告白



嬉々とした表情で原田が語った内容とは。
それは聞いている途中で思わず本人の顔を擬視してしまうような物だった。

「それよりアンタにも見せたかったぜ、総司の慌てぶり」
「ちょ、左之さん!」
「いいから総司は静かにしてろって、大きな声ってのは刀傷に響くんだぞ」
「くっ・・・!!」
「???」

何だかよく分からないけれど・・・・沖田さんがやり込められている?
そして原田さんの説明は始まったのです。


――先日、池田屋にて・・


先発隊より遅れて到着した原田さんが、池田屋へ足を踏み入れた時
室内は地獄絵図のようだったそうです。
平助さんは額を斬られて負傷し、裏口を守っていた谷隊は全滅。

武田観柳斎さんを除く若い三人の命は散っていた。
今際の際に立ち会えた原田さんは、三人の功労を称え、彼等の旅立ちを見送った。

それから二階へ上がり見た物、それは血塗れの私を抱きかかえたまま座り込む沖田さんの姿だったと・・
二人の傍らには果てた藩士が一人、近づく原田さんの気配に気付いた沖田さん。
不意に呆然としていた目に生気が戻り、斬られた私を抱きかかえて原田さんへ必死の形相で詰め寄ったと言う。

「左之さん!彼女が池田屋にいて、僕を庇って・・!!風間は引くって言ったんだ、なのに・・・!僕が油断して、油断してたばかりにちゃんが・・!」
「総司落ち着け!先ずお前はそのまま屯所に戻れ、土方さんには俺から説明しといてやる。」

普段の姿からはまるで想像出来ない、酷く慌てた姿だったと言う。
原田さんに叱咤された沖田さんは羽織が血塗れのまま私を抱え、新選組の屯所へ戻り・・診療所の松本良順先生に私を診せてくれたそうです。
改めて聞くととても情けなくて恥ずかしいですね・・・・・

この説明をして下さった原田さんは、かなり愉しそうに話して下さいました・・。
私が目の前で斬られた事で、沖田さんがあのように取り乱すなど・・・正直驚きました。

だって・・沖田さんは、あんまにも頑なに私を遠ざけようとしていたから。
迷惑にしかならないのだと思っていたのです・・。
あ、でもそれはきっと・・・沖田さんが優しいからですね・・目の前で斬られたから・・・だから・・

ふと気になった。
原田さんが取り乱した沖田さんに言った言葉の中に、初めて聞く名前があった事を。
そのままにしておけず、遠慮がちに私は聞いてみた。

「あの・・・土方さん・・と言う方は・・・・私の事を何と・・?」

問いに答えたのは、言いたくて仕方なかった事をやっと話せて清々した様子の原田さん。
卓に置かれていたお茶菓子に手を伸ばしつつ答える。

「もう此処の事は知ってるだろうから言っちまうが、新選組の副長だな。
最初はもう烈火の如く怒ってたみてぇだが・・事情が事情だ
怪我が回復するまで此処にいていいって言ってたぜ。取り敢えず熱も引いたし、後は安静にしてる事だな・・じゃ俺はそろそろ」

「あ、はい・・・っ・・有り難うございました」

白い大福を頬張ると、布団の上の私を振り返りニッと笑む。
明るい太陽のような人だな、とに思わせた。

立ち去る姿に上半身を起こそうと試みたが、背中が痛んで断念。
原田さんもいいから寝てろと苦笑され、部屋を出て行った。
残されたのはと沖田のみ、その静かになった空間に沖田のため息が響く。

「全く左之さんってば、ペラペラ話すだけ話して行っちゃうなんて」
「・・・あんな真似して・・すみませんでした・・・・」
「謝るならもうしないでよ?」
「はい!」
「じゃあ僕から質問、君は池田屋で僕に言ったよね『知りたい事があった、だから池田屋に来た』って」
「・・・・・はい」
「その知りたい事ってのは何?僕には言えない事?」

無意識に彼女を責めるような口調になっていた。
彼女が知りたい事を風間が知ってるのが面白くない。
知りたい事を知る為に風間の所へ行くちゃんの行動も面白くない。

兎に角面白くないんだよね・・うん。
何より僕も知らない彼女の事を、どうして風間が知ってるのか・・・物凄く気に食わないんだよなあ。

自分の変化に戸惑うばかりでちゃんの顔に一瞬だけ浮かんだ悲しみの色を見逃してしまった。
もう少し気付いてあげられたら良かったのに・・・って今なら思えたかも。

一方では悩んでいた。
沖田さんからすれば当然の問いかけですよね・・
でも話していいのだろうか・・・?私の父は長州藩側の人間です。

そして私も、その長州藩の人間・・・・・
話したら・・沖田さんに、嫌われてしまうのでは?
敵方の人間とは付き合えないと、益々思ってしまうかもしれない。

嘘をつきたくない、私の事を心配して下さるこの人に。
けれど・・・話さなくていい事もあるかもしれない・・ならば・・・・

「私の家は、父が塾を開いていたのです・・」

取り敢えず切り出してはみたものの、やはり先に続く言葉が見つからない。
どうしたら一番いい説明の仕方が出来るのだろう。

「あのさ、不誠実丸出しの僕が言うのも説得力ないんだけど」
「・・・・はい・・?」
「口は堅いつもりだよ?信用して、とか言えないけど・・僕を信じて欲しい・・・かな」
「・・・・・・・・わ・・・・・(私はずっと沖田さんの事、信じています)」
「・・・・・わ?」
「何でもないです!えと、大丈夫・・・話します。」

私が困ってるのだと思った沖田さんが助け舟を出してくれた。
いいえそうではないですね、きっと困らせてしまったのかもです・・。
言葉に出して言えなかったけれど、私は沖田さんを信じていますし沖田さんも信じて欲しいと言ってくれた。

その沖田さんに応える為にも話そう。

「正直言います、私には13歳から今に至るまでの記憶が曖昧でした。」
「・・・・うん」
「風間さんは・・私の父が開いていた塾生の方と知り合いなんだそうで・・・
偶然葵屋で私を見て、私の忘れてしまっている記憶の紐解きを手伝って下さっただけなのです。」

でも沖田さんの目を見ては話せませんでした。
彼の反応を直接見る勇気が、なかった。

もしかしたら深く考えているのではないか。
風間と知り合いならば、長州関係の人間なのではないかと気付いてしまうのでは?と。
色々深く考えてしまうを他所に、沖田は違う事を考えていた。

風間の事とか正直どうでもいい勢い(
寧ろちゃんが忘れてしまったその記憶の方が気に掛かった。

「風間に聞きたかったのって、ちゃんのお父さんの事なの?」
「・・・え?」
「だって風間の知り合いとか言う人が、ちゃんのお父さんの元塾生だったんだよね」
「・・はい」
「て事は、その元塾生と知り合いの風間が ちゃんのお父さんの事を何か知ってるって事でしょ?」

・・・・・・鋭い・・・・
全てを言い当てられた訳でもないのに瞬間声が出なかった。
と同時に此処まで気付いてる沖田さんには、もう話してしまってもいいのではないかと思えた。

決意を新に、は真っ直ぐ沖田の目を見つめ
忘れていた記憶と蘇った記憶、己の生い立ち・・父の斬刑全てを沖田へ告白した。

今まで忘れていたのは、幼い心でその死を受け入れられる許容を超えていたからと。
塾を開いていたのは真実、けどそれは一度投獄を経験し出獄した後に監視されながらの開塾。
その塾には長州方の人間が多数教えを乞いに来ていた事も。
そしてその中に、風間の姿もあった。

日の本の将来を憂いた父は、強引に暗殺計画を立案し実行。
明るみに出て捕らえられ、再び野山獄へ投獄。
井伊直弼は遠島を申し付けたが、自らそれを拒否、斬首が妥当と直訴。

幼いは、父親の決断を知らないまま・・多くの者達と共に斬刑をその目で見届けた。
紅い紅い血の華、紅い紅い血の海・・・其処へ倒れる首のない父の体。
あまりに残酷な光景は、当時のの心に傷を残した。

「もう・・あんな光景を見たくありません・・・身近な誰かがいなくなるのは、もう・・・・っ」

震える声で何とか説明し終える事が出来た
両手で顔を覆い、泣きそうになるのを堪える。

同時に怖くもなった。
全てを話してしまった今、益々傍にいられなくなってしまうかもしれない。
今度こそ沖田さんとの縁(えにし)が途絶えてしまいそうで・・怖かった。