恐怖と迷い
はぁ・・・
学校へ向かうの口から、盛大な溜息が出る。
これ以上ボロを出さないようにしなくては。
妙な緊張感に包まれる。
なんかさ・・竜の前だと、どうも気が緩む。
安心しちゃってんのか?俺。
女ッポイ行動を取ってるのって、殆ど竜の前だし。
マズイよなぁ・・・マズイって。
どうやって接するか、それについて考えてると後ろから呼ばれる。
「あの、嘩柳院さん。」
今にも消えそうな程小さい声で、一瞬聞き逃しそうになった。
同じ声に、もう一度呼ばれ やっと気づいては足を止める。
声のする方を見ると、なんか・・真剣な目をした青年がいた。
『さん』づけだが 使い古した鞄の具合から同学年だと気づく。
「誰?俺に何か用?」
急いで出てきたおかげで、授業開始までは時間がある。
だから珍しく、俺も用件を聞く気になった。
「突然呼んだりしてすみません、俺C組の狩野です。」
「ああ、隣のクラスか。で、用って?」
「・・はい、合同体育のプリントを配るようにって言われて。」
「俺と、狩野で?何でまた?」
つーか今更合同体育って何だよ・・・
今までそんな話、一回も聞いたこと無いぞ?
それに、この少し怯えた目が気になる。
あぁ・・無理ねぇよな、俺って何時も隼人達といるし。
青年の怯え様に、はよく考えなくても気づいた。
不良クラスの頭の隼人と、常に一緒にいる自分。
意識してなくても、同じように見られて当然。
「俺が偶々頼まれて、あの中で声掛け易かったのが君だったんだ」
「あ〜なるほど、まあいいぜ?まだ時間あるし。」
俺よりも、タケの方が声掛け易いと思うけど?
狩野の安心した笑顔に、心の中でそう思ったが
きっとタイミングが悪くて、声を掛けられなかったんだろうと自己消化した。
パッと見じゃあ、タケも悪げか・・・深く付き合えば可愛い奴だけど。
狩野の反応が新鮮で、つい俺も快く承諾していた。
その合同体育とやらのプリントは、資料室にあるらしい。
教えられて付いて行く俺、初めて本館に入ったなぁ・・。
竜の事が気になって、職員室に行ったあの時以来だし。
懐かしいなぁ〜とか思って歩く俺は、前を行く狩野の顔が
とても複雑そうな色をしているのに気づかなかった。
ガラッと扉を開けて、資料室へ入る俺と狩野。
先に入った俺は、初めて入る資料室に見入ってしまう。
流石進学校・・・資料の量もハンパねぇ。
その後ろで、僅かにカチャリという音。
何だろうと思って振り向くと、扉の鍵を閉めた狩野の姿。
え?何?・・何で鍵閉めてんの??
状況が飲み込めず、ジッと扉を背にした狩野を見る。
「ごめん・・、本当はやりたくないけど・・・」
「おま・・っ何言ってんの??鍵開けろよ」
密室に男と二人きり、俺の心臓が高鳴る。
危険信号を発し始める頭。
これは騙された!?でも何で?
問いかけるが、まともな返事は返ってこない。
そればかりか ジリジリと間合いを詰められる。
ダッと横へ走るが、素早く腕を掴まれ引き戻された。
圧倒的な力の差で、背中を机へ倒される。
「おいってめぇ!頭、どうかしてんじゃねぇの!」
「仕方ないんだ、こうしなきゃ俺は・・っ」
全く会話が成立してない。
強く手首を握られ、ちっとも身動きが取れない。
それに、さっきから何口走ってんだ?
足で蹴っ飛ばしたくても、開かれた両足の間に入られ
虚しく空を蹴る事しか出来ない。
「頼む、叫ばないでくれ。ちょっと確認するだけなんだ!」
「確認!?叫ぶなって方が無理だろ!」
「此処で見つかれば、君の方が困るだろ?」
「・・・きったねぇ事しやがって、竜神学園の奴等か?」
グッと手首を握られ、その痛みに狩野を睨めば
至近距離に迫った顔が 脅しめいた言葉を囁く。
コイツも自分の意志でやってるんじゃない。
そんな事、目を見れば分かる。
が、あの目を見た時点で気づけばよかった。
しかも、朝の雑踏で このやり取りは誰にも聞こえてない。
助けを呼ぼうにも、誰かが駆けつける前にこの位置が逆転してしまえば・・
見ようによっては自分の方が不利。
こんな念入りに策を巡らすのは、俺を見張ってる奴等に決まってる。
案の定、その名を出すと狩野の動きが止まった。
「おまえ、脅されてんだろ」
組み敷かれたまま、結構見られる顔の狩野へ問いかける。
じゃなきゃ、真面目な生徒のコイツがそんな事する訳がない。
あの怯えた目は、その脅しに対しての目だったんだろう。
「・・言う事聞かないと、俺の兄妹を酷い目に遭わすって」
「おまえ、妹さんいるのか?」
「・・・・」
「幾つ?」
「・・・15」
やってくれるじゃん?あの時の俺達と同じ年齢なんてさ。
此処まで用意周到だと、怒る気にもなんねぇな。
汚いやり方は、今も健在・・・何も変わっちゃいねぇ。
狩野も、その妹さんを守る為に引き受けた。
「やれよ」
「え?」
「確認すんだろ」
「でも・・」
抵抗を止め、項垂れるように身を任す。
一番驚いたのは狩野だった。
「やるのかやらねぇのか?俺の事気にする前に、妹の事考えろ。
俺は何とかなるから、オマエが一番守りたいもん・・優先させろよ」
「嘩柳院さん・・」
「早くしねぇと、誰か来るぜ?」
ジッと目を凝らして、眼下のを見つめる。
耳を傾けていた言葉、それに何か感じたのか
決心した狩野は、怖ず怖ずとの学ランを脱がせ
その下に着ていたシャツを脱がすと、現れたサラシを凝視。
「本当にごめん・・!」
「っ!」
ビリッという音と共に、胸元のサラシが破けた。
狩野の手で破かれたサラシから、少し谷間が覗く。
ずっとは、目を瞑って耐えていた。
強い力の差、自由の利かない手足。
何て無力なんだろう。
一方、確かに女だという確認をした狩野。
何とそのまま、の胸元に顔を寄せて来た。
これには吃驚して、俺も手足をバタつかせる。
「やっ、止めろ!誰が痕付けていいって言ったんだよ!」
「確認した証、付けて来いって・・頼むよ!」
「ふざけんな!もう十分だろ、何でそれで満足しねぇんだよっ!」
これ以上、屈辱を味合わせんな!
喉から出掛かった言葉、それを声に出す前に
抵抗虚しく、俺の胸元には狩野の証が付けられた。
どんなに拒もうとしても、圧し掛かって来る体は阻止出来なかった。
何処まで・・・俺を苦しめれば気が済むんだ?
狩野は、何度か謝ってから資料室を出て行った。
後に残ったのは、放心した状態で机に横たわったのみ。
サラシは破かれ、衣服は乱れ 胸には他人が付けた痕。
まるで強姦でもされたかのような姿。
ぼんやりと見開いた目から、一滴 涙が流れた。
一足先に資料室を出た狩野は、明るい声に呼び止められた。
「おう、ちょっといいか?ウチのクラスの嘩柳院を探してんだけど」
「・・・・知りません」
「そ、そうか邪魔したな。」
呼び止めたのは、狩野にとって面識の少ない3Dの担任。
彼女は今し方一緒だった嘩柳院を探している。
狩野は少し慌てた様子を隠すように答え、足早に立ち去る。
不思議に思いつつも、久美子はそれを見送った。
「ったく・・・矢吹達も心配してんのに、何処行きやがったんだ」
愚痴りながら歩き出した久美子、その後ろで扉が開いた。
「・・嘩柳院!?、どうしたんだ、その格好!」
一応振り向いて、ギョッとした久美子。
出て来たのは探してる本人で、何が驚いたって
ボロボロのその姿に驚いた。
胸のふくらみを隠していたサラシは破れ、髪も乱れている。
久美子が目を逸らしたかったのは、胸元の痕。
これは間違いなく、誰かに襲われた。
「誰だ、誰にされたんだ!」
出て来た部屋に入り、両腕を掴んで問いかける久美子。
言う言わないよりも の頭は恐怖に支配されていた。
狩野が怖かったんじゃない、狩野の中の何かが怖かった。
本気で暴れたのに、ビクともしなくて・・・
思い出すと、震えが走り足がすくんでしまう。
そんなを 久美子は抱きしめてやる事しか出来なかった。