心の強さ



駆けつけたいのを堪えるの傍で、隼人もタケを見つめた。
何度殴りかかっても、その度に上回る強さで奥寺に殴られる。
痛い、タケの痛みが伝わってくるみたいに 胸が痛む。

「タケ・・」

見守ってた竜の口からも、懸命に戦ってる仲間の名が紡がれた。
つっちーや浩介の顔にも不安と心配の色が浮かんでいる。

見てるだけのもどかしさが、を包む。
これ以上見てるだけなんて出来ねぇよ・・!
急ぐ心が自分の心臓を早くする。

我慢の限界に達した頃、こっちに駆けつける足音を聞きつけた。
ハッと其方を向けば、タケを拒絶した真希ちゃんと九条先生の姿。

「どうして?もうあたしにつきまとわないで言ったのに・・」

困惑しきった声音に、感情を抑えられなくなったは口調厳しく言った。
今度こそ、肩にあった隼人の手を振り払わん勢いで。
突然手がズリ落ちて、乗せてた隼人は吃驚。

「真希ちゃんの為だよ?タケがアイツと戦ってんのは。」
「いい加減 分かってやれよ」

呆然とタケと奥寺を見てる真希に、と竜が言葉を投げかける。
自分の為に戦ってると言われ、意外そうな顔を真希は達へ向けた。
信じられないのか、その反応はたどたどしい。

そんな真希へ、更に付け加えたのは
ずっとやり取りを聞いていたヤンクミ。

「武田は、真希ちゃんの為に戦ってるんだ。
アイツなりに、真希ちゃんを守ろうとして。」
「タケは、アンタを騙してるアイツが許せなくて アンタから手を引かせたくて・・
このタイマンの誘いに乗ったんだよ。」

殴られ、地に全身で倒れ込みながらも
諦めずに戦おうとしているタケ。
その光景を全員で見守りながら、竜は更に真希へ言葉を続けた。

『騙してる』という竜の言葉に、真希の表情が僅かに変わる。
真意を確かめるべく、その目は真剣に話す竜へ向く。

「騙してる・・?」
「アイツ、アンタの他に何人も女がいるんだよ」
「タケは本当に真希ちゃんが好きだから、自分が勝てなくてもいいから・・アンタだけはって。」

自分達を見ていた真希に、隼人とが問いかけに答えた。
真っ直ぐなタケの気持ちが、『強さ』を違う風に見ていた真希ちゃんに
伝わって欲しいとは心から思った。
戦って勝つ事だけが強さじゃない、それを知って欲しい。

戦況が変わる事なく、一方的に殴られ続けてるタケ。
見るに耐えない表情で、つっちーと浩介が悔しそうに呟いた。

「あんなつぇえヤツに、タケが勝てる訳ねぇよ・・」
「アイツ・・もう無理だよ・・・」
「タケ・・」

諦めさえ伺える浩介の言葉に、言い返そうとした
咄嗟に言葉を飲み込む。
『無理だとか簡単に言うんじゃねぇよ!』
諦めを言葉にしてしまうと、そうなってしまいそうで怖かった。

奥寺は既に飽きてる感じだった。
タケの真剣な気持ちを、ゲームや遊び感覚で受け止めてる。

気持ちは負けてないタケだけど、もう見てるのが辛い。
だって、タケの拳は一度たりとも奥寺に当たってねぇ。
なのに・・傷だらけでも立ち上がろうとする姿から胸に迫る物を感じ、の涙腺が潤んだ。

涙を堪えようと、懸命には拳を握った。
けれど、沸き起こる感情の渦が涙を止めてくれない。
の様子に気づいた隼人が、そっと手を握り締めた。

「弱ェくせに、カッコつけてんじゃねぇよ!」

握り締められた手の温もりに、ハッと隼人を振り仰いだ時
せせら笑うかのような奥寺の叫び声が、こっちにも響いた。
急いでタケ達の方を見れば、胸倉を掴んで立たせたタケに向け
奥寺のストレートパンチが繰り出される所だった。

アレを喰らったら、もうタケは立てなくなっちまう!!
焦りに焦った俺は、足場が悪いのにも構わず
急いでタケ達の方へと駆け出した。

素早い動きに、気後れした隼人は
を止められずに その背を見送っただけに留まる。
それは竜やつっちー、浩介も同じだった。

迫り来る拳に、殴られる事を覚悟しタケも目を瞑った。
だが、奥寺の拳がタケに当たる事はなく・・・
パシィンと乾いた音が響いた時には
その場に居合わせた全ての者達が、目を見開いて驚いた。

「もう勝負はついてるだろ」
「・・・なんだてめぇ」

タケを庇うように立ち塞がり、奥寺の拳を受け止めたのは
が走り出すのよりも早く駆け出した、ヤンクミだった。
驚きと苛立ちが入り混じったかのような声で、奥寺が聞く。

これには、近くまで来ていたも驚く。
更に目を見張ったのが、ヤンクミの立ち回りだった・
ヤンクミに止められた拳を、引き抜こうとして
女とは思えないその力に、奥寺も目を見開いて驚く。

掴まれた拳の力を緩め、手前に引いて
体勢を崩したヤンクミへ、左手を振るうが見事に避けられ
その隙に互いに、後ろに回り込み奥寺が振り向いた時にはヤンクミの拳が顔の間近に来ていた。

自分の力に驕っていた為に、衝撃を受けた奥寺はヤンクミから離れる。
それから、俺に気づき隣に来ると小声で問いかけてきた。

「アイツ何モンだよ」

俺はその問いには答えずに、ヤンクミに抱きとめられたタケを見た。
タケに嘘を言ってしまった負い目が、駆け寄る事を止めている。
拒絶されるのが怖いんだ、あの日の父親のように。

心の奥底にあって、克服出来てなかった弱い心。
タケは喧嘩は弱いけど、心の強さは俺より上だよ。
やっぱり俺はあんな偉そうな言葉、言う資格なかったんだ。

「アンタ誰よ」
「あたし?」

自分の問いかけに答えないを置いて、奥寺は腰に手を添えて
タケに向き、コチラに背を向けているヤンクミへ問いかける。

奥寺に問いかけられたヤンクミは、毅然とした態度で振り向き
自分はこいつ等の担任の先生だ、と答えた。
それに対し、奥寺は生徒の喧嘩にセンコーが出てくんなと言い捨てる。

「あたしは教え子守る為だったら、何処にだって行くよ」
「は!よぇえ生徒持つと大変だな。」

そんな問いかけを、ヤンクミは何度された事だろう。
でもその度に、彼女は真剣にその問いかけに答えてきた。
そしてまた、質問する側も嘲笑して聞いて来るんだ。

その態度が、またこっちの怒りを刺激して煽る。
駆け寄らずに聞いていたは、既に腹が立ってきていた。
けれど、問われたヤンクミは至って冷静に
でも 真剣に、真っ直ぐ奥寺を見据えて問い返す。

「弱い?コイツが弱いだと?」
「ああ、よぇえだろうが」

嘲笑うような言い草に、奥寺の後ろにいた
カッとなって肩に手を掛けようとした。
だがその動きを止めるかのように、ヤンクミが言葉を続けた。
誰しもの心に、直接響くような言葉を。

「好きな子の為に、勝てないって分かってる奴に。
真正面からぶつかってぐコイツの何処がよぇえんだよ
幾ら力が弱くったって最後まで逃げないで頑張ったコイツのココは無茶苦茶つぇえじゃんかよ!」

―オマエなんかより、コイツの方がずっとつぇえんだよ!!―

誰もが見守る川原に響くヤンクミの熱い言葉。
その言葉と、騙してるという隼人の言葉に
見守っていた真希は、ボコボコに殴られ仲間に支えられてるタケを見た。

それから何かを決意し、ゆっくりと歩き出す。
やっと真希の存在に気づいた奥寺が、微笑みかけ近寄るが
真希は奥寺を素通りして、真っ直ぐタケに近づき
目の前に屈んでハンカチを取り出した。

「大丈夫?」
「・・真希ちゃん」
「・・・ごめんね」

真希ちゃんは、タケを認めてくれた。
その事が誰の目からも分かり、皆で微笑み合う。
と奥寺、九条先生を除いて。

完全に存在を無視された奥寺は、何を言うでもなく
立ち去ろうと、の方へ歩いて来た。

「奥寺、オマエはタケの心にまでは勝てなかったみてぇだな。」

擦れ違う寸前に、奥寺へ言った
思いも寄らない言葉を掛けられ、奥寺の足が止まる。
突然始まった会話に、丸く収まってた側の隼人達も振り向く。

タケも、ロクに目の開かない目で懸命にを見ようとした。
何か嫌な感じがした隼人と竜が、その場に立ち上がる。

「人間 力に驕ったら、駄目だろ・・」
「なに?」
「人を負かすだけが、強さじゃねぇんだよ」
「随分言うじゃねぇか・・・よっ!」

注がれる視線を浴びたまま、は奥寺へ言葉を投げかけた。
違った強さもある、後方でそれを聞いてた真希の頭に
バイト中にが言った言葉を思いだしていた。

大人しく聞いてると思った奥寺だが、ピクッと眉を動かすと
素早い動きで、いきなりへ向けて蹴りを放った。

「「!!」」
「嘩柳院!!」

突然の事だったが、予め予感していた2人は誰よりも早く動く。
蹴りを放たれたは、咄嗟に両腕で受け止めた。
空手を習い始めてたから良かったものの、アブねぇ事すんなぁ・・

と内心で思った隼人は、次の瞬間ハッとした顔になった。
蹴りの勢いを殺せなかったの体が、こっちに吹っ飛んで来た為。
がゴツゴツした石の上に倒れるより先に
無事隼人はの体を受け止めた。

その後、が奥寺に言った言葉を 俺は忘れられない。

「その拳、試合と誰かを守る事以外には使うな?
男は大事な者を守る為に戦うんだ。
例え相手が・・・自分より強くてもな。」

その言葉に隠れたの気持ち、守りたいヤツ・・・か
人には、誰しもが大切な何かがある。

が守りたいモンって何だ?
俺が守りたいモンは、とっくに決まってんのにな。