流転 閑話ΨLikeΨ
海岸の景色を眺めながら、ズバリ毛野は聞いてみた。
「本名は?」
「・・・」
波の音に消されぬよう、迷った末本名を教えた。
2人だけでいる時に、呼んでやると現八が言った本名。
それも長くは続かない、毛野は仲間だ何れ皆にも告げる日は来る。
それでも、現八だけが知ってるって事実はなくなってしまう。
それが何だか寂しく思えた。
「そう呼んでも構わぬか?」
だから毛野にそう尋ねられた時、すぐ応えられなかった。
その沈黙と迷いから、毛野も何やら意味深な目をに向ける。
仲間なら、当然いいよと言うべきなんだろうが
頷く事が出来ない。
毛野に変に思われてしまう、その心配は取り越し苦労となる。
「は犬飼が好きなのか?」
「!?」
的を射た問い、つまりLoveなのかって事だよな?
授業で習ったから意味は知ってるけど、自分がそうなのかは分からない。
毛野さんは知ってるんだよな?聞くって事は。
伺うように毛野を見てみれば、目が合った毛野はニッと笑った。
「やはりか、分かり易いな。」
「あのさ、確かに現八の事を考えると
胸がキュッてなったり 顔が熱くなるけど
それが毛野さんの言う『好き』なのかは分からないんだけど。」
・・・・・無自覚か?
過去の記憶と一緒に、感情もなくしたって事か。
その時、とてもナイスなアイディアが閃く。
これはちょっとばかし、いい退屈しのぎになるかもしれないな。
「それは違うな『好き』は仲間に対する気持ちだ。」
仲間に対する気持ち・・でも、信乃達の事を考えても同じようにはならない。
でも毛野さんが言うんだし、そうな気もする。
じゃあ俺の今までの事は、仲間だからこその反応だったって事か。
そっか〜それなら当然だよな。
現八も俺の事、仲間だって思ってくれてるから色々してくれるんだし。
「そっか、何かスッキリした。俺も毛野さん好きだよ。」
「それは何よりだね、私もが気に入ったし好きだよ。」
「毛野さんのおかげで、また感情を1つ学べた!」
「それは良かったな。」
毛野が教えた偽感情、勿論疑う心を知らない訳だから
すぐにそれを鵜呑みにして信じてしまった。
満足げに頷き、先の浜辺を歩く信乃と荘助の方に走って行く背中を楽しそうに毛野は見つめた。
走り出したは、新たに学んだ感情を仲間に伝えたくて仕方がない感じで
此方へ戻って来る信乃達へと駆けた。
「、そんなに走ると転ぶぞ!」
「大丈夫だって、俺さ2人に伝えたい事があるんだ。」
「私達にですか?」
自分の方に駆け寄った信乃と荘助に、さっき覚えた感情をワクワクした面持ちで告げた。
「俺さ、信乃と荘助が大好きだ。」
「え?」
「!!」
凄い満足気に言った、それに対し言葉を失う両名。
笑顔でそう言う様は、まるで告白のように聞こえる。
2人が何も言えずにいると、告白めいた発言をした本人は
凄く満足そうな顔で立ち去った。
残った2人は、唖然とした顔を見合わせ・・・
「誰だ、におかしな事を教えたのは・・・・」
「さ、さあ・・犬坂殿ですかね・・・」
残された2人が、そう予想づける中
の姿は、旅籠内に在った。
次の告白相手は、剣の手入れ中の現八。
毛野に教えられた感情、それを一番言いたい相手が現八だから。
「現八!!」
「?戻ったのか」
「うん!伝えたい事があったから」
「??」
戻るなり目の前まで来たに、内心驚きながらも冷静に言葉を待つ。
その冷静な装いも、次の言葉で崩れ去った。
「いつも助けてくれて有り難うな、大好きだ。」
気持ち固まった現八、何やら恥ずかしくなる。
コイツは意味を分かって言っておるのか?
そう思って顔を見てみても、ニコニコしている笑顔からは何も分からない。
いや・・若干だが、意味を取り違えてるとしか思えん。
誰か吹き込んだか?
考え込む現八を置いて、満足したは次のターゲットへ走る。
次のターゲットは、ぬいの手伝いをして台所にいる小文吾。
は、世話になってるのはぬいも同じだと思い ぬいにも言う事にした。
「おーい小文吾とぬい!」
「何だ、夕餉はまだだぞ?」
駆けてきたを見て、楽しげに笑って言った小文吾。
そんなを見て、ぬいも笑顔で振り向く。
温かい雰囲気をくれる兄妹へ、感謝を込めては言った。
毛野の言葉を、微塵も疑わぬ純粋な笑顔で。
「いつも有り難う、2人共大好きだ。これからも宜しくな!」
ドキューーーーン!!
物凄い音が台所に響く、その頃にはの姿はなかった。
後には、バクバクする胸を押さえた小文吾と
顔を赤らめたぬいが残された。
その頃は、道節が見つからなかった為最後の1人となった大角を探していた。
在る意味、一番反応が楽しみな相手である。
その探し主は、旅籠の部屋にいた。
そっと覗き見ると、庵から持って来たのか医学書を読んでいる。
いつでも勉強を怠らない大角の姿に、感心してから声を掛けた。
「大角、勉強してるのか?」
「さん、ええまあ」
顔を覗かせたに、読んでいた本を机に置いて振り向く大角。
彼の知識があったから、現八と信乃がいたから
あの怪我も、秘密を打ち明けたあの日を乗り越えられた。
そんな大角にも、日頃の感謝を伝えないとな。
そう思うと、襖の後ろから大角の前へ移動し
ニコッと笑って、皆にも言った言葉を告げた。
「庵では世話になった、大角はいい性根だと思う。大好きと思える仲間に出会えて嬉しい。」
そう言うと、無邪気に抱きついて
大角の部屋から出て行った。
残された大角は、数秒後に耳まで真っ赤になり
戸惑うしか出来なかった。
え?え??大好きだなんて・・私も・・・・って何を考えているんだ!私は!!
全ての仲間に大好きと言い終えたは、とても満足そうな顔で
毛野のいる海岸へと戻った。
皆の心に、何やら複雑で温かくもある物を残して。
毛野の教えた意味を、現八の睨んだ通り取り違えて覚えた。
本当の意味を知るのはいつなのか、それは案外すぐの所に迫っていた。