胡蝶蘭



先月電車の中で再会した和也君。
やっと名前も分かってこうして呼ぶ事も出来るようになった。
季節は10月に入り、街の風景も大分変わってきてる。

そろそろハロウィンもあるしね。
まあ、それは何ら関係ないけど・・・

一人暮らしだし、誰と何を共有する事もない。
寂しいっちゃあ寂しいだろうけど、別に気にならない。

なんて事を思いながら歩く街並み。
ロングコートの袷をギュッと握り締めて足元を見ながらズンズンと進んだ。
以前よく来ていた店の通りだったから自然と足早になる歩幅。

消し去った過去。
忘れ去った過去。

振り返られないと決めたんだ。
だから・・・
でも、こうやって急いでるって時点で・・振り返ってしまってる?

いやだな、此処を通ったのは失敗だったわ。
別れた理由なんて物は何処にでもある理由だったりする。
価値観の違いって奴かな。うん。

それにしてもさ、いつまでも避けたままでいると思いも寄らない事が起きる物なんだね。

じゃん」
「――・・・式部」

懐かしい声が名前を呼んだ。
もう何の気持ちも感じられない声の持ち主は目の前。
・・・・そう、もう呼ぶ事もないと思っていた人。

数ヶ月前まで私の隣にいた人だ。
価値観の違いから擦れ違って、サヨナラを告げられた過去の人。

正直言えば、もう会いたいとは思わない部類の人になってて
今更会うとは思ってもいなかった(

「元気そうじゃん、相変わらず不思議発言してるの?」
「ええお陰さまで」
「本も好きなまま?」
「別にもう関係なくない?」
「まあ関係ねぇよな、やっとお前の変な価値観に付き合わなくて済むし」
「――――っ」
「別に変なんかじゃないと思いますけどね〜」
「?」

気持ちの整理がつくと女性は強くなります。
なので、別れて半年くらい経つくせに
うだうだと過去の事を穿り返されると、実に腹が立つのでありまして

段々イライラして来た
自分で変わってる、と思うならそれは自覚なだけであるけども
他人に決め付けられるのはいい気がしない。

苛立ちそのままに言い返してやろうかと思ったら
実にの気持ちを代弁したかのような言葉が真横から元彼へ返された。

まだ私言い返してないよね?と思い、元彼を見ると元彼も え?と言う顔をしてこっちを見ている。
誰の声だろう?その問いは姿を確認した事で明らかに。

視線右側にあったケーキ屋さんから出てきたと見える二人組の青年。
今私と視線が合ってるのは、その二人の青年しかいなかった。
ふわふわの茶髪を夜風に靡かせてる青年と、黒髪のちょっと厳つい青年の二人。

全く知らない青年達からのフォローを受けて軽く戸惑った。
だって、物凄く美青年がいる・・・・・
元彼も思わぬ援護射撃に、どう反論すべきか戸惑ってるようだった。

「あの・・・?」
「いいじゃん天然っ子ちゃんって」
「本が好きってのも今時文学系でいいしさ」
「そうそう、個人の趣味をとやかく言う資格。アンタにはないと思うけどね」
「お前ら何?の男とか?」

戸惑うを余所に、青年達は元彼へ援護射撃を続行。
暫く言い返せなかった元彼だが、青年達に返した言葉に何だか私がカチンと来た。

「は?ちげーし」
「でも俺らちゃんの事カメと上田からよく聞いてたから知ってんだよ」
「少なくとも今のアンタよりよく知ってるかもね」
「えっ?和也君と上田君のお友達だったんですか???」
「へぇー、俺と別れたらもう別の男関係があるんだ?意外とお前もたらし込ん―――」

言い返す前に口を開いた茶髪の美青年。
そして黒髪の青年が口にした名前に、は悟る。
どうやらこの二人はあの二人の知り合いだと言う事を。

だからこそこうやって間に入ってくれたんだろう。
そう思うととても嬉しい気持ちが心に広がった。

元彼の男はそれが面白くなかったのか
二人を煽るように、を煽るかのように言葉を連ねる。
蔑みの如くを傷つける言葉。

の心が痛みを感じる前に、元彼の言葉は不自然に途切れた。
あれ?と思って元彼を見ると・・の代わりに感情を行動に移している二人の姿が。

ケラケラと嘲笑い、言葉を吐き連ねていた元彼の胸倉を茶髪の美青年が掴み
真横から黒髪の青年が睨みを利かせている。
結構迫力のある光景・・・・喧嘩になったら大変だと止めに入るが

ちゃん行こうぜ」
「え?あ、うん」
「あんなクソ野郎殴る価値もないわ」
「ええとその・・何か、有り難うです?」
「其処で疑問系なの?(笑)」
「上田とカメが言ってたまんまらしいね」

すぐに向きを変えた黒髪の青年と美青年に体の向きを反転させられ
そのまま彼らと並んで来た道を戻る流れになっていた。

展開の速さにお礼も疑問系になってしまうとすかさず黒髪の青年に突っ込まれる。
横で美青年も面白そうに相槌を入れた。

彼らは思ったとおり和也君と上田君の知り合い。
黒髪の青年は、田中聖君。
茶髪の美青年は、赤西仁・・と名乗ってくれた。

二人がケーキを買ったのは理由があった。
どうやら今月は上田君の誕生日みたいで、この後お祝いに行くんだって。
ちょっと行ってみたいなとか思ったけど内緒。

前もって知ってたらプレゼントとか用意出来たのに残念だ・・・・
にしても・・和也君の知り合いって、皆カッコイイなあと思った日でありました。