流転 閑話2ΨLoveΨ
海岸で、1人沈み行く太陽を眺めていた毛野の元に
必死に砂を蹴り、が駆けて来た。
その表情からして、見事嘘を信じ
犬士の皆へ告白して来たようだ。
本当に、何も疑いもしないのだな。
その素直さが、毛野の悪戯心に火を付ける。
駆けて来たの腕を掴んで引き寄せ、言った。
「次は仲間同士の『挨拶』を教えてやるよ」
挨拶?と聞き返そうとしただが、その先を言う事は出来なかった。
それは、何やら柔らかい物に唇を塞がれたから。
その柔らかい物は、一瞬だけ唇を塞いだだけで
瞬きする間に自分から離れて行った。
たったそれだけの事だったが、には凄くゆっくりに感じて何やら不思議な感情に襲われる。
その変化に、に口づけした毛野が気づいた。
そっとの頬に触れながら、少し罪悪感すら見て取れる顔で問う。
「嫌だったか?」
「どうして?仲間同士の挨拶なんだろう?」
「ならどうして泣くんだ?」
泣く?
目線も逸らさず指摘した毛野、言われて初めて頬が濡れてる事に気づく。
頬に触れた毛野の手は、流れた涙を拭ってくれていた。
泣いてしまったのは分かったが、どうして泣いたのか分からない。
ただの挨拶なのに・・
汚れていない純粋な少女、後になって自分が凄く惨めな気持ちになり
何も言わず、毛野はを旅籠へ帰した。
訳が分からない、嫌いになったのか?と聞いてみたが
毛野はそんなんじゃないよ、とだけしか答えなかった。
やっぱ、泣いたのがいけなかったのかな。
複雑な気持ちを消化出来ないまま、1人旅籠へ戻った。
出迎えたのは、現八。
「落ち込んでいるようじゃな、何かあったのか?」
「ううん、なぁ現八・・仲間同士の挨拶って接吻なんだって?」
「――は?」
さっき来た時より、雰囲気が沈んでいるを見つけ声を掛けてみれば
全く質問と違った問いが、逆に返された。
しかも、接吻が仲間同士の挨拶だと抜かしている。
誰だ!?コイツに変な常識を教えたのは!!
一気に現八の纏う雰囲気が、ピリピリして来る。
それにも気づいた。
「違ってた?毛野さんが教えてくれたんだけど。」
「やはりか・・・・で、どうだったんじゃ?」
「・・・・わかんねぇけど、泣いたみたい。」
毛野が面白半分で、に変な常識を教えた予感は的中。
どうせさっきの『大好き』発言も、毛野の仕業だろう。
しかも・・・接吻までするとは――
どうやら本来の意味まで知らなかったとはいえ
コイツは泣いた。
見れば確かに、の目に泣いた跡が伺える。
「心が嫌じゃなくても、本能が拒絶したんじゃろう。」
「本能・・・?」
「なら・・ワシとならどうじゃ?」
「うーん・・・きっと、現八とだったら勇気がいるかも」
「・・・勇気?まあいい、それより毛野には気をつけるんじゃな。『仲間』としてじゃなく『男』として」
現八の言う事の意味は、全く分からなかった。
どうして気をつけなければならないのか、聞こうにも聞けない。
別に怖くもないし、皆優しいのに。
それに比例して、目の前にいる現八も怖いとも思わないし
気をつける必要もないように思えた。
「現八は好きだから、怖くないよ?」
この答えには、本当に参った。
は、現八も『男』だという事を忘れているんだろうか。
それとも、意識されていないって事か?
それはそれで困るな、お主には・・・ワシという存在を意識して貰わないと
ワシとしても困るからの。
立ち去ろうとしたの腕を引き寄せ
柔らかい頬に、軽く唇を落とした。
「よし、作戦成功だな。ああでもしないと先に進まなさそうだからな、あの2人は。」
「犬坂殿・・あまり嗾けるのもどうかと・・・」
「じれったいんだよ、見てれば分かるだろ?」
「・・・・まあ・・・」
物陰から、いけない事ですが盗み見ていた人影。
それは、言葉のアヤでを嗾けた毛野と
結果を見る毛野に付き合わされた、信乃の2人。
つまり、今までのの行動は
現八をせっつく為の策だったという事だ。
それに見事乗せられ、現八も行動を起こせざるを得なかった。
何はともあれ、2人の関係は犬士達から温かく見守られてるという事だろう。
あまり油断していると、横から掻っ攫われてしまうかもしれないが・・・