、三人で囲む最後の食事を済ませたと現八。
使用した器や碗を片付け、洗い事も済ませた。
村正は一国の姫君にそこまでさせられんと言っていたが

「私のいた時代では身分があろうとなかろうと自分の事は自分でするものだ」

に言いくるめられ、お言葉に甘えるかのうと笑った。
遠慮はしていたが村正の顔は実に嬉しそうだったのを現八は目撃。
血の繋がりがなくても築ける絆、と言うのも良いものだなと感じた。

そうして見やる外の天気と太陽の位置。
陽の高さから時刻は巳の上刻(午前9時)頃だと察せられる。
旅立つには丁度いい時間帯だ。

朝餉の片づけを終え、身支度も整える。
後は此処から古河へ向かうだけだ。

と二人、土間へ立つと
囲炉裏の横で茶を飲む村正へ向き直る。

「名残は尽きないけど、いつまでも居られないから行くよ村正」
「村正殿、2日間お世話になりました」
「本当にありがとうなお二方とまた過ごせて、わしもまだまだ頑張れそうじゃ」
「うん、村正にはまだまだ元気で過ごして貰わなきゃ」

立ち上がり、土間近くまで歩み寄った村正と握手を交わす二人。
再会を約束出来ないのが心苦しい中、現八は一人思い出したものを取りに外へ。
村正もも不思議そうに見送る、納屋に繋がれた馬へ戻り

納屋の藁の中に深く隠してあったものを取り出すと足早に家へ戻る。
何かを手に戻った現八に、も村正も驚きに目を見開いた。