糾
閉ざされた記憶の扉
鍵を持つのは自分
でも私は、鍵の開け方も
鍵を、鍵の在り処を・・・忘れてしまっているから。
「いらっしゃーい・・・あ、!遅かったじゃない・・・・?」
四人を案内して辿り着いた宿屋。
扉が開く音に、素早く反応した菊令が振り向き
に気づくとすぐに此方へ走り寄って来た。
駆け寄ったの後ろに、見知らぬ男四人組。
菊令はが連れて来た客なのだと考えた。
四人それぞれに目を引く色が在る。
金・紫暗・紅・碧。そして何しろ容姿も目を引いた。
それに、戻って来たの手元に籠はなく・・
服装も行く時と違う物になっていた。
「どっどうしたの?買い物も済んでないみたいじゃない、それにその格好・・」
「さんを責めないであげて下さい」
「そうそう!は買い出しに行った町で妖怪に襲われちまったんだ」
「服はその時着替えさせたんだよ、こっちの服も似合ってるだろ?」
「助けてくれた礼にと、こいつが俺達を案内して来たと言う事だ」
「そうだったんですか!わざわざ有り難うございました」
訳が分からず混乱しかけた菊令だったが、機転を利かせた八戒達のおかげで
もそれ以上追及される事なく事なきを得た。
菊令も、が世話をかけたのならと今晩の宿を彼等に提供する事とした。
客室への案内は、がする事となり
その足で二階の客室へと案内した。
悟空と悟浄、そして八戒が交わす微笑ましい会話。
景色がいいとか、結構広いですねとか
夕飯は何時かな、とか・・そんな雰囲気。
なんて事ない普通の会話に心が和み
案内しつつ一人は微笑んだ。
長い木の廊下を進み、奥の角部屋へ案内する。
扉を開けて彼等を促せば、一番乗りを果たした悟空がベッドへ飛び込む様が見え
苦笑しつつ入って行く八戒、悟浄、と続き 頭を下げている視界に三蔵の法衣が映った瞬間
「貴様も入れ、聞きたい事がある」
低い声で擦れ違い様に呟かれた。
ドクンと心臓が跳ねる。
断りたいけど声も出ないし、それ以前にこの三蔵様の言葉に否を唱える勇気なんてない。
覚悟を決めて、は彼等のいる客室へと足を踏み入れた。
後ろ手に扉を閉める音が、部屋に響いた。
もう、後には引けない――
煩いくらいに心臓の音が鼓膜に鳴り響く。
顔を上げればすぐ其処に、三蔵さんが立っていて
奥には八戒達が此方を見て控えている。
何だか糾弾される罪人、もしくは犯罪者の気持ちになった。
立ち込める沈黙を破ったのは一声の低い声。
「俺が何を聞きたいのか、分かるか?」
「・・・・」
そう問われ、無意識に首を横に動かした。
尋問の始まりのような問い掛けに、悟空だけが不思議そうな顔をしている。
彼にはこの張りつめた空気の意味が分かっていないようだった。
時にその天然さ加減が羨ましくもある。
私も彼のように気づけずにいたかった。
己の役割も、己の力も、己の過去も、何もかもに。
知らない事がどんなに幸せだったか。
それでも首を振ったに、三蔵が問う事を止める筈もなく
「あの森で、妖怪が貴様に言っていた言葉・・・あれはどうゆう事か知らん訳ではないだろう?」
「――っ」
「『経典もお前も、玉面公主への捧げ物だ』奴はそう言っていたな」
体は一気に強張り、ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。
予感は当たっていた。やっぱり聞かれてた。
だがこの場を乗り切る術も思いつかない。
乗り切らなければ三蔵法師らに己の正体も何もかもが知れてしまうかもしれないのに
何よりこの紫暗の瞳から逃れられない気がした。
広がる動揺、震える指は無意識に首飾りを握り締める。
昔からこうしていると不思議と落ち着くから、無意識にそうしたんだと思う。
「三蔵、さんも今日は色々あって疲れているのでは?」
「俺にはそんな事関係ない、もしあの妖怪の言葉が事実なら。この女はとんでもない物を持っている事になる」
「けどさ、まだ確証もないじゃん!」
「猿のくせにまともな事言うじゃねぇか、それにちゃん怯えてっぞ?暴力タレ目の坊主に」
「貴様から死ぬか?」
酷い怯えように、いたたまれなくなった八戒が口を開く。
それを皮切りに黙っていた悟空と悟浄も三蔵を止めに入った。
何だかの様子がおかしいような気がしてならない。
例えば・・・・・外の様子とか?
それは薄々全員が察知していた異変。
晴れていたのに急に日差しが隠れ、空気がこうざわついてくる。
彼等の揉める会話は、今のには届いていなかった。
気が何かと共鳴し一体化しつつあるような不安定な感覚。
吠登城でも似たような感覚に陥った。
駄目だ――しっかりしなきゃ・・!!
「なぁ三蔵、・・平気なのか?」
「・・・・これは・・・」
顔色の悪いを見ている悟空が不安そうに三蔵を見上げる。
経典もお前も、三蔵の脳裏に巡る妖怪の遺した言葉。
あれが事実なら、この変化はその経典の力と言う事になる。
だが何故だ?この女は僧侶でもましてや三蔵法師でもない。
ただの人間であるこの女が、何故そんな物を持っている?
戦いの時に見せた涙、そして人間離れした容姿。
一瞬嫌な考えがチラついた。
まさかな・・それに経典を持っていると言うなら、どの天地開元之書だって言う
波動は『聖天』でもなければ他の経文でもないような気がする。
それに、この力の動きは経文よりも遥かに強い。
「チッ・・面倒な事になってるみてぇだな」
苦々しく呟いて、黙ったまま青い顔をしているを見やる。
必死に抑えようとしているのだろうか、苦悶に満ちた顔。
確かにこのままではよくない気がした三蔵。
頭を掴むの手を握り、自分の方を向かせた。
「いいから落ち着け、その力を無闇に使うな」
「・・・・うっ」
「さん?」
「・・・・っ」
「さん!?」
「!??」
「っおい!?」
振り向かせたの目には、あの時のように大粒の涙が浮かんでおり
表情も、最初に見た時の如く艶めかしくて別人のように見えた。
違和感を感じた八戒と、何か三蔵を見て呟いた。
それが何かは分からないが、眉を顰めた三蔵は揺らぐの体を受け止めた。
驚いてベッドから駆け寄った悟空、同じく驚いた悟浄も三蔵とへ駆け寄った。
そして八戒と三蔵は、先程までの空気が変わったのと
陰っていた空に晴れ間が戻ったのを感じた。
天候・・・・理を覆すような力だと言うのか?
1人悟った三蔵の視線は、自分の受け止めたへ向けられた。