声
【ギャアアア!!】
無我夢中で振り下ろした九節鞭に切り裂かれた妖怪の断末魔。
その断末魔でハッと気づいた八戒。
今自分は完全に隙が在った。
さんがいなければ致命傷を負っていたかもしれませんね。
そう自嘲の笑みを口許に浮かべ、を振り向く。
「有り難うございます、さん。」
「っはぁ・・!はぁ・・・っ」
「さん?大丈夫ですか?」
気功で自分との周りに防壁を作ってから礼を言ったのだが
垣間見た彼女の顔は、やはり真っ青で・・よくない状態だった。
防壁の向こう側では駆け付けてくれた悟浄達が、各々に戦っているのが見える。
の事が何とも気に掛ったが、今それを確かめている場合ではないと思い
残っている妖怪の殲滅に集中する事にした。
数十匹いた妖怪も、四人の活躍により数分で片付いたが
宿の中は妖怪の死体と、飛び散った血で酷い有様になっていた。
「漸く片付いたな〜」
「しっかし何たってコイツ等八戒達襲ったんだ?」
「てめぇはさっきした話も覚えてねぇのか」
「覚えてるよ!三蔵はまだの事で疑ってる事があるんだろ?」
「俺が言ってんのはその話の前だバカ猿!!」
「いってーー!!!」
散らかってしまった室内を見渡しながら悟浄が呟く。
家具は壊れ、物が散らかっている有様だ。
如意棒をしまった悟空の呆れた発言に、深いため息を吐きながら三蔵が睨む。
買い出しに行く前にした話すら忘れている悟空に苛立つ三蔵。
問い掛けに覚えてると言った悟空だったが、結局忘れていたようで
全く的外れな事を答えて返した。
スパーンとハリセンで遠慮なく三蔵に叩かれている様を笑顔で八戒は見てから
悟空の失言にハッと気づいて後ろのを伺い見た。戦いの中で青ざめていたが、どうしても気がかりだった。
だがもう一度見かえしてみた処、は失言に気付かなかったのか、悟空と三蔵のやり取りを見つめている。
先程のような顔色はしていない。
見間違いかと一瞬考えた八戒、だが笑っている顔を見て安心した為それ以上伺う事はしなかった。
□□□
「すみません菊令さん、こんなに散らかしてしまって」
「仕方無いですよ、それに貴方方は妖怪からこの町を救って下さったんですから」
「けど家具まで壊してしまいしまたし・・」
「こいつ等がな」
「「はぁ!?」」
「くすくす、家具なんてまた揃えればいいんです。誰も死ななくて良かった。」
あの後菊令が駆けつけ、この有様に暫く驚いていたようだったが
死体が妖怪だけだった事に安堵し、謝罪する八戒へ明るい笑顔を向けている。
家具を壊してしまった事を詫びる八戒の後ろで、三蔵がシレッとした顔で悟空と悟浄を顎でしゃくれば
しゃくられた本人達がすぐさま抗議の声を上げた。
家具を壊したのは三蔵だってそうじゃねぇかー!!とか
てめぇだけしらばっくれてんじゃねぇよ坊主のくせに!!などと言ったやり取りを菊令は微笑んで受け流す。
静かに呟いた声は皆に響き、その場に少し静寂を与えた。
きっと純粋にそう思ったのだろう。
「、貴女も大丈夫だった?けどどうして此処にいたの?」
「さんは僕等の部屋を掃除して下さっていたんですよ」
「そうそう、そしたら無粋な奴等が飛び込んできちまってさ」
「その女に部屋の掃除を任せて出かけた俺達の責任だ、その女に咎はない」
「・・・・そうだったんですか、度々すみませんでした皆さま」
「いいえ、お気になさらずに。それに僕等はそろそろ出発しようと思うので」
「―!?」
部屋を出る際、戸口にいたに気づいて菊令は無事なのを確認してから問いかける。
彼等を部屋に案内してから今まで姿を見なかったせいもあり、驚きは人一倍だ。
しかし、情けなくぶっ倒れ今の今までこの部屋で寝かせてもらっていた事は言えず
どうしようか悩んだ。
三蔵さんに問い詰められた時、本当にどうしようか悩み
あの場にいる事がとても辛かった。
それでも・・・あの紫暗の瞳に見つめられると、胸が苦しくなって
どうしていいのか分からなくなってしまう。
そして、同時に切なくなってくる。
切なさと懐かしさ
三蔵さんの声は聞いていて心地がいいと思う心。
そして聞こえてきた会話。
この町を出発すると言う会話が。
彼等が行ってしまう。
そしてもう二度と此処へ寄る事はない。
また、遠くへ行ってしまう。
心が急いた
『また』ってどうして思ったのか。
疑問に思うよりも早く、行動に出てしまっていた。
部屋の事を最後まで菊令に詫び、悟空と悟浄が残念そうに自分を見て何か言ってる。
八戒も私を見ていて、それからあの三蔵さんの目も私を見ていて
でも踵を返してしまう、立ち止まってくれない。
「待って!!」
一人ぼっちは嫌だ。
私だけ置いて行かれるのなんて嫌だ。
頭の中で誰かが言ってる。
ぐるぐるした思考、やっとは『叫んで』いた。
三蔵は、経典や自身について疑問は残っていたが
自分から行動を起こさず、敢えて待ってみた。
自身が行動を起こすのを待っていたのだが、これには驚かされた。
初めて聞いたの声。
柔らかく、それでいて意思の強さが滲み
容姿と同じく人を惹き付ける声。
この場にいる全員が、初めての声を聞いた。
思わず足を止め、後ろを振り向いてを凝視してしまう。
その顔はとても必死で、それでいて悲しそうなあの顔。
どうしてか三蔵達も、のこの顔を見ると辛くなった。
「お願いします、私も連れて行って下さい」
「・・・・満足に戦えないのにか?言っておくが足手まといはいらん」
「皆さんに迷惑はかけません、だから・・・」
「、貴女本気で言ってるの?それがどんな事か分かってるの?」
「分かってるわ、私は・・・本来こんな風に生活できるような身分じゃないのよ」
「それは、どう言う事です?」
「貴様が持つ『経典』の事と関係してるのか?」
紫暗の瞳に負けないようにと、必死で視線を合わせ決意に揺ぎ無い事を示す。
それでも三蔵は、簡単に首を縦には振らなかった。
だから必死では頼み込んだ。
菊令は勿論反対した。
彼女は私が普通の人間だと思っているからだろう。
私自身だって、普通の人間でいたかった。
重々しく菊令に応えたに、鋭い問いを向けてくるのは三蔵。
本当にこの人には誤魔化しは効かないんだな、と。
「仰る通りです・・確かに貴方の言う物を私は持っている。」
「成る程・・・その経典の価値を貴様は理解しているようだな」
「自覚はしてます、けど・・・・どうして私が持ってるのかは・・」
「行くぞ」
「え?三蔵?」
諦めて話そうとした。
だが彼が求めるような説明が出来るのかも分からなかった。
そのタイミングで低く呟いた声、それはさっきまでに問いかけていた三蔵の物。
慌てた八戒の声が歯切れ悪く残る。
悟空も悟浄も、皆が反応に困った。
自分自身ですら経典を持っている意味を知らず、決意が伝わらないから
話を聞く価値すらないのかと、そうは受け取った。
どうやって三蔵に話を聞いてもらおう、どうすれば同行させてくれるのだろう
それだけをぐるぐる考えているに、戸口を出かかった三蔵の足が止まり
顔だけをに向けると、紫暗の瞳を向けてたった一言舌のに乗せた。
「――何してる・・行くんだろう?さっさと来い」
それは確かに、に向けて言った言葉だった。