始まりの章
「暗い闇」



此処豊葦原には、二つの国と一つの伝承があった。
龍の声を聞き、人々を導くとされる神子を旗印にした中つ国。
そして、八雷が領土を治め中つ国の龍の姫に驚異を感じている漆黒の国 常世。

豊葦原には様々な部族や民が住んでいる。
今回中心となるのは神子ではなく、豊葦原に住み人々からは畏怖されし部族。
―土蜘蛛―

土蜘蛛は、皆が癒しの力を持ち まかり返しの術を使わない落ち水を作り出せる者。
妖と通ずる事が出来、自然の声を聞く事の出来る者達。

そしても、土蜘蛛の一族の者としてこの世に生を受けた。
人と関わるのを避けるべく、長のエイカが首の辺りに呪いを施す。
土蜘蛛に対話など必要ないとでも言うかのように。

、これから貴女にも土蜘蛛の術を授けます。森へ行き薬草を探してきなさい」

生まれて4歳になった頃、エイカが現れ私にそう告げた。
長であるエイカだけは、人と同じように言葉を紡ぎだせる。

別に逆らえる理由もなく、1つ頷いて立ち上がりエイカに問う。

『薬草はどれを取るの?』
「それくらいは自分で考えなさい、もう修行は始まっているのですよ?」
『・・少しだけ教えてっ』
「仕方のない子だね、では一回しか言わないよ?」

ねだるのが得意と言う訳ではないが、エイカは優しくしてくれるのを知ってか
分からない事はこうして聞いていた。
予想通り渋りながらもエイカはヒントをくれた。

忍坂を抜けた辺りの森が薬草を見つけやすい、と。
教えてくれたエイカに礼を言い、小さな体で駆けて行く。
その背を、エイカは暫く見送っていた。

用意された運命に向けて走り始めた少女の背中を。



樫宮付近を右に抜け、教えられた忍坂へ向かう。
もう日は暮れてきていて、闇が近付いているのが伺えた。

闇を恐れる必要はなく、ただ夢中で道を走った。
ちゃんと薬草を見つけて、エイカに褒められたい一だった。



を見送ったエイカは、帰りを待つ訳でもなく身支度を整えていた。
もうこの里には戻らない、そう兼ねてから決めていたから。
自分がいるべき場所を、エイカは常世に見出していた。

その頃常世の皇子も城を出ていた。
年端は丁度10歳、そしてもう一人・・同じ髪の色をした少年。
彼も常世の皇子だ血は、恐らく繋がってはいない。

二人は言葉少なく会話した後、それぞれの行き先へと馬首を向けた。


そして忍坂を過ぎた森へ到着し、初めてみるような薬草や木の実を集めながら兎と話す
初めて里から出て、外の世界を知った喜びと興奮でいっぱいだった。

やがて迎える運命も知らずに、ただただ薬草を集める私。
宵闇が迫り、日が沈み始めた頃。

【幼キ土蜘蛛ヨ、ソロソロ里ヘ戻ラレタ方ガ良イ】

不意に兎が私にそう言った。
確かに夜は近付いているし、エイカに怒られる。
エイカは普段穏やかなだけあり、怒ると本当に怖い。

怒られる様を想像し、素直に薬草籠を持つと兎と別れて森を出た。
里の位置は南、此処から南へ下れば里へ戻れる・・はずだった。

は知らないが、夢中で薬草を集めているうちに大分南東に来ていて
其処から北を向いて南下した為、里とは逆の方向へ向かっていた。
だから当然行けども行けども里は現れず、時間だけが過ぎていた。

『んー?まだ着かないの?南に戻ってるはずだよ?』

少し細くなって声が震える。
幾ら土蜘蛛、人ではないとはいえ・・若干4歳では怖いものは怖い。

静かな闇、森から離れたせいか自然の声も聞こえない。
兎の声も勿論聞こえるはずもなく、は途方に暮れた。

茂みへ迷い込み皮膚を切り、段差に気付かずに足を踏み出して転び
そうしては歩くうちに、空腹感に襲われ気力も尽き果ててきた。

『エイカー・・・お母さん・・お父さん・・・・・お腹すいたよぉ・・・・・』

座り込んで力なく大人達を呼んでみる。
けれど帰ってくるはずの声はなかった。
このまま死んでしまうのだろうか、ふと言い知れぬ恐怖が身を包んだ。

その時だ、自分の正面の茂みが少し揺れたのは。



の方へ向かう足音は、馬と人。
見回りを終えて城へ戻る途中の少年だ。

見事な赤色の髪をした少年は、馬と共に戻る途中人の声を聞きつけ
警戒しつつも其方へ向かっている所だ。
獣かもしれない、或いは中つ国の者かもしれない。或いはただの旅人か盗人。

様々な可能性を挙げながら気配のする先へ
馬の手綱を木に括りつけ、剣の柄に手を添えた姿勢で向かう。

その足音は、疲れ果てた私の耳にも届いた。
緊張が走る。

もし悪意のある者だとしたら?
獣だとしたら?
土蜘蛛としての力を何一つ身につけていない自分はどうなるか、考えなくとも理解した。

―死ヌ・・・―

本能的に嫌だと思い、何かないかと辺りを見回す。
こんな時に限って武器になるようなものは持ち合わせてもおらず
近くにある訳でもなかった。

いやだ、死にたくない。
まだ何も役に立つこと覚えてない。
極限まで迫った足音が近づくのと、恐怖のあまりが叫んだのは同時だった。

『エイカー!!』
「!?」

咄嗟に出たのはどうしてか、両親ではなくエイカの名だった。
突然何か言葉にならない音を発せられた少年は、剣を抜くのも忘れ目の前のそれを見た

淡い水色の髪をし、ある部族特有の装束に身を包んだ幼女。
それは何なのかと記憶は少年に教えた、土蜘蛛だと。
害になる存在ではない、人ではない彼らはとても特異な力を持ち重要視されていた。

「土蜘蛛の子か、こんな時間に1人で何をしていた」

取り敢えず幼女を眺め、声をかけてみる。
通じないと知っていながら。

言葉は分かる為、悪意のない者だと分かりゆっくりも顔をあげる。
そして二人は互いに、互いの姿を相手の目に映した。

どうしてかも少年も、互いに言葉を無くしてしまう。

少年は、漆黒の闇にも溶けない赤みのある髪をしていて
短髪に見えるが後ろは短くも結っている。
瞳も赤に近い色をして、とても存在感を感じさせた。

『お兄ちゃん、誰?』

思わずそう口にしていた。
相手が人で、どんな人間なのかは分からないが悪意を感じなかったから。

問われた少年は、暫くを眺めていたが何か問われているのに気づき
その力強い目をしっかり此方に向けた。

「土蜘蛛の者だな、何故此処にいる?此処は常世の地・・貴様らの住処とは真逆の地だ」

音のニュアンスで土蜘蛛の幼女は戸惑っているのを悟り、言葉は理解出来ているのを知っている為そのまま話す。
問われた幼女は、体を動かせないのかそのままの姿勢で質問に答えた。
空気を音が震わせない音で『薬草を集めていて迷ってしまった』と。

たどたどしい話し方、傷だらけの姿。
この闇の中泣いたのだろう、頬は涙で濡れている。
その姿を見ても、嫌悪感は生まれなかった。

少年の視線の中、何とか立とうと試みるも足が痛んで立ち上がれず
空腹感もプラスして頭がクラクラし始めた。

「立てるか?」

何か様子が違う事に気づき、少年が手を差し出した途端
目の前に座り込んでいた幼女の体が揺れ
思わず駆け寄り、倒れ込んだ小さな体を受け止める。

間一髪で受け止めた体は軽く、頼りないものに感じた。
ぐったりと自分の腕の中で気を失った幼女。
一瞬だけ胸がドクンと鳴ったが、どうしてなのかは分からない為ゆっくり馬の方へ戻り

馬の背に前屈みに寝かせ、後から自分が騎乗すると
先に乗せた幼女を後ろから支え、自分に寄りかからせると夜の帳の落ちた森から一気に駆け抜けた。




運命は動き始めた。闇の中で交わった運命が・・・