口実



思いも寄らない所で私は風間さんと再会。
風間さんは、私の知らない私自身の過去を知っていると言った。
記憶すらない父の事も・・・・・

気にならない訳ではなかった、けども・・・
と言うより、全く知らなかったから
気にした事がなかったと言う方が正しい

過去、物心ついた時から誰しもあるであろう記憶や思い出
それらが私には全くなかったから。

今日出会った風間さんに聞くまでポッカリ空いていた記憶に
やっと微かなピースが埋められた感じだ。

顔も知らない父親を知る人との出会い・・
今まで気にした事もなかった私の父親。
今夜知る事が出来る、そう思うと心が逸った。

夜になる前に沖田さんの忘れ物を届けなくては。
もう会えない、会いに来ない。
そう沖田さんは言っていた、それに同じ組の人だった斎藤さんにも言われてる。

『総司とは会わないで欲しい』

目を閉じれば未だに鮮明に思い出せる言葉。
人に頼む事も出来た、でもこれは沖田さんの忘れ物だ。

他人に任せて返すべきではないと思えて・・・・
何よりも何でもいいから口実が欲しかったのかもしれない。

忘れ物であれ何であれ、沖田さんのいる所へ堂々と尋ねられる口実が。

風間さんは八木邸って所に行ってみたらいいとか言っていた。
其処に沖田さんは住んでるのかしら?

けど氏が違う・・・・・・・・・・
取り敢えず行ってみれば分かるわよね。
と結論付けて、私は左京にある八木邸へ急いだ。


**


暫く歩くと、前方に屋敷のような佇まいが見えてくる。
立派な門構えに迎えられた私。
その先には庭と、玄関へ続く石畳が。

人の気配は沢山感じた。
何処からか聞こえる掛け声や怒鳴り声。
道場・・・には見えないけども聞こえてくる。

奥行きのある庭、今見えてるだけが屋敷の全体だとは感じさせない。
掛け声は庭の更に奥から聞こえている。

奥に行くべきだろうか?
いや、それよりも玄関に行くべきよね。
しっかりと胸に沖田さんの忘れ物を抱え、庭へ一歩踏み出した時背後から声がかけられた。

「何しに来た」

厳しく感情の伺えない冷静な声。
これは聞き覚えがある、私に直接関わらないで欲しいと伝えに来た人。

正直見つかってはいけない人に見つかってしまった。
そう思ってももう既に遅く、振り向かざるを得ない。
音もなく背後に現れた斎藤さんが少し怖く思えた

怖いのはそれだけじゃない
また否定されるのが怖いんだ――

ゆっくり振り向くと、佇まいもピシッと規律の取れた立ち姿の斎藤一さん。
その鋭く、人の奥底すら見通すような瞳が
ピッタリと私に向けられている。

探るようなそんな目。
その視線に耐えかねて、此処に来た理由を正直に明かした。

「ごめんなさい、けど沖田さんの忘れ物を届けたかったんです」
「・・・・・総司の忘れ物、だと?」
「はい、あの・・・葵屋でお会いした時に・・・・・」
「・・・・あの日か、総司と会ったのだな?」
「違います、偶々です・・会った訳ではないですから」
「・・・・・」

どうも責められている気持ちになった。
そうではないかもしれないけどもね・・・

逢引したかのような問い方だ、何だか誤解してしまいそう。
あれは偶然の産物だと思っている。

偶々私が葵屋に行くように言われて
偶々来ていた沖田さんが、組み敷かれた私と出くわし
偶々顔見知りだったから助けてくれただけ。

そう言ってしまえば斎藤さんの誤解(してそう)は解ける
上手く言えないし言葉もまとまらないけど
言ってしまったら、何かが壊れてしまう気がした。

偶々、と言う言葉で片付けたくなかった・・

気付くと斎藤さんも黙っていて、重い沈黙が漂う。
どうして黙ってるんだろう?

風呂敷に包んである発句集を抱き締めつつ斎藤さんを見ていると
誰かが近づく足音が聞こえ、斎藤さん共々音の方を振り向いた。

庭木の向こうから現れた人物に、私はキュッと胸が締め付けられた。
もう会わない会えないと、何度感じ 心に戒めただろう人
久し振りに見た顔には、少し気まずさのような色が浮かんでいる。

しかも沖田さんは一人ではなく、背の高い男の人と一緒に来た。
私も見た事のある人。
初めて私の座敷に来た時にいた人だ。

「総司、まさかお前が彼女に届けるよう言ったのか?」
「え?一君ったら何を唐突に・・・」
「彼女がお前の忘れ物を届けに来たと言っている」
「・・・・・」
「僕は届けて、何て頼んでないよ。あくまでも彼女の善意でしょ」
「・・まあそう言う事にしておく」
「てか斎藤は疑り深いなあ」
「左之は黙っていろ」
「へいへい」

置いて行かれた私の前で会話が進んでいく。
どうやら沖田さん、忘れ物をした事を忘れてしまってるみたいね・・
もしかして・・・忘れたフリを?

そうかもしれない
もう私の店にも来ない、私自身にも会わないと言っていたし
なかった事にしたいと思っても至極当然の事だ。

だとしたら私、何て浅ましいんだろう。

忘れ物を返す時に、貴方に・・・沖田さんに会えるかもしれない。だなんて・・
この場にいたくないと思った。
顔から火が出そうなくらいの恥ずかしさ。

気付いたら私は俯いてしまっていた。
何だか分からない、ただ視界が滲む。

「お?・・どうした?」
「何でもありません、ごめんなさい・・私の勘違いだったみたいです」
「む・・・?つまりそれは総司の忘れ物ではないと言う事か?」
「ええ、沖田さんも覚えていないみたいですし・・・別の方のかもしれません」
「お前は偽りを言ってまでわざわざ此処へ来たと言う事か?迷惑極まりないな」
「―――っ・・そう、ですね・・・」

冷ややかな声にそう言われ、今すぐにでも此処から立ち去りたくなった。
誤解されたままでもいい、寧ろ嫌われてしまえば
沖田さんに迷惑はかからないし、このモヤモヤから開放されると思った。

――が、それを許さない声が耳に届く

「ちょっと待って」
「何だ」
「一君じゃなくて、ちゃんね」
「・・・はい・・?」
「思い出した、多分それ僕の忘れ物だけど僕のじゃない」
「「は?」」

直ぐに反応した斎藤さんをスルー
それから私の名前を呼んだ。

同時に視線が一瞬交わされる。
そんな些細な事なのに、心が温かくなって頬が熱を持った。

この場の視線を集めた沖田さんが続いて口にした言葉に
斎藤さんと(わざわざ自己紹介してくれた)原田さんの声がハモる。
私もつい目が点になった。

沖田さんの落とした物なのに、沖田さんの持ち物ではない・・・?
まるで謎かけのような言葉。私達は揃って首を傾げた。