前へ進む為に



ヤンクミに背を押され、俺はまず上を見上げた。
その場所には、まだ此方を覗いてた宮崎さんの姿。
俺は不安そうに此方を見る、宮崎さんの目を真っ直ぐ見つめた。

どうか、伝わって欲しい。
どうか、気づいて欲しい。
どうか、分かって欲しい。
どうか、前へ踏み出して欲しい。

逸らされない視線。
宮崎さんは、俺を辛そうに見ている。
言いたい事は、伝わってる?

視線を合わせたまま、目だけを動かし玄関を示す。
伝えたい意味は、玄関まで来て欲しいという事。

宮崎さんは、何度も俯き何度も視線を泳がせた後
俺の目をしっかり見て、小さく頷いた。
どうやら、決心してくれたらしい。

彼女が話をしてくれると決意しただけでも、前進だ。

しばらく待つと、玄関の扉が開いた。
門に駆け寄れば少し戸惑った感じで、俺を見る宮崎さん。

それもそうだ、今の俺は女として本来の服装をしてる。
学ランを見慣れてしまった彼女にとって
中学時代の制服に身を包むの姿は、新鮮だったのかもしれない。

「先輩、わざわざどうしたんですか?」
「もう分かってるだろ?俺が何で来たのか」

可愛らしい声で、俺へ聞いてくる宮崎さん。
その彼女へ、は真剣に言い返した。
の言葉でハッと気づいた彼女。
黙して頷いた。

「貴女とゆっくり話がしたい、お願いだから。」
「・・さっきも同じ事を言われました、あの人も・・・」

土屋さんを心配してるんですね。
そう呟いた宮崎さんの顔は、落ち着いた静かな表情だ。
彼女なりに、事態を受け止め始めたのかもしれない。

しばらく玄関先で話した後、宮崎さんの自宅へあがった。
宮崎さんの部屋へ行く途中に、おばさんと鉢合ったが
彼女から、中学の先輩だと聞かされると
快く通してくれた。

俺としては、実家の事を言わなくても
自分を受け入れてくれた事がとても驚きだった。
今までの奴等は違ったから。

通された彼女の部屋は、女の子らしくて可愛らしい部屋。
ベッドの脇にはヌイグルミ、そして机の上に見つけた。

あの日、つっちーと三人で入ったゲーセンで
つっちーが宮崎さんにと、クレーンゲームで取ってくれた
アンパンマンのヌイグルミ。
それが、とても大切そうに置いてあった。

宮崎さんは、つっちーの優しさを忘れてない。
あの日見せた笑顔に、嘘はないとも悟った。

「宮崎さん、俺もさ最初は誰も信じられなかった。
今こそ一緒にいるけど、アイツ等に会うまでは
心を閉ざして、大人の言う事なんか信じてなくて
でも・・今は少しでも人を信じてみたい。
宮崎さんの事も、貴女ならきっと本当の事を話してくれるって」

勧められた座布団に座ってすぐ、俺は口を開いた。
出てくる言葉は、全て俺の本心。
彼女が大人を信じてない訳じゃないと思うけど
今の彼女には、過去の自分が見えた。

大人に縛られ、真実を話す事への恐怖。
俺だって、真実を話すのは怖かった。
過去からの魔の手、怖くなかったと言えば嘘になる。

「真実を話す事を怖がらないで、俺だって怖かったんだよ?」
「・・・先輩も?どうしてですか?」

宮崎さんの知る俺は、いつも前を見ていて
強く生きてる・・というものだったらしい。
だったらそれは嘘だな、人間常に強くいられる訳がない。

支えてくれて、分かってくれるそんな人がいて初めて
人は一人じゃないと気づかされるんだ。

「誰も知らない事や事実を、打ち明けるってのは怖い事だ。
ましてや、今までの事を知らない人にそれを話すってのはな。」
「・・・でも」
「言葉にするのが怖い、か」

俺の問いかけに、彼女は視線を落として頷いた。
きっと、彼女は自分から何かを話すとか
意志を話すとか、今までなかったんだと思う。

だから、怖いんだと思う。
そうする事で、人に見限られてしまう事が。

「怖がらなくていい、貴女なら出来る。
宮崎さんが気持ちを込めて話せば、きっと気持ちは伝わるよ。
俺は自分の事をアイツ等に話す時は必死だった。
どうすれば伝わるのか、どうすれば守れるのか・・・」

言いたい事がまとまらねぇな、と苦笑する
何となくだけど、の気持ちは伝わった。
わざわざ、自分の為に制服を着てまで来てくれた人。

強くないって言ってたけど、先輩は十分強い。
友達の為になら、凄い強さを見せる。
仲間を守りたいと思ったその気持ちとか
前へ進む勇気、自分が動けば変わらない物も変わる事。

土屋さんは、先生の言うような人じゃない。
あの人は、私に笑う事を思い出させてくれた。
私なんかの為に、一緒にあちこちを回ってくれた先輩。

ずっと憧れてた人を、私のせいで困らせてる。
怖がるのは止めよう・・私の口から真実を話す事を。

「先輩・・私、話してみようと思います。」
「本当!?」
「はい、私のせいで土屋さん・・あんな事になってしまって」
「そうか・・・有り難う、宮崎さん。」

決意を固めてくれた宮崎さんを、は抱きしめた。
恥ずかしそうに頬を赤らめてる様が可愛らしい。
宮崎さんの部屋の時計は、21時を指してる。
まあ妥当な時間だろう、と思いは立ち上がった。

部屋を出て玄関へ着き 靴を履いてる俺に宮崎さんが声を掛けた。
こんなに暗くなってしまってごめんなさい、と。

「謝る必要はないよ、貴女は何でも自分のせいにしすぎ。」
「でも・・私が最初から話していればこんな事には・・・」
「ホラ、言った傍から自分のせいにしてる。」
「先輩・・」
「俺が押しかけたんだから、気にすんな。」

俯いてしまった宮崎さんの頭に手を乗せ、優しく撫でる。
すると彼女は、とても可愛く笑って頷いた。
素直な子はいいねぇ〜
俺は宮崎さんに挨拶し、静かに彼女の自宅を出た。

決死の覚悟で制服着たけど、その甲斐はあったよな?
あんま意味はなかったかもしんないけど
宮崎さんのお母さんも、上手く誤魔化せたし。

俺なんかの言葉だけで、彼女を説得出来て良かった。
これでつっちーを助けられる。
クラス全員で卒業だって夢じゃない。
ヤンクミの為にも、何としてでも全員で卒業してやる。

意気揚々として、帰路に着こうとした俺。
住宅街を出て、大通りに出た時点でおっきい背中を見つけた。
人ごみにいてもすぐに見つけられるその長身。

「つっちー!」

久しぶりに見る姿、何だか懐かしくて嬉しくて
気がつけば、俺はつっちーの背に向かって叫んでいた。

しかし、雑踏に掻き消されたのか
その長身が此方を振り向く事はなかった。
ちょっと寂しい、けど明日こそは捕まえてやろう。
あの一生懸命なヤンクミの姿を見せなくちゃな。

センコーなんか信じない、皆同じなんだよと言った彼に。

その後俺は、なるべく人目に着かぬよう
足早にマンションへと向かった。
3Dの奴等には話したけど、今まで男として接してきた
他の学校の奴等と鉢合わすのは、マズイ。

例え女本来の格好をしていても、顔とか声は変えられないし。
こんなスカートじゃ、空手の技も使えない。
とにかく、会わないに越した事はないって事。

でもさ、今思うと声掛けた時 聞こえなくて良かったかも。
流石にこの格好で会うのは、気が引ける。
女だって話したから余計?
まさか、意識してるとか!?いや、それはない。

でもこれで、大事な物を失くさずに済んだ。
そろそろいいかもしんない、アイツ等をに会わせるのは。